44 社畜はJKの両親に挨拶に行く…3
「いや、大智くんには悪いと思ったんだけどさ、一人娘が初めて彼氏を連れてくるワケだろ? そうなると、やっぱ父親として、こういうイベントは経験しておくべきかなって」
大智が持ってきた羊羹をつつきつつ、春男が楽しげに語る。
いたずらが成功したときの子供を思わせる口ぶりであり、表情にも今や強面の面影はない。パーツそのものはやはり怖いのだが、笑い方に人の良さ、気の良さがにじみ出ている感じだった。
結論から述べると、春男は外見とは裏腹にかなりお茶目な人だった。結果、葉豆が彼氏を連れてくると聞き、昭和の頑固オヤジを演じて脅かして楽しもうと思ったらしい。
「どうだった? 俺の頑固オヤジ演技」
「いや、マジで怖かったですよ……寿命3年くらい縮まった気がします」
「お父さんなら絶対なんかやるだろうと思ってたけど、まさかあんなベタなことするなんて」
呆れつつも、葉豆も笑っている。まんまと騙された大智としては、もはや笑うしかないという感じだ。
「あ、そうだ、大智くん、良かったらアレもやらしてくんない?」
そして、嬉しそうに春男が続ける。
「アレってなんですか、嫌な予感するんですが……」
「『娘さんを僕にください』『お前なんぞに娘はやらん!』ってやつ」
「いや、それ結婚の挨拶では?」
「えー、やろうよー大智くぅーん!!」
ゴリマッチョの春男がギュッと抱きつこうとしてくる。まだ葉豆をちゃんと抱き締めたこともないのに……と若干思いつつ身をかわす。
「それに僕、葉豆さんをくださいって言いに来たワケでは……」
「大智さん……っ!!」
「ちょ、葉豆ちゃんなんでショック受けてるの」
「すみません、頭ではわかってるんです、『ください』なんて言葉が早いのは……でもなんか身体が自然に……」
「……」
大智はここにきて、葉豆が春男のことを「絡みにくい」と評していた理由がわかった。少々、と言うか大分、お茶目の度が過ぎているのだ。それに加え、隣にいる葉豆が予想外のところで乗っかってくるのでややこしい。
葉豆をなだめつつ、大智は春男に向き合う。彼はとてもノリノリな感じで、大智はこの筋肉達磨が見た目と大きく異なった内面を有していることを悟った。
「でも大智くん、葉豆が次また彼氏を連れてくる保証はどこにもないだろ?」
「そりゃそう、ですけど……」
「今ちょっとポケモンっぽくなったね!? 大智くん今のわざとかなっ??」
「自分の娘なのにそんなこと言っていいんですか?」
「大智さん、いいんです。私が許します」
「ほら許すって」
そう言うと、春男は大智をじっと見てくる。横から葉豆もじっと見てきた。二方向からの圧に、大智は小さくため息をつきつつ、口を開く。
「わかりました。1回だけですよ?」
「やたっ!!」
「え、大智さんちょっとタイム!! 録音、いや録画するのでっ!!」
「……お父さん、娘さんを僕」
「大智さん、そこは葉豆さんでお願いします!」
「お父さん、葉豆さんを僕にください」
「バッカモーン!!! お前なんぞにかわいい娘をやれるもんか!!!」
「……これで満足しましたか?」
「「はい。大満足です!!」」
春男と、スマホを抱えた葉豆が同時にそう言った。
(この父娘……ちょっと、いやかなり変わってるな……)
家に来てからまだ20分程度しか経っていないが、大智はすでに3キロくらい痩せた気分だった。葉豆も相当変わっていると思っていたが、外見とのギャップという意味では、春男のほうが大きいかもしれない。スキンヘッドの筋肉達磨なのだから。
しかし、そんな気持ちの一方で、じわじわと安堵感も広がってきていた。
(まあでも。受け入れてもらえてるのはとても嬉しいんだけど)
家に来るまで一番心配していたのが、葉豆との交際を反対されるのではないかということだった。出会い方や9歳という年齢差、葉豆がまだ高校生であることを考えれば、一般的な感性の持ち主なら好ましく思わない可能性も高いだろう。
「ごめんなさいね。このふたり、いつもこんな感じなの」
横から、南帆子が紅茶を注ぎながら申し訳なさそうに言う。大智は軽く頭を下げて謝意を表す。
「ふたりとも子供っぽいって言うのかしら。だから3人でいるときは私がいつもたしなめる側なのだけど、今日は大智さんがいてくれて楽だわ」
「なるほど……心中お察しします」
アイドルランナーとして人気を博した南帆子は、テレビで観ていたときはふんわりニコニコしている女性という印象だった。だが、ハキハキとした喋り口や、キビキビ動き回って紅茶を入れたりしてくれる様を見ると、なるほど、家ではしっかり者なのだとわかる。
「ところで大智くん、このあとはなにか予定あるのかな?」
「いえ、なにもないですが」
「じゃあ、我が家の毎月恒例のイベントに参加してみない?」
春男がそう言うと、葉豆と南帆子が「えっ」と驚いた様子を見せた。
「お父さん、さすがに大智さん困ると思うよ……?」
「そうよ、あなた。大智さん初めて来てくださったのに……」
「でも大智くんはもともとスポーツ結構やる子なんだろ?」
ふたりの言葉を受けたうえで、春男が大智に問いかける。
「ええ、それはまあ」
「じゃあ大丈夫だろう」
春男が自信満々にそう言うと、大智は訳がわからぬまま、コクンとうなずいた。
○○○
車に乗せられ、4人で向かったのは駒沢公園だった。大智と葉豆がよく過ごしている世田谷公園と並ぶ、世田谷区を代表する公園である。戸山家からは時間にして15分程度かかったが、駐車場に行くのに迂回したので、距離的には全然近い。車で行くより自転車のほうがきっと早いだろう。
駐車場に車を停めると、向かったのはトレーニングルームと呼ばれる建物だった。区民であれば無料で利用できるようで、中にはウエイト、ランニング、バイク等の各種マシンのほか、フリーウェイトエリア、さらにはスタジオまであり、大智が訪れたときもヨガのレッスンが行なわれていた。かなり設備が整っており、普通レベルのジムより断然いい感じである。
利用料金は2時間で450円であり、プリペイドカードを購入しておけばさらに割安になる。ジムは意外と高く、都心であれば月に4回行くだけで1万円弱かかったりするので、それと比べると格安も格安だった。
そして、大智は春男にほぼつきっきりの感じで、みっちり鍛えさせられることになった。ストレッチから始まり、ランニング、自重での筋トレ、フリーウェイトでの筋トレ……と、途中からは普通にコーチという感じだった。きっと周囲の客にもそういう感じに見えていただろう。もしそこに葉豆がいればまた少し違う感じに見えたかもしれないが、彼女は母親と一緒に外にランニングに出てしまっていた。こんな感じでトレーニングルームをロッカー代わりに使う人もいるようだ。
「はあはあ……」
1時間のトレーニングが終了し、ふたりは休憩タイムに入った。大智は軽くふらつきながらベンチにどかっと腰かけるが、春男は笑顔で立ったまま。自宅で配合してきたらしき特製スポーツドリンクを飲んでいる。
「大智くん、さすがだね」
「いえ、そんな」
「なかなか力持ちだし瞬発力も意外とあるし……少し変な言い方かもしれないけど、葉豆が見初めただけの筋肉だ」
「あー、たしかに少し変な言い方かもですねー」
そんなふうに会話しつつ、春男は大智の肩をぎゅっと揉む。葉豆の手に慣れている分、その肉厚さに驚いた。
「でも少し凝ってるのが惜しいね。葉豆の腕もまだまだだな」
「いえ、彼女はとても良くしてくれています。ただ、自分の仕事時間が長すぎるのが原因で」
「わかるよ。君は完全にパソコン仕事の多い人の凝り方だ。それで脚も張ってるから営業マンだね」
「そういうの、筋肉を触るとわかるんですか?」
「ああ、結構わかるもんだよ」
気になったので尋ねてみると、春男はそう返す。気づけばこの1時間のトレーニングで、春男との間に緊張感は一切なくなっていた。あれだけ強面に思えたのに、今は気のいいお茶目な筋肉オヤジにしか見えないのだから不思議だ。
「たとえば一番わかりやすいのはデスクワークらしいデスクワークの女性。とにかくずっと同じ姿勢でいるから、表面の筋肉が一枚の板みたいに繋がった感じになる」
「へえ」
「これが舞台俳優だと変わる。身体を動かすから表面的にはしなやかなんだけど、逆に奥のほうが筋張った感じになる。体を張るロケの多い芸人さんとかだと、もはや凝りというよりケガに近い感じだね。中には骨格からおかしい人もいたり」
なるほど、整体に行くという意味では同じでも、凝り方やその程度は千差万別のようだ。
「もちろん、どんな仕事をしているか、どんな生活習慣かがわかるだけで、細かい性格まで判別できるワケじゃないよ? ただ、不思議といい人はいい筋肉をしていると感じることが多くてね」
春男はなにか言いたそうな表情だった。口で今喋っている内容ではなく、その奥に本音をまだ隠し持っている……そんな感じだった。が、そこには触れず、ひとまず大智はうなずく。
すると、春男はこう続ける。
「そういう意味では、君はとても真面目で気を配れる人間なんだろうと思う……だから……」
「だから?」
「……葉豆のこともよろしくね」
最後の言葉を発するときだけ、少しだけ春男は顔を赤くした。どうやら急に恥ずかしくなってしまったらしい。「娘さんを僕に~」のときに、散々恥ずかしいやり取りをさせたくせに、真面目になるとダメなようだった。
でも、そうやって顔を赤くするところは、なんとなく葉豆に似ていると思った。し、自分がついさっき感じた違和感の理由にも気づいた。
もしかすると、この人は見た目はいかにもな強面でいかつい感じだが、中身は繊細で、意外と周囲に気配りする人なのかもしれない……でも有名な整体院を経営するくらいだから、マメそうな感じは納得でもあるな……そんなことを大智は心の中で思った。
「もちろんです」
大智がそう言うと、春男はどこか葉豆を思わせる、無邪気な笑顔を見せた。
○○○
休憩後、大智は一旦外に出ることにした。春男はまだ筋トレを続行するらしかったので、「自分は外走ってきます」と言って逃げてきたのだ。
なお、走る気はなかった。気を張っていたこともあり、正直、今日はもう疲れていたのだ。
トレーニングルームを出ると、外はすでに夕方に差しかかっていた。木々の葉っぱの向こう側から傾いた陽の光が差し込んできており、自分が動くたびにそのきらめきを変えた。セミの音や人々の程よいざわめきの他は、雑音らしい雑音は聞こえず、自然と身も心も落ち着いてくる。
(なにげ、ジムって久しぶりだったな……)
スポーツをしていたゆえ、高校時代までは定期的に足を運び、大学時代にはバイトしたこともあった大智だったが、失恋を機に辞めて以降はなんとなく足が遠のいていた。我ながらそんなことで……と思わなくもないが、見た目に反してナイーブな部分もあるのだから仕方がない。
(あのまま行かなくなるの、紗英はどう思うんだろう)
そんな連想の結果、自然と大智は紗英のことを思い出す。
ボルダリングジムにはもう足を運ばないことにした大智だが、紗英がどう思っていたかが気にならないと言えばウソになった。
あのとき見せた笑顔の理由とか、率先して話しかけてこなかった理由とか、もっと古い話をすれば別れたときにどう思っていたか……などなど、そういうのを謎解き、いや違う、答え合わせのように知りたいという気持ちはあるのだ。
でも、そこを掘り下げるのは、きっと後悔する行為だ。過去の恋人、想い人にのめり込む人の気持ちが、大智には昔からよくわからなかったが、未練とかそういう気持ちの他にも、答え合わせをしたいという感覚があったのかもしれないなと、今なら思う。
(まあでも。普通に来ないほうが有り難いだろうけどな)
と、大智がひとり脳内で結論をつけたところで、向こうから物凄い速度で走ってくる人の姿が見えた。そして、
「ゴール!!」
と言いつつ、大智の横で急停止する。南帆子だった。快速を飛ばしてきたにも関わらず、息は少しも乱れていない。
「南帆子さん、さすがですね……めちゃくちゃ早かったです」
「そりゃ私もう40年近く走ってるからね」
「さすがメダリスト」
「今でも3時間余裕で切ってるし」
「うわ、そりゃ早い……あの、葉豆ちゃんはどちらに?」
「ああ、遅いから置いてきちゃった」
一瞬ツッコミを入れかけるが、あまりにもさっぱりした言い方なので口を閉じた。きっと、普段からこんな感じなんだろう。戸山家はスポーツに関してはシビアな教育方針なのかもしれない。
というワケで、なんとなくここで葉豆を一緒に待つ流れになった。
思えば、南帆子とふたりきりになるのはこれが初めてだ。春男と話していたとき、彼女は台所で紅茶を入れたりしてくれていたので、会話にもそこまで参加していなかった。ゆえに、なんだか改まって緊張してしまいそうになるが、
「最近、葉豆がとってもイキイキしててね」
その前に、南帆子が口を開いた。迂遠さのない、ストレートな切り出し方だなと思った。自然な感じで前置きを用意していた春男とはまた違ったコミュニケーションスタイルだが、それはそれで心地よく感じる。
「せっかく結構顔かわいいのに、休みの日ジャージで過ごしたりしてたのにオシャレして出かけたりなんかして、『ああ、これはきっと……』って思ってたの」
「ふむ。きっといいことがあったんでしょうね」
「そうね。一体なにがあったのかしら?」
「そう返されると少し恥ずかしくなってきます……」
大智の言葉に、南帆子がどこか満足げな笑みを見せた。気づけば彼女との間にも、もう壁のようなモノは感じられない。横に並んで座っていたこともあり、大智は姿勢を正していたのだが、それがいつの間にか少し緩んでいたことに気づいた。
「で、この間電話していたから思い切って、『遊びにおいで』って伝えてもらったの。そのあと、大智さんのこと聞いてさ」
なので、南帆子がそんなふうに続けると、大智は思い切って聞いてみることにした。
「南帆子さん」
「はい、なんでしょう大智さん」
「正直な話……戸惑いませんでした?」
「なにを?」
「その、知り合った経緯とか、自分が結構年上だってこととか」
「うーん、まったく驚かなかったと言えばウソになるし、最初は『え、そんなに上なの!?』って思ったのは事実なんだけど」
南帆子はあっさりとそう答えた。あんまりにも正直な物言いで、自分のことなのに大智はクスッと笑ってしまった。
「ま、そりゃそうですよね」
「うん、待望の初彼氏だから同級生とかかと思いきや、サラリーマンって言うんだもの」
「それも社会人歴5年目とかの。若々しさももはやない感じの」
「そこまでは思ってないけどね」
南帆子は苦笑する。大智の自虐がさっぱりとした言い方だったせいか、彼女も変に気を遣わずにいられているように見えた。
「でも、すぐに嬉しい気持ちのほうが大きくなってね」
「それはどうしてです?」
「だって葉豆、今までそういう浮いた話なかったし、適当に選んだワケじゃないのもわかったから」
たしかに、横で見ていても葉豆はこだわりが強いタイプだと思う。整体と言い、自分の好きなモノがはっきりしているのは間違いなし。まあ、その好きなタイプが自分だというのは、大智には少し腑に落ちないところではあったが。
「だから、私はあの子の決断を応援したいの。恋愛も仕事も学業もね」
妙に実感のこもった言い方だった。葉豆が大智にどれだけその手の話をしているのか、ある程度は聞いているのかもしれない。母親と娘というのは、そういう友人のような面をも持った関係なのだろうか、葉豆がまだ高校生というのもあるのかもしれない……と大智はぼんやり思う。
すると、南帆子は立ち上がって少し背伸びする。
「噂をすると、だね」
坂の向こう側から、葉豆が登ってくるのが見えた。すでにヘロヘロで、スピードはかなり遅くなっている。たしかに持久走は苦手そうだった。
「葉豆~! 早くしないと置いて帰っちゃうよー!!」
「ま、待って……もう走れない……」
と、そこで南帆子は大智のほうを見る。
「大智さん、もし良かったら今夜うちでごはん食べていかない?」
「え、いいんですか?」
「あなたがよければね」
「ではぜひ」
大智がそう返すと、南帆子はにっこり笑い、葉豆に向かってもう一度叫ぶ。
「大智さん、うちでごはん食べてくって~!」
「え、ホントに!?」
そう言うと、葉豆は走る速度を一気に上げてきた。
坂を駆け上ってくる彼女の姿に、隣にいる彼女の母親のハキハキした優しさに、そしてジムで今も筋トレしているであろう父親の回りくどい優しさに、大智は自分の胸が温かいモノに包まれていくのを感じた。
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