43 社畜はJKの両親に挨拶に行く…2
葉豆の家は、比較的新しい3階建ての家だった。
そして、端的に言ってかなり格好良かった。テレビドラマで見るような大豪邸ではないものの、3階建てのまだ新しさの残った家で、車は2台停めてあった。また、敷地沿いにある簡易的な庭と2階のベランダにはこれでもかと言うほどたくさんの花があった。様々な形状、色合いの鉢植え含め、とても上品だ。
表札の『戸山』の文字を見ていると、本当に挨拶に来たんだな……と大智の緊張も強まる。
「じゃあ、入りましょうか」
「うん」
そう言われ、玄関に向かって進もうとする大智だが、すぐに葉豆が急停止。振り返って大智を見上げる。
「あ、言い忘れてましたけど、私のお父さん」
「お父さんがなに? このタイミングで」
「その、ちょっとだけ変わり者でして」
「ちょっとだけ変わり者」
大智の言葉に、コクンとうなずく葉豆。
「はい。なので若干絡み辛いかもです」
「若干絡みにくい」
「でも、大智さんならきっと大丈夫ですよね!」
「そのなぞの信頼感、どっから湧き出てくるの……」
「さあ、どこでしょうね?」
葉豆はマイペースににっこり微笑むと、玄関に向かってずんずん進んでいった。
(葉豆ちゃんが言うんだから、余程絡みにくいんだろうな……)
大智も内心失礼なことを思いつつ、葉豆の後を追う。
「お父さん、お母さん、大智さん来たよー!」
葉豆が中に向かってそう叫ぶと、奥からパタパタと足音が聞こえ……
「まあ、いらっしゃい。よく来てくださってね」
中から顔を出したのは、母の南帆子。オリンピックで過去2回メダルを獲得したことで知られる、国民的マラソンランナー・富久南帆子である。
テレビなどを通じて何度もその姿を見ていた大智だったが、生の南帆子は思ったより小柄な、かわいらしい女性である。とは言え全盛期はアイドル的な人気を誇っただけあって、顔立ちは整っている。あと、こう見てみると葉豆ととてもよく似ていた。
「はじめまして。大久保大智です。今日はお招きいただきありがとうございます」
「葉豆の母の南帆子です」
南帆子はとてもニコニコしており、歓迎してくれていることがわかる。大智はひとまずホッと胸を撫で下ろした。
「急なお誘いで困ったんじゃない?」
「いえいえ。むしろ渡りに船と言いますか」
「ほおん、渡りに船と言うか……日照りに雨と言うか」
「え、日照りに雨?」
「闇夜に提灯と言うか?」
「……すいません、どうしました?」
南帆子が人差し指を立てながらそんなことを言うのですっかり困惑していると、「大智さん、すみません」と葉豆が間に入って来る。
「お母さん、最近クイズ番組によく出てるせいで、頭がクイズ脳なんです」
「な、なるほど……」
「私みたいにとっくの昔に引退した選手はスポンサーなんてなかなかつかないし、そうでなくてもアスリートも今の御時世、なかなか大変だしね」
「それでクイズ番組なんですね」
「そうそう。もっと呼んでもらえるように勉強してるの」
「だからお母さん、誰かがことわざを言うと類語言っちゃったり、四字熟語言うと対義語言っちゃうんです」
「これも職業病ってやつかしら? 昔は足をケガするのが職業病だったのにねえ」
悪びれず、おほほほ~という感じでそんなことを言う南帆子に、大智が少々困惑したのは言うまでもない。
(そう言えばクイズ番組出てたの見たことある気がするな……忘れてたけど)
大智は最近の若者にしては……葉豆と接していると自分が若者という感覚もなくなってくるが、もともとテレビを観るほうではない。それが若干裏目に出た感じであった。いや、ことわざにことわざで返されるなど、番組を観ていても予想できないだろうけども。
そんなことはさておき、南帆子が家の中を示す。
「ささ、こんなとこで立ち話もなんだし、入って入って」
「あ、はい」
「お父さんちょっとお店に顔出してるんだけどすぐ戻ってくるから」
「朝から忙しいですね」
「ううん、開店作業してるだけ。今日は一日お休み取ってくれてるから」
「わざわざそこまで……あ、そうだこれお土産です」
「あら、気が効くのね。お、しかも塩野じゃないの……あなた結構仕事できるでしょ?」
「はは、通じてよかったです」
お土産はグッドチョイスだったらしい。南帆子の言葉に、大智はにやりと微笑む。
そんなふたりの様子を葉豆は不思議そうに首をかしげ、見つめていた。
○○○
玄関を入ると、目の前にある階段を登っていく。そこからドアを隔ててリビングであり、廊下を進んだ先の階段を登ると3階という感じだった。
リビングはキッチンダイニングエリアと地続きになっており、キッチン側には背の高いテーブルが、リビング側には背の低いテーブルとソファがある。食事スペースと、家族団らんのスペースという感じだろうか。
側面収納付きタイプのテレビ台には、戸山夫妻の過去の写真や雑誌インタビューの切り抜き、表彰状、さらにはオリンピックのメダルまで並んでいた。
その中で、普通に一番注目すべきはオリンピックのメダルだろう。ケース越しとは言え、実物を拝める機会なんて普通早々ないことであり、スポーツマンである大智も本来なら食いついたはずだった。
しかし、大智は今、某雑誌のインタビュー記事に目を奪われていた。「カリスマ整体師・戸山春男」の文字がデカデカと踊っており、その下には彼の写真がある。南帆子の手前、声に発することはできないがこう思った。
(わかってたことだけど春男さん、めちゃくちゃ強面だな……)
戸山春男。職業、整体師。アスリートや芸能人も多く通う、駒沢大学の整体院「駒沢健康館」の院長だ。通常の整体にも定評があるが、とくに評価が高いのがカイロプラティックだ。
これは脊柱などを矯正することで身体のゆがみをなくしたり、腰痛等の痛みを軽減させたり、機能改善させたりする施術方法で、アメリカでは4年間専門の大学に通い、国家試験に合格する必要がある。
日本では無資格で開業できたりすることもあり、世間では「危ない」というイメージを持つ人もいるそうで、まあその辺はややこしい話ゆえググってほしいのだが、そんな中にあって戸山春男氏は整体師として働いたのち、わざわざアメリカに留学して現地の資格を取得した……と店の公式サイトに書かれていた。
そんなふうに、戸山家を訪問するに当たって春男のことを調べることにした大智だったが、カリスマ整体師にふさわしい経歴の一方に言葉を失い、同時に本人の写真を見ても言葉を失った。スキンヘッドに鋭い目つき、眉毛はほとんどなく、口は真一文字にギュッと閉られ、しかもガタイが良く……強面を想像しろと言われれば100人中98人は想像しそうなビジュアルの持ち主だったのだ。
(葉豆ちゃんがあんなアパートでひとり、同級生男子に整体して平気な理由がよくわかるわ……)
と、そんなふうに心の中で思っていると。
「大智さん」
大智がじっと見ていたことで察したのだろう、葉豆が神妙な面持ちで、それでいて小さな声で声をかけてくる。心配してくれているのだろうか。
「さっきからお父さんの写真ばかり見てますけど……」
「うん……」
「その、虫でもついてますか?」
「……いや、なんでやねん」
思わず変な関西弁になってしまった。それくらい、葉豆の言葉にずっこけた。
「だってこういうとき、虫でもついてるか? って言うじゃないですか」
「それは向き合った者同士が会話してる場合でしょ? お父さんの写真に虫がついてたら普通に手で払うよ……」
「あ、たしかに……大智さん、ふと思ったんですけどなんで顔をじっと見て虫がついてるって映画のキャラは言うんでしょう? しかも顔に虫が止まるじゃなくつくんだから、すごくオイリー肌なんですかね?」
「いや、なんの話だよ葉豆ちゃん……」
いつも通りの、いやいつも以上のすっとぼけ感を醸し出す葉豆に大智は一瞬困惑するが、すっかりリラックスした表情で、体育座りの姿勢で、クッションを膝と胸元でギュッとしている様子を見て納得する。そう、ここは彼女の家なのだ。
家に招かれた側の大智はとても気を遣うし気を張るが、招いた側の葉豆的には、いつも通りの自宅。自然と素になってしまうらしい。結果、ふたりの間にはテンションというか、緊張感の差が生まれてしまっていた。
「大智さん、そんな堅くならなくてもいいですよ? リラックスリラックスです!!」
「まあそうしたい気持ちはやまやまなんだけどさ……」
結局、葉豆のかわいさですべてを許してしまう大智だが、若干、葉豆の天然さ、マイペースさを恨めしく思ったのも事実だった。
と、そんなふうに大智が葉豆と喋っていると、背後でドアが開く音が聞こえた。振り返ると、そこには強面で大智を見下ろす男性の姿があった。戸山春男、葉豆の父親だ。
大智は反射的に立ち上がるが、身長170センチ台後半の大智よりも一回り大きかった。半袖のポロシャツにデニムという出で立ちなせいか、筋骨隆々なのが伝わってくる。
「はじめまして。私、葉豆さんとお付き合いさせていただいている……」
「待て待て。帰ってきたばかりなんだ、一旦座らせてくれ」
「……は、はい」
名前を言おうとするが、春男はそれを遮った。外見だけでなく、雰囲気からも威圧感のようなモノが伝わってきた。
そして、ソファにどかっと腰を下ろすと、ギロッと大智のほうを見る。葉豆のほうを見たいが、春男に凝視されているので見ることができない……今彼女はどんな表情をしているのだろうか。
「そうか、君が葉豆の彼氏か」
「は、はい。葉豆さんとお付き合いさせて頂いております、大久……」
「私は春男だ」
またしても、春男は大智の自己紹介を遮った。重々しい口調であり、声自体も低いので余計に厳格さがにじみ出ている。大智は恐怖と困惑で固まってしまいそうな気分だった。
「春男さん……」
その結果、大智は名前をオウム返しすることしかできなかった。
すると、春男はさらに目をギロッとさせ、軽く身を乗り出すようにして言った。
「そうだ、春男だ。英語で言うとスプリングマン……」
「スプリングマン……えっ??」
「春男さんだとミスタースプリングマンになる」
「ふふっ……お父さん、あんまり大智さんのことからかっちゃダメだって」
困惑して言葉が出てこないでいると、横から笑い声が聞こえてきた。数十秒ぶりに葉豆を見ると、顔を真赤にして笑いを堪えていた。いや、堪えきれずに少し吹き出していると言ったほうが正しいだろうか。
「はははっ、そうだなこれくらいにしておこうか」
そして、前方からも笑い声が聞こえてきて……前を向き直すと、さっきまでの強面から一変、春男が腹を抱えて大爆笑していたのだった。
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