20 高田は友人の変化に「これか?」と尋ねる…

 と、そこで大智は、高田が自分のことをじーっと見ていることに気づく。


「なんだよ。俺の顔になんかついてるか?」

「だいだい……なんか最近顔色良くないか」

「そ、そうか?」

「いえ、絶対良くなってる。そういや仕事中にボーッとしてることも少なくなったし…何かあったのか?」


 そして、大智は気づく。というか思い出す。この高田という友人が、かなりしつこい性格の持ち主であることに。


「ひっひーん。そうかそうか」

「なんだよ、ひっひーんって。それ言うならはっはーんだろ。馬になってどうする」

「はっはーん。もしかしてこれか?」

「えっと」

「もしかしなくてもこれか?」


 そう言いつつ、高田は小指を立てて見せる。


「古いなジェスチャーが」

「じゃあこれか?」


 高田は小指だけでなく、親指も立てる。


「それだと彼女の他に彼氏もいることになるぞ」

「わかったこれだ」


 高田は親指、人差し指、中指を別々の方向に向けてみせる。


「それはフレミングだ」

「彼女できたのか」

「あとフレミングは正確には『フレミングの左手の法則』だから左手だ」

「そんなことより彼女できたのか。フレ子できたのか」

「フレ子ってなんだよ」


 こうなると高田はしつこい。そのうえ、絡み方もウザい。毎日、昼休みがくるたびに追求してくるのは目に見えており、正直なところ、大智は心の中で憂鬱になった。


(べつにそういう関係じゃないのにな……でも相手が女子高生である以上、そういう関係じゃない関係だとしても、変に受け取られそうだし……仕事手伝う代わりに追求するなって言うか?)


 と、そんなことを考えていたそのときである。テーブルのうえに置いてあったスマホがピコンと音を立て、振動した。


 横目で見ると『葉豆』の文字が表示されていた。心の中で「やべっ」と思った大智がすかさずスマホをポケットにしまうが……。


「おい、今、誰からLINE来た?」

「いや、LINEは来てない。お前の見間違いだ」

「俺が一瞬見た限りでは、葉っぱの葉に豆……はまめって」

「はまめじゃねーよ、葉豆(はずき)だよ」

「葉豆ちゃんか。俺の知らない名前だけど誰だ?」

「……」


 大智は打たれ強いが、押しには弱い性格だ。ゆえに高田の安直な引っ掛けにもまんまと乗ってしまった。


 大智は店の壁にかけてある時計を見ると、苦し紛れに大きな声を出す。


「あ、そろそろ昼休み終わりだな! 帰って仕事するかー、高田チームのお手伝い楽しみだなー!!」

「……まあいいや。こういうのはじっくりゆっくり聞いていかないとな」



   ○○○



 そんなふうに高田とのランチを終え、ビルに戻る。1階のコンビニに寄ると言う高田と別れ、会社のオフィスのある20階に戻ると、大智はトイレに向かった。


 そして、個室に入ると、スマホを取り出す。LINEを開くと、葉豆からメッセージが何通か届いていた。


『だいちさん、こんにちは!! 何してますか??』

『私は学校でーす!!』


 ここで1枚の自撮り写真が入る。葉豆が教室で撮った写真で、隣にはもうひとりの女の子の姿が写っていた。おかっぱ風の黒髪ショートカットで、前髪が短いせいせキリッとした眉毛が見えており、快活そうな雰囲気だ。葉豆とはまたタイプが違うが、控えめに言って十分、美少女の部類に入るだろう。


 葉豆のもともとのルックスの良さや、教室の窓際というシチュエーションもあって、なんだかすごくリア充で映え写真であり、大智の日常とはかけ離れている感じだった。

 

『これ、例の私に『とりあえず付き合いなよ』って言ってきそうな友達です!!』

『あのあと、告白断ったことがバレて、『付き合えばよかったのに!』『付き合ってみて違ったら別れればいいじゃん!』って言われちゃいました(笑)』


 そんなことを綴る葉豆に、大智は返信する。


『何してますかって、普通に仕事だよ』


 すると、すぐに既読がついた。そのあとの一連もメッセージ内容がどう返信していいのかわからない感じで迷っていると、葉豆からさらに届く。


『ですよね!!(笑)』

『仕事って楽しいですか?』


 その文言を見て、大智はひとりため息をつく。


「仕事が楽しいか、か。また難しい質問を……」


 葉豆のことだ。深い意図なく、なんとなく尋ねたのだろうが、変に真面目な部分のある大智としてはどう返すべきか悩んでしまう。


「いや、ここは深く考えなくていいのか?」


 迷った結果、こんなふうに返した。


『楽しい仕事もあるし、楽しくない仕事もあるよ。でもそれが仕事だから』


 返したあとで、大智は思う。我ながらつまらない返しだと。


 しかし、昔から女性相手になると大智はこうだった。とくに大事なときに、こんなふうに生真面目になってしまうのだった。男相手なら、とくに高田のようなどうでもいい男が相手なら程よく雑に対応し、いい関係性を築けるのだが、女性相手になるとなぜか堅苦しくなってしまう。


 ……なのだけれど。葉豆から返ってきたのはこんな返事だった。


『やっぱり、だいちさんって大人ですね』


 すぐに大智は返信する。


『え、なんで?』


 葉豆も返信してきて、ラリーが生まれる。

 

『私のお父さんとかよく『俺は気に入らない客はすぐに追い出す』って言うので』

『そうなんだ』

『正直、子供っぽいなって思うときもあって』

『お母さんも似た感じなんです。自分のやりたい仕事しかやらない感じで』

『お父さん、お母さんは仕事を選べるレベルなんだよ。俺は普通の会社員だからさ』

『でも、さすがにお客さんを帰らせるのはよくないと思うんです……Googleレビューに悪く書かれて、お店の他のスタッフさんが気にしてるんですよ』

『でも、お父さんは『そんなの気にするな』って取り合わなくて……』


 なんだかよくわからないうちに、葉豆の中では「大智=大人」ということになっているらしかった。


(そう言えば、前にも『聞き上手』とか『大人の余裕』とか言ってたっけ……)


 若い子が考えることはよくわからない。まだ26歳と、世間的に見ればまだまだ若造な部類の大智だが、葉豆と接しているとそう思わざるを得なかった。


 そして、こう返信する。


『これから仕事だから、また話聞くよ』

『というか、そういう話は対面がいいかな』

『お父さんお母さんのことだから、誤解なく聞きたいし』


 そんな文言を送り、葉豆から『了解です』の文言とOKのスタンプをいくつかもらって(一個ではないのが彼女らしい)、大智はトイレを出た。気づけば、まもなく午後の業務開始時間だ。


(てか、なんであの子は毎日LINEしてくるんだろ……?)


 廊下を歩きながら、そんなことを思う。


「マメなのか、『はまめ』だけに……いや、だから誰だよ、はまめって」


 そして、自席につき、大智は午後の業務に取り掛かり始める。ポケットの中でスマホがピコンと音を立てて振動するが、疲労のない心身ゆえ深く集中している大智は、その音にも振動にも気が付かないのだった。

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