23 社畜はストレス源についてJKと話す…

 その週末。大智は葉豆に施術を受けていた。出会いから1ヶ月以上が経過し、もはやこの過ごし方も日常になりつつあった。


 ……のだが、この日はいつもと少し違った。いつも通り、肩や腰を軽くマッサージし、状態を確かめたりしたのち、葉豆はあやしい木の棒のような道具を取り出したのだ。まっすぐな木の棒の途中から、突起のようにして短い木の棒が出ている。その先には黒いビニールのカバーがついているが、初見では用途が謎すぎる見た目だ。


「葉豆ちゃんなにそれ。拷問道具……?」

「拷問道具って! もーっ、笑わせないでください大智さん!!」

「べつに笑わせるつもりはなかったんだけど……」

「拷問かあ……まあ、慣れてない人からすればそれに近い感もあるかもですけど」

「え、否定しないんだ?」

「ふふっ」


 ベッドに寝そべった状態で、見上げる形で葉豆と放していることもあり、大智はまな板の上の鯉の気分である。なので初めて見る器具には過敏に反応してしまうのだが、葉豆は至って普通の、つまり普通の人から見れば普通でない感じになっていた。とても上機嫌でニコニコと笑っており、口角があがり、ついでに目が爛々と光っている。


「で、それどうするの?」

「LINEで伝えませんでしたっけ? 今週は少し違うことをするって」

「あ、言ってたかも」

「それです。これ、『腰棒2双(ようぼうにそう)』って言いまして」

「ようぼう……」

「漢字はあとで調べてみてください。背中の凝りをほぐす道具なんですよ! ちょっとハードなんですけど、好きな人は病みつきになる施術でして」

「これを? どう考えても痛そうなんだけど」

「すっごく気持ちいいし、背中が楽になるんですよ? ちなみに大智さんは全然イケると思います。Mっぽいので」

「背中が楽になるのは嬉しいけど……って今なんか言った?」

「じゃーやりますね! ってことで寝そべってください~!!」


 葉豆に半強制的に話を打ち切られ、大智はベッドに寝そべる。すると、お腹の左右のところになにかが触れる感覚があった。ベッドは先程に比べて少し沈んでおり……どうやら葉豆がベッドに乗ったらしい。嫌な予感が大智を襲った。


「葉豆ちゃん……?」

「はい、いきますねー!!」

「う、うん……」


 そして、肩甲骨の斜め下あたりがグッと押される感覚が。指や肘とはまた違う感覚であり、例の『腰棒2双』を使って葉豆が押しているらしかった。ベッドに乗って体重をかけているせいか、軽く押している感じなのに体に沈み込んでくる感じがあった。


「うはっ♡」

「今、うはって言った? 言ったよね?」

「もー、大智さん!! めっちゃ凝ってるじゃないですかー♡♡」

「よ、喜ばれましても……」

「これはもうほぐし甲斐がありますねーっ!!」

「……」


 例のごとく、そのテンションに大智は反応しきれないのだが、この日は背中にかかる刺激が想像以上であることも、無言の要因となっていた。


「では、この状態で軽く背中起こせますか?」

「背筋的な……感じ?」

「よりも、もっと小さくていいです。頭上げる感じで10センチくらいで」

「オ、オッケー」


 そう返し、大智は言われるがまま頭を軽く持ち上げる感じで上体を起こした。すると、持ち上げたことで負荷がかかり、筋肉にさらに『腰棒2双』が入っていく感じがする。


「いーっち、にーいっ、さーんっ……はい、下にずらしますっ!」

「うい」

「いーっち、にーいっ、さーんっ……はい、ずらしまーすっ!」

「……」

「いーっち、にーいっ、さーんっ……ずらしますね」

「……」


 背中に加わる刺激に、大智は自然と無口になった。というか、声を出すほうが難しい感じだった。感覚的には軽く背筋運動をしながら、グッと上から押さえつけられている感覚なんだ。


 そして、いくらビニールのキャップをしているとは言え、『腰棒2双』の刺激はなかなかのものだった。肩甲骨周りから背中、そして腰にかけて順番に刺激が加えられ、凝った筋肉がミシミシと、無言のうめき声をあげるのを感じる。大智には整体に関する知識はなかったが、それでも的確に腰のツボが刺激されていることはわかったし、それが葉豆の腕もあり、的確に腰のツボを刺激されている感覚があった。


 施術が一旦腰まで降りてきて、一段落つくと、大智は振り返って葉豆を見上げる。


「あの、葉豆ちゃん」

「なんですか?」

「これ、めっちゃ効くね……」

「ふふっ、ですよね!」


 大智が呻くかのように伝えた言葉に、葉豆は思わず納得する。


「ちょっと体力使うんですけど、背中の血流が一気に良くなるし、ほぐれやすいんですよ」

「わかる。なんかもうすでに背中の凝りがほぐれてる気がする」

「同時に二箇所押せますしね。まあ、見た目はあんまいい感じじゃないんですけどね」

「見た目?」

「ベッドに立って上から押さえつけてるワケじゃないですか? 私がイジメてるみたいに見えると思うんです」

「ああ、たしかに」

「あと、背骨に当たると最悪折れる可能性あったりもするんですけど、そこは安心してください、慣れてるんで!」

「それ、先に聞かなくて良かったよ。聞いてたらやってないかもだもん」


 冗談っぽく言った大智だったが、半分本気でもあった。それくらい、この施術は腰を大胆にほぐす感じなのだ。



   ○○○



 その後、同じ手順をもう一度繰り返したのち、普段の整体へと戻った。『腰棒2双』で背筋的なことをしたせいか、大智はすっかり疲れ果て、その後はずっと眠っていた。整体を終えると、体はすっかり軽くなっており、頭も冴え渡っていた。


 そして、お・も・て・な・し側をチェンジ。大智が料理を作り、葉豆に昼食を振る舞う。この日は棒々鶏、餃子、ニラたまスープ、玄米という組み合わせ。棒々鶏の鶏むね肉、ニラたまスープの卵と、タンパク質多めなのはいつも通りである。


「なんでこんなに凝るんだろうね」


 食べながら、大智はつぶやいた。以前に比べると肉体的な疲労はかなり軽減され、週明けはスッキリした気分で仕事に向き合うことができていたが、とは言え平日を終える頃には体は凝りを取り戻すのだ。


 マッサージ後の今、これだけスッキリしているんだから、その効果が金曜日まで持ってもべつにおかしくないような気がするのだが……と思ってしまうのである。


「葉豆ちゃんにやってもらった後はほぐれてるのに」

「そーですねー」


 少し考えつつ、葉豆が述べる。


「もともとそういう体質ってのもあると思うんですけど、やっぱストレスじゃないですかね?」

「ストレスか」

「はい。お父さんのお店のお客さんでも多いんですよ、明らかにストレス原因だろうなって人。場所柄、芸能関係の人が結構来るんですけど、やっぱ不安定な仕事じゃないですか」

「それで筋肉も凝るんだ」

「はい。あとはあんま大きな声で言えないんですけど、『ヤ』のつく方々も体ガチガチらしいです……お父さんいわく、『いつ殺されるかわかんないから』って」

「それは大きな声では言えないかもな……」


 葉豆の言葉に、大智は納得する。と同時に、葉豆の話は納得でもあった。大学時代、友人と銭湯やサウナに行くと、なぜかその筋の人を多く見かけることがあったのだが、どうやらあれは身体の凝りをほぐすためだったようだ。


「大智さんってどんなお仕事されてるんですか?」


 そんなことはさておき、葉豆が尋ねたことで、大智の話に戻る。


「ネット広告って言って伝わる?」

「なんとなくは」

「それの営業マンだよ」

「へー、なんか賢そうです!!」

「ネット広告の営業マンのどこが賢そうなんだ?」

「すいません、雰囲気で言っちゃいました……仕事のことはまだよくわかんないので……」


 大智のツッコミに、葉豆は頭をかきつつ苦笑。そして、こう続ける。


「でも、これだけ凝るってことは、そこでストレスを感じてるのかなあって」

「なるほどねえ」

「殺されるかもって感じることはないですか?」

「あったら怖いよ。てかさすがに転職する」

「ですよね」

「うーん、でもどうだろ……そりゃ新卒のときはそうだったかもだけど。正直もう今の環境に慣れちゃった感あるからなあ……」

「今の環境、ですか」


 少しキョトンとした表情で、葉豆が尋ねる。箸で挟んでいたはずの棒々鶏が、ポロッと玄米のうえに落ちた。


「オンオフつけにくい仕事だとか、人手が足りないからやることが多いとか、そういうの」

「みんな忙しいんですか? それとも大智さんがとくに忙しいんですか?」

「両方かな。そもそも忙しい業界なうえに、俺はとくに忙しい。誰かが急に辞めるとなぜか俺がいつも引き受けてる感じだし……まあ、頼まれると断れない性格なんだよ。損する性格ってやつ」


 つい最近、高田絡みでそんなことがまたあったばかりだったこともあり、大智は自嘲気味にそう言う。


 が、葉豆は笑わず、真面目な目で見てきた。専属整体師として笑うところじゃない、という感じなのだろうか。


「断れない性格……押しに弱い的な、ですか?」

「もはや押されなくても引き受けちゃう感あるかも。『大久保くん、じつは……』『あ、いいですよ』的な」

「それは忙しくなりますね」

「でも、仕事が多いのはもうずっとだから。自分としては、そこにはもはや何も感じないんだよ。もともと仕事は好きなほうだし」

「私もお仕事頑張ってる人は素敵だと思います!!」


 葉豆がニコッと微笑む。


「だから、仕事が多いのがそこまでストレスになってるとは思えないんだよなあ」

「うーん、だとすると、大智さん自身も気づいてないストレス源があるのかもしれませんね」

「俺自身も気づいていない、か」


 そう言われ、なぜか大智の脳内に浮かんだのは山岸の姿だった。瞬間、すぐに自分の眉間にシワが寄るのを感じ、山岸の顔を脳内から追い出す。横を見ると、葉豆が不思議そうな顔で見ている。


「大智さん、どうかしました?」

「いや、なんでもない。ちょっと鶏肉がつっかえそうになっただけ」


 葉豆に対し、大智がごまかしたのはいくつか理由があった。単純に仕事の話をしても通じなだろうなというのもあったし、社会人がこれ見よがしに学生にするのも「わからない話」を聞かせているようで気が引けたし(OB訪問に来た学生に「テストに必ず正解のあった学生時代と違って、仕事には正解ってのがないんだ」とか言うタイプの、要するにあさましく、自分に酔っている感じの社会人が大智は嫌いなのだ)、あとは軽く話すことで彼女を心配させたくない、というのもあった。


 だけれど、葉豆の指摘は、大智としても思い当たる節があった。


(俺としてはもはやなんとも思っていないつもりだったけど、でも言われてみれば『存在そのものがストレス』なのかもな……とは言え、俺がこの流されやすい性格である以上、あのオッサンから離れることも難しそうだけど)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る