52 社畜はJKの親友と遭遇する…2

「えっと誰? この『オジサン』は……」


 美空(みく)が眉根を寄せた顔でつぶやいた途端、


「おっ、おっ、オジサンじゃないっっっ!!!」


 と叫んだ。大智……ではもちろんなく、葉豆(はずき)が。まるで自分が言われて、否定するかのようなテンションだった。


 その瞬間、大智は心の中で「あちゃー……」と頭を抱えたワケだが、葉豆はベンチから立ち上がったまま、拳を握って、顔を真赤にしている。


「大智さんはオジサンなんかじゃないっ!」

「あ、うん」


 だが、美空は眉根をいぶかしげに寄せたまま、困った顔で葉豆を見ている。身長は葉豆より少し低いくらい。身長だけでなくトーンも葉豆より低めなようで、マンガだと右上に『……』が描かれていそうな、そんななんとも言えない表情。


 そして、静寂と呼ぶには少し短い沈黙ののち、


「え、葉豆なんでキレてんの?」


 さっきと全然変わらないテンションで尋ねてきた。結果、ギュッと握られていた葉豆の両手は解放されて行き場を失い、今度は恥ずかしそうに自分の頬を包んだ。


「いや、それはその……人のことオジサンって言うのは良くないかなーって……」

「ふうん……」


 視力回復のための運動をしているのかと思うほど目を泳がせる葉豆を、じとーっとした眼差しで見たのち、満を持して美空が大智のほうを向く。ふたりの雰囲気からするに、葉豆はまだ美空に自分たちの交際について告げていないらしい。いや、この雰囲気だと大智の存在すら話していないのだろう。


 大智は脳内で思考をめぐらせる。社会人の彼氏が女子高生の彼女の友達に会ったとき、どうするのが正解なんだ、と。やっぱり会社の名刺を出して「はじめまして。◯✕株式会社の大久保です。ひとつよしなに」的な感じで自己紹介すべきなのだろうか。うん、絶対違うよな。真面目にいったからといって真面目に見えるワケじゃないし、むしろ初対面で名刺出してくる彼氏は気持ち悪い。というか会社名が書いた名刺はリスクが高すぎる……ということで今は普通に自己紹介するのが良いだろうと判断。


「はじめまして。自分、葉豆さんがやってる整体屋さんの隣の部屋に住んでる大久保大智と言います」

「あ、あのボロアパートの」

「美空! ボロアパートとか言っちゃダメ! 大智さん気に入って住んでる!」

「ボロいのは事実じゃん?」

「や、気に入ってるワケでもないけど」

「……じゃ、お客さんですか? オジサンは」


 途中で割り込んできた葉豆をスルーしつつ、美空は大智に尋ねたのだが、


「だーかーらーっ! 大智さんはオジサンなんかじゃないっ!!」


 葉豆がまたしても『オジサン』呼びに反応した。またしても顔を赤くしており、冷静じゃなくなっているのがひと目でわかった。


「大智さんはまだ26歳! 全然若者っ!」

「えー26とか十分オジサンじゃん」

「26歳って言っても今年27歳になるほうの26歳!」

「いや、それ余計オジサンなんだけど。普通にアラサーじゃん」

「アラサーじゃないっ!!」

「いや葉豆ちゃん、冷静にアラサーではある。四捨五入したら30だし。それにオジサンで全然いいから」


 会話が全然進まないので、居ても立っても居られず大智は割って入った。会話的な意味合いだけでなく、身体的にも、つまり葉豆と美空の間に立った。結果、大智は美空と視線をぶつけ合った……と思いきや。


「あの、今、葉豆のこと触って……」


 美空の視線の先を追うと、大智は自分が自然と葉豆の手元に触れていたことに気づいた。葉豆を軽く後ろに押しのけようとした結果、彼女の手元に触れてしまっていたのだ。全然意識はなかったのだが、これはもうお隣さんの距離感ではない。


「あ……これはその」

「葉豆がオジサンに触るのは、まあ整体師だからアレだとして、でもオジサンが葉豆に触るのは……」


 手を引っ込めたが、時すでに遅し。美空がさらに目を細めたと同時に、


「……大智さんったら。もうっ♡」


 葉豆が嬉しそうに、大智の腕を軽く叩いてきた。そして、美空が冷ややかさを隠さない声で尋ねる。


「あの、ちょっとお時間ありますか? オジサンと、あと葉豆も」



   ◯◯◯



 その後、3人は世田谷公園から道路を渡ったところにある、ファミリーレストランにやって来た。住宅街にある店舗で、日曜という曜日ゆえか、家族連れで混雑している。少なくとも、女子高生2人に26歳のオジサン(他称)という組み合わせは、他にはいない。


 美空は、名字を喜久井(きくい)と言った。葉豆とは小学生の頃からの付き合いで、中高も一緒、今はクラスも同じらしい。本人たちからその言葉が出たワケではなかったが、まあいわゆる親友というやつだろう。


「……で、そんなこんなでお付き合いすることになって、今に至ると……」


 そして、大智は美空に話を終えた。出会いから仲良くなり、交際に至るまでを、かいつまんで説明したのだ。美空はドリンクバーで取ってきたオレンジジュースを飲みながら、時々相槌を打ちつつ、静かに話を聞いていた。


「なるほど……要するにアレですか。オジサンは……」

「オジサンじゃない」

「オジサンでいいから、葉豆ちゃん」

「でも呼び名としてふさわしくないですし。美空、大智さんのことは大智さんって呼んで」

「大智さん、あの聞きたいんですけど……」

「やっぱ大久保さんで! 名前呼びは私だけの特権!」

「めんどいな、葉豆」


 ジトっとした目で、美空は葉豆に苦情を述べる。短い前髪から覗く強気な眉毛が、ほんの少しだけ下がっている。


 そして、大智と目が合うと、小さく空咳をして、


「もう一度確認ですけど、大久保さんは、葉豆の彼氏ってことでいいんですよね? その、遊びとかそんなんじゃなく」

「ああ、そうだよ。真面目に付き合ってる」

「……きゃっ♡」


 横で葉豆が小さく足をばたつかせ、結果、大智の足元にも振動が来たが、今は触れないことにした。恋愛にあまり縁のない人生を送ってきた者として、女子高生の彼女の親友にファミレスで「真面目にお付き合いさせていただいております」などと話すのは、もうそれだけで赤面必至だ。赤面必至だから、必死に平静を保っているから、葉豆にいちいちツッコミを入れる余裕などないのだ。まあ単純に、葉豆にいちいちツッコミを入れていたらキリがないというのもあるけれど。


「……そうですか。わかりました」


 そんな葉豆とは裏腹に、美空は落ち着いたテンションだった。


 以前、葉豆から友達の男子から告白されたという話を聞いたとき、そこに美空も登場していた。その話の中で、彼女は葉豆に対して「好きになれるかもしれないんだし、今は好きじゃなくてもとりあえず付き合ってみたらどうか」的なアドバイスをした……と大智は記憶している。


 だから、大智としてはてっきりもっとノリが軽くて、女子女子した雰囲気の子を想像していたのだけど、目の前にいる彼女はそんな感じではないらしい……なので、怖いもの見たさならぬ怖いもの聞きたさで、尋ねることにする。


「あのさ、美空さん」

「なんですか?」

「あの、怒ったりしないの? 俺みたいな年の離れた男と、友達が付き合ってて」

「怒んないですよ。まあ今まで彼氏いたことなかったからちょっとビックリしたのは事実ですけど」

「ビックリしてたんだ」

「はい。自分、あんまり顔に出ないタイプで。これでも結構ビックリしました今日は」

「出なさすぎでは?」

「でも、誰と付き合うかは葉豆の自由ですし。それに、友達結構年上の人と付き合ってるんで」

「そうなんだ」

「はい。バイト先の先輩とか店長が多いですね。30代とか、40代ってこともありますよ」

「40代が女子高生と付き合うなんて……ダメだ、もう責められない自分がいる……」

「まあ責める必要はないんじゃないですか。べつに16歳になったら結婚できるワケですし、女の子からいってることも多いし」


 なんというのか、想像以上にあっけらかんとした反応だった。大智の地元では全然そんなことはなかったけど、東京の女子高生は結構オジサンと付き合っているのだろうか。自分ばかりが特別なのかと思っていたが、実際はそんなこともなかったのだろうか……とか、大智が思っていると、


「……まあオジサンって意見は変わりませんけどね」

「葉豆ちゃん、一旦落ち着こう」

「大智さん、私まだなにも言ってません」


 美空がぼそりとつぶやいた言葉の内容に、急いで葉豆を制した大智だったが、返ってきたツッコミはもっともだった。


「なにも言ってなくてもこれから絶対なんか言うでしょ」

「言いますよ!」


 葉豆は大智に、元気にそう言うと、美空のほうを勢いよく見た。


「美空! 大智さんはオジサンじゃないっ!」

「へー」

「オジサンって臭くてハゲてて太っててみたいな人のこと言うから。大智さんはいいニオイだし毛根も元気だし」

「毛根?」

「ヘッドマッサージしてるからわかんの!」

「あっそ」

「それになにより、大智さんはカラダがめちゃくちゃいいのっ!」

「葉豆ちゃん、その言い方はやめよう。筋肉のことだと思うけど誤解を招く」

「体力だってすごくあるし、力強くて飛距離スゴいし、足腰とか強靭で踏ん張りスゴいんだから……あ、今のバトミントンの話ね」

「おい、今のバトミントンのくだりからめっちゃ声小さかったけど!? 絶対それわざとやってるでしょ誤解招こうとしてるでしょ!?」

「エッチはもうしたんですか?」

「「……へ?」」


 バカップルを繰り広げていると、美空が急にぶち込んできた。


 猥談というのは、冗談の範疇で話す分には余裕が持てるものだ。しかし、ガチなテンションで聞かれると、途端に余裕のなさが露呈してしまう場合がある。大智と葉豆はまさにそれで、結果的に同じ「……へ?」という反応になった。


 その後、大智は周囲に話を聞かれていないかキョロキョロ確認。一方、葉豆は両の手でホ頬を包み、


「え、エッチだなんて……えへへー♡ どうでしょー?♡」


 嬉しそうに赤面した。ダメだ。これはもう話し合いの場にいるべき人間じゃない。いられる状態じゃない。ので、大智は身を乗り出し、小声で美空に告げる。


「いや、それはしてない。断じてしてませんので」

「まだなんですね」

「はい、それはもう神に誓って。都の条例? 的なやつには引っかかりたくないから」

「そうなんですね……ってことは条例に引っかからない年齢になれば手を出すと?」

「いや、それはその……」

「ちなみに葉豆の誕生日、12月24日です」

「初耳……こんな流れで知りたくなかった……」

「聖なる夜が性なる夜になる感じですか? サンタさんのプレゼントは18歳になったばかりの女の子ですか?」

「……」

「あ、すみません。少し冗談が過ぎました」

 

 美空は身を引くと、小声での会話を終わらせた。どう反応していいかわからなかったので、正直大智的にはありがたい……いや、これだけ色々と追求されてありがたいとも思えないが、それでもまあこれで終わるならそれでいい。そう自分に言い聞かせつつ、空咳をつくと、大智は美空に述べた。


「初対面で色々と信じられないかもしれないけど、美空ちゃん。これだけは本当だから……葉豆ちゃんとは、本当に真面目に付き合ってる」

「……えへへー♡」


 美空が大智の言葉に返事する前に、横にいた葉豆が気の抜けた言葉を発し、風船から空気が抜けるようにテーブルのうえにもたれかかってジタバタした。それを見た美空は呆れを隠さずに、小さくため息をついたのだった。


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新作始めました。いいスタートダッシュ切りたいので、フォローと星レビューをなにとぞよろしくお願いします。皆さんが頼りです…! どうか!笑


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社畜リーマン、お隣のJKが凄腕マッサージ師で即落ちしてしまった件… ラッコ @ra_cco

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