48 社畜は恋に仕事に悩む…1

 葉豆の両親を交えて交流を育んだ大智たちだったが、肝心のふたりでのデートは相変わらず調子がつかめずにいた。デートで調子をつかめずにいる、というのが日本語的に正しい表現なのかあやしいところだが、実際にそうなのだから仕方がない。


 まず、ふたりの場合、土日のどちらに会うのかという問題があった。学生同士のカップルなら平日に会うこともできるかもしれないが、夜まで仕事している大智の場合それは難しい。電話するくらいはできても、仕事後なので長時間は難しく、駅から自宅まで歩いている間とか近所のスーパーに買い物に出ている間とか、せいぜいその程度。しかも、途中でクソ上司やクライアントから電話がかかってきて中断することも普通にあった。


 平日がそんな感じである結果、自然とふたりは土日に会うことになるのだが、そもそも日曜日は整体の日である。整体の時間を確保するのは大智以上に葉豆がこだわったので、乗る選択肢は土曜日しかなかった。


 忙しく働く社会人的に「正直、片方はゆっくりしたい」という気持ちがないと言えばウソになったが、とは言え、整体後に遠出する雰囲気にはなりにくいのも事実だし、それ以上に葉豆の態度が大智を土曜日デートに駆り立てた。気を遣っているのか何なのか、葉豆は「私は大智さんと一緒にいられるだけで嬉しいですので!!」と言ってきて、無理して遊びに出かける必要はないと暗に伝えてきたのだ。


 考えてみてほしい。年下の、現役高校生の彼女が毎週末マッサージしてくれて癒やしてくれたうえに、デートを求めて来ない姿を。まっとうな感性の持ち主なら、「ありがたい」とか「嬉しい」を通り越して、「申し訳ない」という気持ちになるはずだ。


 結果、大智は「いやいや全然平気だから!」と反射的に言ってしまい、土曜日にデートに行くのが習慣になった感じだった。


 さて、そんなふうに土曜日に出かけることはなんとなく決まっていったふたりだったが、行く場所はなかなか定まらなかった。二子玉川で変な雰囲気になったしまったことを受け、お互いにどういう場所に行きたいのかを改めて話すことになったのだが、そこで大智が深く考えずに発した言葉が問題だった。「俺は日帰り旅行とか? 箱根の温泉とか入りたいなって。あとはスポーツ観戦とかチームラボの展示とか?」などと言ってしまったのだ。


 カラダのことなら基本的になんでも興味のある葉豆なら、疲労回復に役立つ温泉はきっと好きだろう。スポーツ観戦は言うまでもなく好きだろうし、体験型のアートイベントは年齢関係なく楽しいはず……大智的にはそんなふうに軽く考えたのだが、葉豆が気にしたのはお金面だった。


 大智も大学生のときそうだったように、学生時代は基本的にお金がないモノだ。ゆえにデート先もカラオケ、漫画喫茶、カフェ、公園、ボーリング、お金が少しあれば遊園地に行く程度だろう。葉豆はそれなりに裕福な家庭の子供だが、お小遣いをたくさんもらっているワケでもないし、自主的にやってる整体屋もボランティアだ。俺だけでなく、友人からもお金は取っていない。


 そんな彼女からすれば、お金のかかる日帰り旅行やチームラボのイベントなどは予想もしていなかった選択肢だったようで、直後は少し固まってしまっていた。まあでも仕方ない。きっと、友達にもそんなデートをしている人はいなかっただろう。


 大智としては正直お金は自分が出すつもりだったし、それで全然構わなかったのだが、葉豆は一方的に支払わせるのは心苦しく感じるようだった。相手を思いやれるのは彼女の美点なので否定はできないが、結果的にデートが難しくなっているのは事実だった。


 そして、そもそもの話として、葉豆は大智が想像するよりずっと、友達と遊んできてこなかった子だった……と書けば葉豆が遊び人だと聞こえるかもしれないが、もちろんそうではない。イマドキの、都市部に住む女子として、普通にしていれば経験しそうな遊びを経ていなかったのだ。カラオケに行くとか、プリクラを撮るとか、スイパラに行くとかそういうのだ。話を聞けば中学時代から整体師の夢を目指し、自主的に勉強したり、色んなスポーツに触れることに励んでいたそうで、結果的に遊びらしい遊びを経験していなかったらしい。


 そんなカップルなだけに、デート先は等々力渓谷、豊洲市場、町田リス園、江戸東京たてもの園……と回を追うごとに渋くなっていった。たった1ヶ月で二子玉川のカフェから江戸東京たてもの園まで渋くなってしまったのだから、あと3ヶ月もすれば大森海苔のふるさと館とかに行っているかもしれない。小学生が遠足で仕方なく行く場所……と言うのはさすがに言い過ぎだし失礼だが、でも付き合い始めたばかりのカップルが行くような場所ではないのは間違いない。


(せめて、免許があればな……)


 仕事中、パソコンの手を止めて大智はふと思う。


 高校生と付き合うことに対し、大智は決して軽く考えていたワケではなかった。周囲からどう見られるかとか、彼女の気持ちがすぐ冷めないかとか、向こうの両親の気持ちとか、そういったことは一通り考えたつもりだった。


 しかし、実際に付き合いはじめてみると、周囲の視線も次第に気にならなくなっていったし(二子玉川では気になったが、程なくして周囲の人は自分の想像以上に自分たちに興味を持っていないと悟った)、葉豆の両親もむしろ応援してくれた。


 そして、だからこそ自分たちの関係性をどうやって深めていくかを考えることになった。実年齢も趣味嗜好も精神年齢の違う相手と、どう彼氏彼女になっていくのか、ということを考えることになったのだ。


(もしドライブデートができれば、だいぶ楽だったのかもな……普段公園で話すのと変わらないワケだし)


 これは本当に不思議な話なのだが、デート感が出た瞬間に、ふたりの間の空気が少し変わる感じがあった。普段、家の中や公園で話しているときは全然緊張しないし、肩肘張らない会話ができるのだが、デートとしてどこかに出かけた途端にお互いに少し身構えてしまうというか。きっと、日常と非日常の境目がはっきりしすぎているのだろう。


 その点、ドライブデートであれば、その境目が曖昧になるはずなのだが、残念なことに大智は運転免許を持っていなかった。大学在学中から地元には帰らず、東京に残ることを決めていたのがその理由だ。地元は車社会のため、高校卒業後に多くの人が免許を取得するのだが、大智は「帰らない」という決意表明で取らなかったのだ。


 流されやすい一方、腹の底では意外とひねくれたところのある、大智の性格の一端を示したエピソードだが、今となっては素直に後悔していた。デートするには普通に車の免許があったほうがいい。たとえ東京在住で、地方に戻る予定がなくてもだ。


「だいだい、昼飯行こうぜー」


 そんなふうにぼんやりしていると、昼休憩の時間を知らせるメロディが流れる。すかさず高田が寄ってきた。


「悪い、今忙しくて」

「全然忙しそうに見えないんだが。今ボケーっとしてただろ」

「あと2分待ってもらっていい?」

「わかった。今日はちゃんこな」

「今日も、だろ。たぶん20日連続くらいで行ってるぞ」


 取るに足らない会話を交わし、高田が一旦自席へと自席へと戻っていく。


 大智はいつも通り、オフィスで仕事をしていた。季節はすっかり夏。大智もやっとこさ半袖シャツに衣替えしたが、ちょうど冷房が当たりにくい場所なので暑い。身体はほんのり熱を帯びたかのようで、肘の裏に触れると湿り気があった。触れたのは自分のはずなのに、不快な気持ちが募る。


(はやく仕事片付けてメシ食いに行くか……)


 と、そんなことを思っていた、そのときであった。


「大久保、帰ったぞ。昼メシ行かないかどうだ」


 クライアント先から戻ってきた様子の山岸が、カバンを置いて間髪入れずにそう尋ねてきた。一旦自席に戻り、2分きっちり数えてこちらに戻ってきた高田の前に、自然と立ちふさがる感じになった。


(昼に珍しいな……ってあれのことか)


 胸がドキリとしたそのとき、山岸越しに、高田と視線が合った。面白くなさそうな顔だったが、黙ってうなずいた。気にせずに行ってくれ、ということらしい。


「いいですよ、今仕事終わったので行きましょう」

「よし、なら決まりだな!」


 そう言うと、山岸は足早にエレベーターホールへと向かって行った。大智は高田に手を合わせてから、せっかちな上司を追う。こころなしか、高田はなにか言いたげな表情だった。

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