42 社畜はJKの両親に挨拶に行く…1
その週末。
大智は朝から、物凄く緊張していた。休日にも関わらず規模の大きい案件のプレゼンがあるとか、大事な資格試験があるとかそういう理由ではない。葉豆の家に招かれ、足を運ぶことになっていたのだ。
決まったのは数日前だ。夜に葉豆とLINEで電話していたところ、急に彼女が静かになる瞬間があった。なにか質問してその答えに窮したとかではなく、楽しげに話していた最中、脈絡なく押し黙る……という感じだった。
そして、葉豆は急に黙ったことを謝りつつ、こんなことを言い出した。
「だいちさん、あの、実は母が『今度ウチに遊びに来ない?』って言ってまして……」
普段、母親のことはお母さんと呼んでいるのに、母呼びだったことに、葉豆の動揺も見て取れた。
「その、どうでしょう……あ、でもまだ付き合い始めて時間も経ってませんし……」
「いや、行くよ」
「ですよね。急に呼ばれて行けるほど気楽なモノじゃ……えっ!!?」
「びっくりするほどアニメ的な反応だね?」
葉豆は驚いていたが、正直、大智にとってはいい機会だと思った。
もちろん、葉豆の両親と会うことに、怖さとか緊張を感じないかと言えばそんなことはない。
だけど、9歳の年齢差があることや、彼女がまだ高校生であることを踏まえるなら、早いうちに顔を見せておくほうがいいに決まっていることも重々把握していた。正直、どう思われているのか非常に気になるし、応援してもらえるとも思えないのが本音ではあるが、たとえどうだとしても、付き合いたてに挨拶しに行くほうが、真剣さも伝わるだろう。
とは言え、さすがに当日朝になると緊張しているのも事実だった。
(ある意味、どんな資格試験より厳しい試験になるかもしれない。彼氏としての資格的な意味合いで……)
そんなことを思っていると、
「わっ!!!」
テーブルの上のスマホがバイブし、大智は軽く飛び上がった。見ると、葉豆からLINEだった。
「わ、我ながら情けない……」
時刻はちょうど10時だ。
『だいちさん、おはようございます!!』
『今日もいい天気ですね!!』
いつも通りな、上機嫌な感じのLINEだった。
『うん、そうだね』
『俺はちょっと緊張して吐きそうだけど……』
『大丈夫じゃないですね!!』
『とりあえず酔い止め持って行きますね!!』
『あ、ありがとう』
『あとはビニール袋も!!』
『そこまではいいかな……てか遠足のバスじゃないんだし』
『了解です!!』
相変わらず気の利く子だなと大智は思った。気の利かせ方がちょっとズレてる気もするが。
待ち合わせ時刻は11時だった。葉豆から前もってもらっておいたLINEによると、彼女の家があるのは野沢という場所。東急田園都市線の駒沢大学駅・三軒茶屋駅と、東急東横線の学芸大学駅のちょうど真ん中らへんにある住宅街だ。
誰もが一度は聞いたことのある高級住宅街というより、世田谷区歴の長い人に人気という感じの場所であり、街並みが上品で、非常に綺麗なのが特徴。また、駅から距離があるだけで、距離的には都心に近くて出やすいので、電車ではなく車で移動する芸能人も多く住んでいる。あと、大智の住む辺りと同様、バスが渋谷から出ているので、実際は駅まで遠くでも全然不便じゃなかったりもする。
直接ひとりで行っても良かったが、葉豆が近くのスーパーまで向かいに来てくれることになっていた。家から5分ほどのところにある、信濃屋という高級スーパーだ。大智の家からは歩いて10分程度。つまり、大智の家と葉豆の家は、徒歩で15分程度の距離感だった。葉豆が隣室で整体院をやってるだけあって、近いところに住んでるのはわかっていたが、改めて考えてみるとすごく近所だ。
10時半を少し過ぎたくらいに、大智は家を出た。格好は爽やかな青いシャツに、オーソドックスなチノパンという出で立ちだ。平日が革靴な分、土日は楽なスニーカーを履くことが多いが、この日はクラークスの革靴を履いた。
なにげない服装であるが、これでも1日半ほど悩んだ結果であった。二子玉川でのデート時に感じたように、服装は年齢差を感じさせるポイントだ。オトナっぽく見えることはファッションにおいて基本的にいいことだが、今回は違う。彼女の両親に年が離れていると感じさせるのは得策ではないだろう。
でも、真剣さとか真面目さは伝わったほうがいいワケで……その結果の、今回の服装だった。
そして、赤坂の塩野という和菓子屋で買った羊羹を紙袋に入れて持っていく。ここは老舗の和菓子屋で、とらやのように名が知れているワケではないものの、多くのファンを持つお店であり、重要な客に持っていくと「お、こいつわかっとんな」と思われることを大智は仕事で知っている。チョコレートで例えるなら、とらやがゴディバなら、塩野はロジェという感じだろうか。ちょっと違う気がする。
なお、少し前に観た『アド街ック天国』にも塩野は登場しており、政治家が手土産で購入する店と紹介されていた。このことからわかるのは何か? 大智が、葉豆の両親に気に入られようと必死ということだ。
(高校生のときとかに彼女がいればもっと気軽に相手の家とか行って、こういう緊張も少なくて済んだのかもな……)
葉豆と付き合うようになってから、大智は時折自分の過去を少し恨めしく思うことがあった。高田にも述べたように、大智は高校生時代にクラスの女子と、つまりJKと付き合ったことがない。今までの大智なら「高校までに恋人がいて、なおかつちゃんとした交際をしたことのある人なんて、半分もいないだろ」とか思っていただろうが、今はなんだか、然るべきタイミングでしておくべきことを経験していなかった……そんな気持ちになってしまうのだ。
(これも、年下の子と付き合った結果なんだよな……)
青い空、遠慮なく降り注ぐ初夏の太陽の下、歩きながらそんなことを考える。考える余裕などないはずなのだが、余裕がないという事態から目を逸らそうとして、脳はさらに動く。
○○○
待ち合わせ場所に到達すると、ちょうど向こうから葉豆が歩いてきているところだった。大智の姿を見つけると、顔の横で小さく手を振り、小走りで駆けてくる。ボーダーのTシャツをデニムスカートに入れたファッションで、シンプルさが良かった。奇遇にも、大智の服装とバランスが取れており、横に並ぶとカップルのようだ。まあ、カップルなんだけど。
「だいちさん、おはようございます!」
「葉豆ちゃん、おはよう」
本日2度目の挨拶を交わすと、葉豆が大智が持つ紙袋に視線を送る。
「それってなんですか?」
「ああ。これはまあお土産的な。なにも持って行かないのは失礼かなって」
「なにも持って行かないのは失礼……私、そう言えば手ぶらでした!!」
「いや、葉豆ちゃんは自分の家なんだからいいでしょ」
「あ、そっか、そうですね」
葉豆は照れたようにはにかむ。最近増えてきたジョークかと思いきや、今回は天然ボケだったらしい。ツッコミ時に照れるかどうかでわかるようだ。わかりやすい。
「中身は何ですか?」
「羊羹だよ。美味しいらしくて、仕事で差し入れに使ったりするんだ」
「ってことは大智さんは食べたことないんですか?」
「あー、そう言えばないかも」
「なるほど。でしたら一緒に食べてくださいね!! ……実はうちのお父さん、血圧とか色々高くて、お医者さんに注意されてるんです」
「へえ」
「人の健康とか筋肉にはアレコレ言うのに自分のことは無頓着で。あ、でもそれくらい甘いモノ好きなので喜ぶと思いますよ?」
「ならいいんだけど」
「……って今そんな話してる場合じゃないですね。ぼちぼち行きましょうか!!」
そして、大智は歩き始めた。9歳年下の彼女の、実家に向かって。
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