サバイバル訓練二日目

 勇者は目を覚ます。


 うっすらと生い茂る森の中で。


 隣では魔剣士のコザが眠っている。


 外では、王女のマリアが見張り番をしている事だろう。


 今日はサバイバル訓練の二日目だ。


 結局、昨日は魔物と出会うことはなかった。


 出来れば初日は水場の確保と、拠点を作っておきたかったのでちょうど良かった。


「おはよう。コザ」


 コザが目を覚ましたので挨拶をする。


「おはようヒロ。もう朝か・・・。まだ眠いな・・・」


 コザの元気がない。


 森で眠るのはみんな初めての経験だ。


 眠りが浅かったのだろう。


「今日から、本格的に魔物を狩っていかないといけないよ。早く支度しよう」


 僕はテントから出て朝食の準備を始める。


 外にはマリアがうとうとしながら見張り番をしていた。


「おはよう。王女様」


 僕が声をかけると王女様は顔をしかめて、


「おはよう。勇者。さっさと準備するわよ」


「はいはい」


 僕らは仲が悪い。


 僕としては王女の事は別に嫌いではないけれども、王女は僕の事を嫌いなのだ。


 それでも僕らと行動を共にするのには理由がある。


 リダ・ウラノス。


 王女はどうやら彼に惹かれているらしい。


 彼に近付くために、僕らと仲良くしている。


 僕らとしても、王女様と仲良くなっておいて損はないはずだ。たぶん。


 でも、正直なことを言うと、面白そうだったから。


 僕は勇者として育てられて、勇者としての道しかないと思っている。


 だから・・・。


 だから、少しくらいは良いと思う。


 学生のうちだけでも、自分の面白いと思うことをしても、良いと思う。


 勉強、鍛錬、友人、そして・・・恋人。


 僕は勇者なので、恋に現を抜かす暇なんてないのだ。


 けれども、友達の恋を応援してあげるくらいは、神様も許してくれるだろう。


「ヒロ!勝負しようぜ!」


「はいはい。けど、このサバイバル訓練が終わってからね」


 良き友人を作るくらいも、許してくれるだろう。



「行くわよ!二人とも!」


 朝食を食べ終えた僕らを王女様が引っ張る。


「まずはどこに行こう?」


 僕は自作の森の地図を広げて考える。


「今は、東の方にいるだろ?だったら、南の方からぐるっと一日ずつ回る感じしよう!」


「そうね!とりあえず今日は南ね!」


 僕らはまず南の方向に向かうことにした。



「それにしても、全くいないわね。魔物」


 僕らは苦戦していた。


 魔物探しに。


 まさかこんなところで頓挫するとは思ってもいなかった。


 この三人なら、どんな魔物が現れても瞬殺できる。


 だから、慢心していたのだ。


「とにかく探そう。日没までまだ時間はある。根気よく行こう!」


 僕は二人を元気づける。


 勇者だからな。こんな時くらいは引っ張っていかないと。


*

「あー!もう!なんなのよ!何にもいないじゃない!」


 マリア王女が悪態をつく。


 確かにこれはおかしい。


 あの後僕らは、バラバラに別れて散策をした。


 しかし、魔物どころか野生動物も、同じサバイバル訓練に参加している学生の姿さえ、見つからなかったのだ。


「これは、おかしいね」


 絶対におかしい。


 どう考えても、この森の中で何かが起こっている。


 僕は押し寄せる不安に駆られて、冷静さを保てなくなる。


「大丈夫か?ヒロ。一緒に頑張ろうぜ!」


 コザだ。


 彼はいつもこうだ。


 僕は彼の無邪気で明るい笑顔に何度も救われてきた。


「ありがとう。コザ。今日のところはいったん拠点に引き返そう!」


「・・・そうね。もう日も沈みそうだし、その方がいいかもね」


 王女様は不服そうだ。


 けれども仕方のないことだ。


 夜に魔物に囲まれて襲撃を受ける方が危険だ。


 僕が振り向いたとき、


「っ!」


 前方から禍々しい魔力を感じる。


 どす黒く、殺意にまみれた視線を感じる。


「・・・二人とも、逃げろ!」


 僕が叫んだ途端、黒い魔力が押し寄せる。


「な・・・なに・・・これ・・・」


「まじかよ・・・」


 二人の足ががくがくと震えだす。


 目の前に対峙しているその存在は、圧倒的な害意の塊。


 ゼロの魔力もすさまじかったが、これはそんな比ではない。


 敵意。明確な敵意がこちらへと向けられている。


「ミツケダ・・・。マオウサマ・・・ヘノ・・・イケニエ・・・」


 目の前の敵がしゃべり出す。


「魔王様への生贄・・・?」


 どういうことだ?


 こいつはこの間に現れた魔王の差し金ということか・・・?


 黒い魔力がゆっくりとこちらに近付いてくる。


 そして、その姿が月明かりに照らされて現れる。


 真っ黒な鎧に大きな剣を担ぎ、背中からは黒い翼が生えている。


 初めて見る存在。


 圧倒的な力を前に、呆然と立ち尽くす。


 瞬間、


「どこいった!?」


 消えた。と、思っていたら、


「っく!」


 ギリギリだった。間一髪。感だけを頼りにした防御。


「ホウ・・・。ヤルナ・・・」


 謎の鎧は距離をとって言う。


「二人とも!僕が引き留めているうちに逃げろ!」


 僕は叫ぶ。


 ところが二人は、雷に打たれたようにヒロの前に飛び出した。


「何かっこつけてんだよ!ヒロ!」


「そういうところが、気に食わないの」


 その時、状況は絶望的だが、僕はかつてない幸福感に包まれていた。


 勇者とは守らなければいけない存在だと思っていた。


 けれど、この二人は・・・。


「マリア!コザ!行くよ!」


 僕は謎の鎧に向けて剣を構える。


「ふんっ!足を引っ張らないでよ!ヒロ!」


 マリアが叫ぶ。


 どこか嬉しそうで、気恥ずかしそうな顔をしている。


「俺に命令するな!ヒロ!」


 コザも叫ぶ。


 その顔は、気持ちのいい笑顔だ。


 僕ら三人は、かつてないほどに上手く連携できている!


 そう思っていた。


 しかし、


「うぅ・・・なにが・・・」


 ヒロが目を覚ますと、辺りの木々はなぎ倒され、殺風景な景色になってしまっている。


 その光景を月が静かに照らしている。


「起きたか。ヒロ」


 不意に、コザが声をかける。


「・・・どう・・・なったんだ?」


「どうなったも何も・・・」


 コザが俯く。


「マリアが連れ去られた・・・!」


 その眼には、涙が浮かんでいる。


「どういう・・・」


「あの黒騎士に、マリアが連れてかれたんだよ!・・・ごめん・・・、俺さ、何も出来なかった」


「何も出来なかったのは、僕もじゃないか・・・!」


 だんだんと思い出してきた。


 僕らはあの後もあの鎧と善戦していたが、マリアが攻撃を受けて気絶してしまったんだ。


 僕はマリアを守ろうとして気絶した。


「マリアを探さないと・・・!」


 僕は身体を起こす。


「っ!」


 全身にひどい痛みが走る。


「無理すんなって、俺だって探したいけど、今は無理だ。朝まで休もう」


「・・・そうするしかないみたいだね」


 僕はそのまま眠りに落ちた。


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