25 社畜はJKに『女』の部分を感じる…1

「大智さん。じつは私も今、その、悩んでて……」


 葉豆の言葉に、大智はふっと顔を上げる。その動作で聞いてくれると確信したのか、


「進路のことなんですけど」


 葉豆はそう続けた。


「進路……葉豆ちゃん、整体師になるんじゃないの?」

「はい、そうなんです。そうなんですけど、先生から『大学に行かないのはもったいない』って言われてまして」

「そう言えば前に言ってたよね。成績がいいって」

「はい。私、学年で一桁台以外取ったことなくて……」

「ひ、一桁?」

「自分で言うのもアレなんですけど勉強結構できるんです」


 詳しく聞いたところ、こういう話だった。


 葉豆によると、彼女の通っている高校は文武両道を標榜していると言う。ではスポーツも勉強もできる生徒がたくさんいるとそういうワケではなく、世の中の文武両道高校の多くがそうであるように、スポーツをスポーツ推薦組の生徒たち、勉強を普通に受験して入ってきた生徒たちが担っている。


 そして、葉豆はじつは後者に該当、今も進学クラスに在籍しており、トップクラスの成績をおさめているらしい。ただ、整体を受けに来る友人たちはほとんどがスポーツクラスであり、彼らともまた交流が深い……という。


 まあ簡単に言うと、ぶっちゃけ気が合うのはスポーツクラスの生徒なのだが、在籍しているのは進学クラスであり、なまじ成績優秀な分、教師からも期待されている……ということだった。


(葉豆ちゃん、勉強までできんのか……ちょっと、いやかなり? 変わってるけど性格いいし、顔かわいいしスタイルいいし実家世田谷区だし……なんか怖いもんなしだな……??)


 もちろん葉豆が自分のスペックを自慢しているワケではないのはわかっていたし、そこに嫉妬したり感情を揺さぶられたりするほど子供でもないのだが、だからこそ途中、大智は何度かそんなふうに思った。


「整体師になりたいって言う生徒なんか今までいたことなかったらしくて、担任の先生は『大学受験しないなんて、そんな勝手なこと許されない』って」

「え、ちょっと待って」


 ……のだが、担任の教師の発言を聞くと、さすがに冷静ではいられなくなった。


「え、なんでさ、自分がやりたいことのためにその道に進むことが勝手なの? むしろ、そんなこと言う先生のほうが勝手じゃないか?」

「わかんないですけど、友達が言うには『私たちの代は進学イマイチっぽいから、葉豆にはいい大学行って欲しいんじゃないかって」

「そんな学校の都合で……」


 しかし、そう言いつつも、葉豆より多少なりとも人生経験の長い大智には、彼女の身に起こっていることがなんとなくわかった。


 大智は私学の高校の出身ではあったが、中学までは公立であり、ゆえに進学校に進んだ同級生たちから話を聞くことがあった。その話がどんなのかと言うと「興味のない国公立を受けさせられた」「志望校は指定されたモノの中から選ぶ仕組みだった」「自分の成績より高い学校を志望すると『浪人するからやめとけ』と猛反対された」……みたいなものだ。


 学習塾が地域に少なく、トップの公立高校がその役目を兼ねている地方だからこその現象なのかと大智はこれまで思っていたが、都内でもそういうことはあるようだ。


「あと先生は『整体師なんて食べていけるかわからないだろ?』とか『整体師や美容師なんか、勉強ができなかった人が就く仕事だ。勉強ができる人が選ぶ道じゃない』とかも言ってまして……」

「美容師、急に流れ弾だな……」

「大智さん、私って一時的に気が迷ってるだけなんでしょうか? 先生に『将来、今の決断を絶対に後悔する』って言われると、不安になってきてしまって……」


 葉豆はそう述べる。


(進路の悩みか……なんか懐かしい感じだな)


 大智はそんなふうに思った。高校3年時まで真剣にプロゴルファーを目指していたので、勉強面で思い悩むことこそなかったが、これでもどこの高校に進学するかはかなり真面目に悩んだものだ。


 結論から言えば父親の勧めもあり、自宅から1時間程度のところにある、強豪ゴルフ部のある高校に順当に進学したのだが、一時は上京し、東京の学校に通うことも考えていた。ゴルフ部のある高校は東京や神奈川、千葉に集中しているのだ。


 まあ、結果だけを取り上げれば地元の高校に進学したのは間違っていた……と今なら思う。父親と物理的距離を設けなかったことで、それ以降も細かく口出しされることが続き、腰の故障に繋がってしまったからだ。


 もっとも、普通のサラリーマンとして、普通に働けている今となってはすべて過去の話。社畜生活が長くなるなかで思い出すこともなくなって、正直な話、たまに思い出しても「今思えば、なにをあそこまで悩んでいたんだろう?」とすら感じられてしまうくらいだったのだが、


(でも……そういうふうに思っちゃダメなんだよな)


 葉豆を前に、大智は心のなかで、自分を戒める。


 若い頃の悩みを些細なモノだと扱い、矮小化してしまうのは年長者の驕りであり、それこそ『上から目線』だと言える。大事なのは対等な目線から話しつつも、長く生きた者として適切な言葉をかけてあげる『先から目線』なのだ。


(だとしても……どう話せばいいんだろう)


 とは言え、である。難しい問題ゆえに、大智はどう答えていいのか迷う。


 言うまでもないことだが、今回の教師の言動は、明らかに指導の範疇を超えたモノだろう。生徒の人生の責任を負えるワケでもないのに、その方向性を変えようとするのは、一線を超えた行為だ。


 でも一方で、簡単に『夢のほうが大事だ』と背中を押すのも、大智にはできなかった。夢を追わないことで幸せになっている人も世の中にいるワケだし、だいたい、葉豆の人生の責任を負えないのは大智も同じなのだ。


(いや、冷静にムズっいなこの質問……「なにが正解とか、そんなの人による」「人によるってのが正解」って感じだけど。でもそれだと「突き放された」って感じさせちゃいそうだし……)


 頭の中でグルグルと思考がめぐる。


「大智さんは、どう思います……? もし良ければ、教えてほしいんですけど……」


 葉豆が、うかがうように、軽い上目遣いで見ていた。


(先生が型にはまった指導するのも、今となればわかるかもな……正解がないからこそ、そうするのが楽だったのかも……)


 そして、大智はさらに数秒沈黙したあと、


「前にも話したことを繰り返すことになるんだけど」


 切り出すと、葉豆は黙ってコクンとうなずく。


「俺がプロのゴルファー目指してたけど、腰に痛みを抱えた状況でプロテストを無理に受けて落ちた話覚えてる?」

「もちろんです」

「俺、今でも正直『来年チャンスがあるかわからない』って言った親父のこと、心のどこかで今も恨んでるって言った、あのこと」

「はい……たしか、一応はうまくやれてるみたいな感じのことを……」

「そう。一応は、表面的にはうまくやれてる。年に一度は帰省してて、まあ顔を合わせれば普通に話すし、たまにパソコン関係の設定とかで電話してくることもあるんだけど」

「かわいいですね」

「でもなんかゴルフとか、高校時代の話は今も触れちゃいけないところあって」

「……今も、ですか?」

「うん。もし俺がそういう話をしたら、嫌そうな顔をすると思う……なんでそう思うかって言うとね」


 そして、大智は父親との関係性について、葉豆に話し始める。

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