33 社畜は初デートで反省する…1
「大智さん、お昼どうしますか?」
二子玉川ライズの地上エリアを並んで歩きながら、葉豆が大智に尋ねる。ちょうどマクドナルドの横を通りかかり、こう付け加えた。
「私、マックとかでいいですけど」
「マック……はどうだろう」
葉豆に言うというより、自分に問いかける感じの口調になった。
誤解を避けるために言うと、大智はマックが決して嫌いなワケではない。むしろ、社会人になりたての頃は夜食としてよくお世話になっていたし、今でも定期的にポテトやナゲットを食べたくなる程度には好きなのだが(あの時々猛烈に訪れる恋しさは何なんだろうか)、大智は26歳である。社会人が彼女との初デートで連れて行く場所としては、マックはふさわしいとは思えなかったのだ。
しかし、葉豆にはその意図が通じなかったようで、首をかしげている。
「あれ、もしかしてマック嫌いですか?」
「そんなことないよ。むしろ好き」
「じゃあどうして『マック……はどうだろう』なんですか?」
「今の俺のモノマネ? 俺そんなイケボかな?」
葉豆が謎にキメ顔で、低い声で自分の真似をしてきたので大智は思わず苦笑。
「脳内変換です♪ 私にはこう聞こえてるってことで!」
しかし、葉豆は嬉しそうにそんなふうに続ける。
大智は自分のことをイケメンともイケボとも思っていないので、反射的に「ん、この子もしかして煽ってるのか……?」と思わなくもなかったが、毒っ気のない葉豆の笑顔を見ているとすぐにそんな気持ちも消えた。おそらく本心で言っているのだろうし、仮に煽っていたとしても、文句なしにかわいいので、ま、それならそれでもいいか……と思えてくる。
そして、マックに「んー」となった理由を明かしていく。
「いやさ、俺、一応オトナでしょ? だから、最初のデートがマックってどうなのって」
「あ、そういうことでしたか……んー、私は全然気にならないですけどね?」
「そうなの?」
「はい。だって友達もデートで行く場所そんな感じですし。ファミレスとかファストフードとかラウンドワンとか」
「まー、男の子側も高校生だったらそうかもだけど……てかラウンドワンって懐かしいな」
都会に住む高校生ということもあり、てっきりもっといい感じのカフェとかに行っていると思いきや、そんなこともなかったらしい。あとラウンドワンはだいたいどこの高校生も行くようだ。
「逆に聞きたいんですけど、オトナ同士のデートだと初回マックとかサイゼってNGなんですか」
「いや、普通にダメじゃない?」
「普通に」
「付き合って時間が経ってからなら別かもだけど、最初から安いチェーン店ってのは」
「ふーむ……それって、もしかして安いお店に連れて行かれると安い女だと思われるみたいなですか」
「あー、うん、簡単に言えばそうかも」
「……大智さん、私やっぱ初回マックは嫌です!」
「いや、だから別の店にしようって言ってるじゃん」
急に態度を変え、手をぎゅっと握って声も張って、それなりに必死そうな表情で言ってくる葉豆に、大智がマジレスしたのは言うまでもない。
「じゃあ、オトナの女性と食事デートに行くときはどんなお店がいいんですかね」
そして、葉豆が一歩先に歩み出て、くるっとこちらに振り向きながら首をかしげて言う。先程の発言がジョークなのかそうではないのかはっきりしないまま、話をごろっと切り替える。掴みどころのない、なんとも彼女らしいコミュニケーションだ。
「そうだなあ……会社の女性陣は『まず候補の時点で3つは挙げてほしい』って言ってたっけ」
「え、3つもですか」
「食べ物の好みもあるからさ、イタリアン、和食、スペインバル的な感じで」
「イタリアン、和食、スペインバル……」
「で、事前にお店を予約して、待ち合わせ場所がわかりやすいようにマップを共有、念のため文字でも説明送っておく的な」
「そこまでやるんですね……」
「そこまで求める人がいるからね」
「オトナの女性って色々気にするんですね……」
ほーっと関心したように言う葉豆。きっと、高校生同士のデートでは、そこまで女子に優しくする男子はまだいないのだろう。
でも、そういう気遣いってじつはデートでだけ使えるってモノではなく、むしろビジネスにも十分活かせたりする。とくに、大智のような営業マンはそうだ。
クライアントとの食事会では良さげな店の候補を3~4つ出すし、そのうえで予約もとる。店に着いてからも色々とやっていることはあり、例を出すなら相手を奥側の席に座らせたり、コートを代わりにかけたり、飲み物がなくなる前に次は何にするのか聞いたり、スマホの充電がなくなりそうな人のためにフル充電したモバイル充電器を常に持っておいたり……みたいな感じ。
冷静になって考えれば、もはやオトナの男が女性をデートに誘ってする行動となんら変わらなかったりするのだが、信頼を勝ち取って長い付き合いにつなげていくには、そうした小さな気遣いはとても大事なのだ。
そして、当然ながらこういう気遣いは対社外だけでなく、社内向けにも威力を発揮する。もっとも、今は同じチームが山岸だけなので、正直そこまで発揮する機会がないのが残念なところだが。
(まあ、ぶっちゃけ一番気を遣ってるのは、山岸さんなんだろうけどね……)
そして、結果的に一番日々丁寧に接し、珍しく気に入られているのが、パワハラマン山岸……というのはなんとも悲しい話である。
と、そこで大智は気づく。葉豆の返答が先程から途切れていることに。ふと視線を向けると、葉豆はなにやら心配そうな瞳で、こちらを見上げていた。
「葉豆ちゃん、どうかした?」
「いえべつに。なんでもないです……」
「本当に?」
大智がさらに尋ねると、視線が少し横に逸れる。
「……なんでもないんですけど、ただ、今の話に大智さんの実体験って入ってるのかなー、って……」
「俺の実体験? いや、会社の女性陣が言ってたってだけで……」
そして、気づく。葉豆が、どうやらジェラシーを抱いているということに。大智は決してウソを言っておらず、飲み会の席などで同僚女性から聞いた話を語っただけなのだが、葉豆は彼が実際のデート経験のなかで学んだと思ったらしい。とんでもない誤解だ。
なので、しっかり目を見てこう言ってやった。
「今のは本当に会社の女性たちに聞いたことだよ」
「……」
「それに俺、もうずっと彼女いなかったから」
「本当ですか……?」
「うん。本当」
「でも大智さん、オトナの男性ですし、すごくモテそうなので……」
「俺がモテそう……葉豆ちゃんって絶対クラスで『変わってる』って言われるでしょ?」
「言われます、すごく」
葉豆があまりにも包み隠さずにそう返すので、大智は怒ることもできず、ふっと苦笑。そして、少しだけ真面目な声色になってこんなふうに述べる。
「ずっと彼女いなかったのは本当。だからデートに慣れてるワケじゃないし、正直今日もずっと自分が自分じゃないみたいな感じだったんだよ?」
「今日も……」
「うん。緊張で朝6時に目が覚めたし」
「私より早いじゃないですか。私でも6時半だったのに」
「ほとんど変わらなくね?」
「30分は大きな差ですよ?」
「まあそれはいいとして。あとは、葉豆ちゃんが映画で気持ち悪くなっちゃったときとかも、内心めっちゃテンパってたもん」
「すいません……その節はご心配をおかけして……」
葉豆は申し訳なさそうにそう述べる。だが、心なしか先程より表情は明るくなっており、不安とか嫉妬の気持ちは消えていることがわかった。
「だから、そういうのは心配しないでいいから」
大智がそう告げると、葉豆はニコリと微笑み、
「はいっ!」
と元気に返したのだった。
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