社畜リーマン、お隣のJKが凄腕マッサージ師で即落ちしてしまった件…

ラッコ

第1章 お隣さん編

01 お隣のJKは毎日違う男を部屋に連れ込んでいる…

「どうしたんですか? 大丈夫ですか!?」


 アパートの自室、その玄関の前で大久保大智が座り込んでいると、その斜め上から制服姿の女子高生が覗き込んできた。


「大丈夫……に見えます?」

「いや、見えないです。だって今にも死にそうな顔ですもん」


 震える声でなんとか返した言葉に、どこかあっけらかんとした調子で恐ろしいことを言うJK。そうしている間にも、グルグル回っていた大智の視界は、さらに勢いをつけて回転していき……。



   ○○○



 東京・三軒茶屋。

 今年で社会人5年目となる大久保大智は、3ヶ月ほど前から隣の部屋にJKが出入りしていることに気付いた。


 長い黒髪は1本の枝毛もなさそうなほどツヤツヤとしている。日焼けとは無縁そうなキメの細かい肌は、オッサンになりつつある大智がとっくの昔に手放した滑らかさを持っていた。目は大きく、鼻筋は通り、それでいて笑顔は優しく、快活そうな雰囲気を身にまとっている。女子の平均身長程度で、比較的細身な体格ながらもスタイルは良い。服装はいつもブレザーの制服だ。


 と、ここまでなら、どこにでもいる、なかなか見栄えのいい十代の少女なのだが、「家族で住んでいるんだろうな」とは思えない理由が、大智にはいくつかあった。


 ひとつ目は、夜になると物音が一切聞こえなくなること。大智が住んでいるのは築30年の、決して立派とは言えないアパートだ。だから普通に暮らしていれば隣室の音は絶対に聞こえてくるはずなのだが、それがなかった。


 ふたつ目は、夜になる前にJKが部屋を出ていっているっぽいこと。社畜な大智にもたまに早く会社を出られる日があるのだが、そのタイミングでJKと何度かすれ違っているのだ。最初のほうはバイトなのだろうとか想像した大智だったが、学校のカバンを持っていることなどを考慮すると、どうもそういうワケではなさそうだった。


 みっつ目は……というかこれが一番の理由なのだが、彼女が毎回違う男を連れ込んでいる、ということだった。それは同級生っぽい男の子であることもあれば、野球のユニフォームを着た男の子のこともあり、さらには到底同級生とは言えなさそうな中年のオッサンなこともあった。彼らには見た目での共通項はなかったが、それでも「いい顔をして帰って行く」というのは共通していた。


 よっつ目は……まあこれはみっつ目の補強なのだが……休日、実際に隣室から漏れる声をこの耳で聞いていたからだ。


「あっ……そこ気持ちいい……」

「もうちょい右から……あぁ……いい……」


 そんな声を、彼女の部屋を訪れた者たちが発していく。


「もっとギューってしたほうがいいですか? 気持ちいい?」

「あ、ここをこうヤられるのが好きなんですね。ふふっ……///」

 

 そしてJKもまた、悦びに満ちた甘酸っぱい吐息、ため息、嬌声を漏らす。

 以上が、JKが隣室で家族で暮らしているワケではないと予想する理由だった。


(清楚な顔して、やることやってんだな……)


 大智は真面目な性格である。冗談はわりと通じるほうだが、法律や倫理を守ることは徹底している。実際、彼は26年生きてきて未だに赤信号を渡ったことがないし、コンビニで誰かにビニール傘を盗られても「あれ、さっきまで65センチだった傘が70センチになってる……成長期なのかな?」とか言って、他の人の傘を盗んでいったりすることもない。


 だけども、それは「己の正義感を汚すくらいなら、スーツをシミで汚すの受け入れるタイプなのだ」……的な格好いいものではなく、単純に「変なトラブルに巻き込まれたくない」という気持ちからだった。要するに気弱なのだ。赤信号にしたって、周囲の目を気にして渡ることができないだけなのである。


 だからこそ、大智はJKの商いや壁越しに聞こえる声に辟易しつつも、注意しにいくことはなかった。というか、そもそもリア充が苦手なのだ。


 今でこそ、普通のサラリーマンとして暮らしているが、これでも昔は結構なスポーツマンだった。一時は文字通り練習に明け暮れる日々を送っており、色恋沙汰は皆無。今でも、チャラついた、いかにも青春を謳歌してそうな高校生集団を街中で見かけると、自然と距離をとってしまう。


「あの、めまいですか? 一人で立てます?」


 ……なので、今こうやって彼女に心配そうに顔を覗かれているというのは、大智にとっては予想外すぎる展開だった。整っている……と感じていたJKの顔が、グルングルンと回転していた。美人がグルングルン。おまけにめまいだけでなく、ズキズキとした痛みがこめかみ付近を襲ってきている。美人がグルングルン。


「大丈夫……仕事の疲れたまってて、少し目が回っただけなんで」

「でも、顔色かなり悪いですけど」

「ほんと大丈夫なんで。BBクリーム後で塗るんで」

「いやそれ全然大丈夫じゃないですよ!」


 大智はこの日、休日出勤で会社に行くところだった。だから、早めに会話を切り上げたいところだったのだが、JKとかけ合いをする間にますますめまいは激しくなり、今では到底ひとりで立てる状況ではなくなってしまっていた。


「とりあえず部屋入りましょう」

「……わ、わかった」

「目開いてると気持ち悪いと思うんでつむっててください。肩借りますね」

「え、でも」


 すると、大智が言い終わる前に、JKは彼の肩の下に自分の体を滑り込ませた。と同時に、上へと持ち上げる力が大智の体に伝わってくる。


(この子、小柄な割に力すごいな……)


 そんなふうに思っているうちに、ドアが開く音が聞こえる。中に入り、靴を脱ぎ、進んで行く。部屋は2DKという間取りで、少し進めばそこは見慣れた居間……のはずだった。


「ありがとう、支えてくれて……って。え」


 目を開くと、未だにグルグル回る視界のなかで、違和感に気づく。間取りや作りは同じはずなのに、明らかに大智の部屋ではなかったのだ。

 そして、目の前にJKが現れる。


「ここ、私の部屋です」

「え……」

「あ、正確には私の仕事場……まあ仕事ってワケでもないんですけど。好きでやってるだけなんで」

「いやそれ一体……」

「んー、趣味と実益、みたいな?」


 そして、JKが大智を見つめる。黒く澄んだ瞳に、困惑した大智の顔が写っていた。


「あの、今から私に1時間くれませんか? 信じられないくらいスッキリさせてあげるんで」

「スッキリ……?」


 普段の大智だったなら、その意味深な単語を聞いた瞬間に部屋を出て、警察に電話していたことだろう。

 だが幸か不幸か、視界がグルグルグルグル回り、同時に激しい偏頭痛に襲われている今の彼には、そんなことを考えている余裕はなく……


「なんでも……この気持ち悪さがなくなるなら……」


 そう答えるしかなかった。

 そして、その言葉を聞いてJKはにっこり微笑む。


「わかりました。じゃあ隣の部屋の布団のうえに寝てください。うつ伏せで」


 ますます加速して回る視界のなか、大智は頬に冷たい布団を感じ、そしてゆっくりと意識を失っていったのだった。



   ○○○



 どれくらい眠っていただろうか。

 いや正確に言うと、完全に眠りに落ちていたワケではなかった。大智の肉体……より細かく言えば肩とか首とか腰とかに、様々な刺激や圧力がかけられていたため、深く眠ることはできていなかったのだ。

 しかし、そうやって圧力がかかるからこそ、結果的にまどろみの時間が断続的に続くことになり、疲れ切っていた大智の脳は少しずつクリアになっていっていた。


「一旦起きれますかー?」


 そんな声が上から聞こえてきて、大智は目を開ける。それなりに長い時間目をつむっていたのか、普通の電球の下のはずなのに視界が眩しい。横たわっていたのはベッド……顔の部分に穴の空いた形のものだった。


 ふと視線を上げると、目の前にはあのJKの姿があった。しかし、髪の毛を後ろにまとめ、ポニーテールにしているほか、先程までの制服姿とは違い、赤色の上下のジャージを着ていた。胸元には校章らしきモノと「戸山」の刺繍があるので、きっと学校のモノなのだろう。この子、戸山……って言うのか、と大智は思う。


「えっと……俺、一体……」

「覚えてない感じですか? 1時間くらい前、玄関先で」

「覚えてる……けど」


 と、そこで大智は自分に起きていた変化に気づく。ブカっとしたTシャツ&ジャージのズボンを着ていたのだ。今日は休日出勤の予定だったから、ワイシャツとスラックスを履いていたはずだったが……。

 すると、JKが気付いたように口を開く。


「あ、すいません勝手に着替えさせちゃいました」

「……ええっ!?」

「でも安心してください。下着までしか見てないんで」

「下着までは見たんだ」

「はい。あ、もしかして嫌でした?」

「いや、男だからべつに構わないけど。君が嫌じゃなかったのかなって」

「んー……まあ嬉しくはないですけど」

「そりゃそうだ」


 オッサンのパンツを見て嬉しい気持ちになる女子高校生なんかいるはずがない。彼女の返しに、大智は思わず納得してしまう。


「スーツのまま施術できないし、汚したら悪いなと思ったんですよねー」


 そう言うと、JKは壁のほうを見る。そこには大智が着ていたスーツ、白シャツ、ネクタイなどの類が綺麗にハンガーにかけられていた。


「あ……かけてくれてたんだ」

「はい。畳んだほうがいいのかなって一瞬思ったんですけど、でもそしたらシワになるかなって」

「ありがとう、丁寧に」

「いえいえ、いいんですよ、そっちは」

「そっち?」

「それより、服より先に言うことありません? その、さっきとの変化と言うか」

「……体がすごい軽い」


 そうなのだ。激務が原因で最近酷くなっていた肩凝りがすっかりなくなっていたのだ。まるで両肩から数キロのダンベルが取り除かれたかのようで、少し前に激しいめまいと頭痛に襲われていたとは思えないほど、脳も視界もクリアになっていた。


「肩めっちゃ凝ってたはずなのに……昨日とか終電まで残業で、パソコンの前に10時間以上いたんだ。なのに、凝りが全然ない……」


 すると、大智の一連の言葉を受ける形で、JKの顔に一気に安堵の色が広がる。


「そうですか! いやー安心した」

「安心?」

「はい。だって、1時間やって効かなかったらどうしようかなって思ってたんで」

「1時間……」

「めまいと頭痛って言うから、きっとすっごい肩凝ってるんだろうなって。それで触ってみたらピンポン! びっくりするくらいコチコチでしたよ!」

「……あのさ、聞いていい? 君、この部屋で何やってんの?」


 大智の質問に対し、JKは清楚な笑顔で、そして快活な声でこう答えた。


「なにって。決まってるじゃないですか。マッサージ屋さんです!」

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