天恵

 転生して五年くらい経った。


 言葉もなんとか覚えて喋れるようになった。

 朝。家族で食卓を囲んで食事をしている。


「リダ、もうすぐ『降神祭』ね!どんな天恵が貰えるか楽しみだわ!」


 リダとは僕の名前だ。


 リダ・ウラノス。姉と違い真っ黒な髪の毛で、地味な感じだ。

 それ以外は普通。

 ウラノス家の長男だ。そして姉は二人いる。


 そして今話したのが僕の母親。


 カレン・ウラノス。真っ白い透き通るような髪で、スタイル抜群のボンッキュッボンッ!だ。

 見た目以外は普通の母親だ。魔法が得意らしい。


 ちなみに『降神祭』とは五歳になった子供たちが神様から天恵という職業的な物を貰えるお祭り。

 僕にとってはどうでもいい行事だが、僕以外の人にとっては重要な儀式らしい。

 世界中で行われる行事みたいで、みんな忙しく準備をしている。


「ウラノス家の男は代々『剣士』の天恵を貰っているからな!たぶんお前も剣士だろう!」


 これは僕の父親だ。


 バン・ウラノス。真っ黒な髪の毛で、豪快な性格の持ち主の、顔だけはイケメン。

 この領地の当主らしい。最近禿げてきた。

 髪の毛って大事だよね。印象が180度変わる。


「父さん、私も『剣士』だったわ!」


 これは姉だ。


 キーシェ・ウラノス。

 10歳。剣士の天恵を貰ったらしい。美しい銀色の長髪。生まれた時から切ってないらしい。

 何かと男勝りな性格で、剣の修業と称して僕をいつもいじめてくるのだ。


「そうだったな!キーシェは将来騎士様になることだろう!」


 父さんが豪快に笑っている。


 ちなみにこの領地は長女が後継ぎの予定だ。

 そんなわけで、僕とキーシェは将来何かの職業につかなければならない。


 それにしても、今日もこの辺境の領地は平和だ。

 朝食を食べ終わると、我が家は騒がしくなる。

 父は領地の書類処理に追われ、母は父の予定を組むため、各領主へと手紙を書き始める。


 姉のキーシェとは言うと、


「リダ!勝負するわよ!」


 また僕をいじめる気だ。

 そして僕はいつも弱々しくこう答えるのだ。


「お姉ちゃん怖いよぉ・・・」


 裏ボスは意外なところに潜んで無ければならない。

 こんなところで、本領発揮はしてはいけないのである。


*

 夕方。姉のしごきが終わり、夕御飯も食べ終わってから俺は動き始める。


 生前に行っていた修業。

 ただ、生前の物とは質も量も全く違う。


 何せこの世界には魔力がある。

 魔力を上手く使えば、どんなに堅い岩だろうと素手で砕くことが出来るし、重たい岩も持ち上げることができる。

 もちろん高い場所から飛び降りても平気だ。

 さらに嬉しいことに、魔力で全身の周りを覆って眠るだけで睡眠時間が恐ろしいほどに短縮される。


 まず最初は瞑想から入る。


 前世で行っていた瞑想ははっきり言って休憩みたいなもんだ。

 頭の中を空にして大自然を感じ取る。ということを自分に言い聞かせてひたすら目を瞑って・・・。


 今にして思えば何も感じ取れてはいなかった。

 だが、今は違う!

 目を瞑り、体内の魔力に集中し、魔力を全身を循環させる。

 そして!体外でも魔力を渦巻かせる!

 強く。濃く。そして繊細に。

 

 本来は体の外に出た魔力はすぐに散ってしまう。

 しかし、圧力をかけて太くすれば黒い霧のようになるのだ。


 出力を最大限に上げて、竜巻のように自分を魔力で覆う。


「っふ!」


 岩の上に座り魔力で渦を作る。

 今の僕の外見は間違いなく強者のそれを漂わせているに違いない。


 瞑想が終われば次は剣術の鍛錬に入る。


 振るのはその辺に落ちてた木の棒とか、石とか。まあ何でもいい。何なら素手でもいい。

 とにかく僕はどんな状況であっても負けない強靭な肉体と技術が必要なのだ。

 ただ単に木の棒を振ったりするのではない。


 前世の経験を生かして、あらゆる仮想の敵をイメージして鍛錬を重ねる。

 はっきり言ってこの世界の戦闘の技術は前世に比べるとあまりに稚拙だ。


 今の僕からするとおままごとをしている感覚になる。


 姉の剣も父の剣も、その辺をうろついている盗賊の剣も、全てただひたすらに敵の攻撃を受けない事にこだわりすぎて無駄に距離を取りたがる。

 ヒット&アウェイを繰り返して無駄な動きを重ねる。


 はっきり言って無駄に距離が開いてるし、無駄に剣の型にこだわっているから、あれじゃあ敵の攻撃を受けないにしても自分の攻撃を当てることも出来ない。

 今考えると、前世の格闘技はあらゆる技術が混ざり合い、完成されていて、無駄がなく、美しさがあった。


 戦いとは、如何にして敵の攻撃をギリギリで避けて、カウンターを食らわせるか。

 これが全てだよね。

 なので今日も鍛錬に勤しむのだ。


*

 そういえばこの世界には魔物という生き物が存在している。

 文字通り魔力でできた生き物で、魔力を餌にして生きているのだ。

 なので死ぬと消えて塵になってしまう。


 もちろん魔物も死にたくないので魔力を補給するために人間を襲う。

 僕はこの魔物の存在がずっと気になっていた。

 魔力で出来ている身体なのになぜ触ることが出来るのか、なぜ魔物同士でなく人ばかりを襲うのか、など。どう考えても不可解な生き物だ。


 というわけで捕まえて解剖して研究することにした。


 意外とその辺をうろうろしている。鳥型、狼型、猿型など。

 まあ種類なんて何でもいい。たぶん全部同じだ。


 その結果完成したのが『ブラッドスーツ』という服だ。


 魔物の血液に自分の血液と魔力を混ぜて煮詰めたら謎の塊が出来たのだ。

 そして魔力を込めると形が自由自在に変わり、より多くの魔力を込めるとかなりの強度になるのだ。

 しかも魔物が死んだ後も消えずに残り続ける。


 これは、間違いなく役に立つ。

 

 将来はこの服を着て裏ボスとしてあらゆる敵と戦うのだ!


「とりあえず手近な盗賊でも襲撃してみるかなー」


 僕は今後が楽しみになり、そうつぶやくのだった。


*

 いよいよ降神祭の日が訪れた。


「リダ!いよいよ天恵を頂けるわね!

「そうだね母さん!楽しみだよ!」


 天恵。ほとんどの人はこれで将来の仕事が決まるといっても過言ではない。


 年に一度神様が世界中の教会に舞い降りて与えてくれるらしい。

 その天恵によって個人の得手不得手が決まってくる。


 天恵を得ることによって自身のもつ潜在能力を神様がより強くしてくれるのだという。

 例えば剣士の天恵を得たものは剣術は神の力が働いて上手くなることが出来るが、魔術に関しては神の力は働かないのだという。


 しかしながら、結局は僕にとっては天恵なんてどうでもよかった。

 神の力が働こうが働くまいが、裏ボスは全部を極めなければならないのだ。


 町に出てみると、町の中はお祭り状態。どこを見ても屋台が出ており、みんな民族衣装のような服を着ている。


「リダも『剣士』の天恵が貰えるといいね!」


 姉のキーシェが笑顔で僕の頭をバンバン叩いている。


「そうなるように祈ってて!あ、そうだ姉さん、あのクレープ食べようよ!」


 僕は姉さんの手を握って走り出す。

 僕にとって天恵なんてどうでもいい。今はこの世界を知りたい。


*

 昼。指定された時間に5歳の子供は教会に集められる。


 教会の建物は前世のキリスト教の建物と同じような形で、教会内は壇上の奥に綺麗な女神様の銅像が建てられており、子供たちがベンチに座らせられる。


「只今より、天恵授与の儀式を始める!」


 壇上の上には神父様とその部下っぽい人たちが並んでいて、演説している。


 どうも胡散臭いと思ってしまうのは僕の前世が日本人だからだろう。


 子供の名前が呼ばれ始める。

 天恵が与えられ始めたみたいだ。子供たちが順に前に呼ばれ、水晶玉に手をかざしている。


 水晶玉が光ったと思ったら、神父に何かを言われ、子供は壇上から降りて元の場所に戻る。


「リダ・ウラノス!」


 僕の名前が呼ばれた。壇上に歩いていき立つ。


「これに手を」


 神父が言う。


 手をかざすと水晶玉が強く光り出す。

 その光は次第に強くなっていき、虹色に輝き始める。

 他の人はこんなに光ってたっけ?


 そう思っていると光が急に止んだ。


 神父が驚いた顔でこちらを見ている。

 何かあったのだろうか。


「君の天恵は『司書』だ。励みたまえ」

「はい。ありがとうございました」


 そう言い壇上から降りて元の場所に戻る。

 そのあとも特に滞りなく儀式は終わった。


 それにしても『司書』か・・・。


 司書。簡単に言えば図書館の守護者だ。

 本を守り管理する。

 なかなかいいんじゃないか?


 毎日通っていた図書館のスタッフが実は陰ですべてを操っていた・・・!


 イメージするとなかなか様になっている。

 将来の自分の隠れ蓑には完璧だろう。


 教会から出ると、家族が待っていた。


「リダ!どうだった!?」


 キーシェ姉さんが飛び掛かり肩を掴み聞いてくる。

 唾が飛びまくっている。

 後ろの父さんと母さんも気になるみたいだ。


「僕の天恵は、『司書』だったよ」

「あら、そうだったのね・・・」


 母さんと姉さんが微妙な顔をしている。

 あれだけ剣士剣士と連呼していたのだ。期待を裏切られた感覚になっているのだろう。


「リダ!俺はお前がどんな天恵を貰おうとずっと俺の子供だからな!」


 父さんが僕を抱きしめてきた。 

 なんだ、司書とはダメなのか?かっこいいではないか。


「父さん、司書ってどんな仕事なんですか?」


 聞くと、父さんは真剣な顔になり言う。


「リダ、司書はな、図書館で本を管理する仕事だ」


 知ってる。何がいけないのだ。


「本は貴重なものでね、図書館はこの国には王宮と学園の二か所しかないんだよ」


 なるほど、つまり仕事がないということか。


「つまり仕事がそんなにないということですか?」


 確認のため聞く。


「そうだ。仮に図書館の人員が開いたとしてもそこにはコネやツテで入ろうとする者が多いから厳しい」


 父さんは俯きながら悲しげに言う。


「だが心配するな!たとえ『司書』でも努力すれば騎士になれる!」

「そうよ!明日からはもっと厳しい特訓をしなきゃね!」


 そういえば、貴族の人間は天恵なんて関係なく割と好きな仕事につけたりするらしい。

 そしてどうやら姉のしごきがまた一層厳しくなるみたいだ。


 こんな時、なんていえばいいんだろうか。


 分からなかったので僕は家族に笑顔を向けるのだった。

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