魔王誕生!?
天恵を貰ってから10年経った。
シュッ!シュッ!
僕は無心で木の棒を振っている。
一振りするだけで魔力の風の刃が発生して目の前の木々をなぎ倒していく。
僕の剣技は、音速どころか光速の域まで達しているに違いない。
五年前から随分と強くなったと思う。
より強くなるために、ブラッドスーツの性能を試していくうちに、前世での物理の法則や、航空工学、電気技術など、様々な技術に応用することに成功した。
その結果の一つではあるが、翼を作って空を飛べるようになったので、世界中の魔物や盗賊やらをちょくちょく狩りに行っていたのだ。
特に盗賊団のアジトなんかは潰しがいがあった。
バレない様に襲撃したつもりだったが、一人を無力化した途端に警報が鳴り響き、盗賊のくせに無駄に小綺麗な甲冑を身にまとった盗賊達がわらわらと、それも無駄に統率された動きで出てきたのだ。
もちろんブラッドスーツの前には無力に等しかったのだが、彼らは随分と訓練を重ねていたに違いない。
なんせ一人を取り逃がしてしまったのだ。
ただ、苦戦した割には、このアジトには財宝がほとんど無かったのが少しだけ悲しかった。
盗賊の中には何かと強そうな雰囲気の人もいたけど、はっきり言って僕の敵ではなかった。
足元にも及ばない。
ブラッドスーツを着なくても楽勝だ。
一人だけ取り逃がしてしまった事は完全に僕の傲りだ。反省しなければならない。
そんなこんなで略奪の限りを尽くして、僕の財産はウラノス家の財産を超えるほどの量まで膨れ上がっていた。
財宝はせっせと家の裏山の洞窟の中にため込んである。
今のところ何かに使う予定はないが、将来の主人公のために使ってあげるのだ。
そういうわけで、僕は今13歳。
姉のキーシェは王都にある学園に行っている。
学園には15歳から18歳までの貴族が通うことが義務付けられていて、もちろん僕も例外ではない。
二年後からは王都の学園に僕も通うのだ。
学園・・・。実に素晴らしい響きだと思う。
天恵には『勇者』とか『賢者』とか『大魔導士』とか、そういうものを貰う人もいるらしい。
学園に通う勇者とか誰がどう考えても主人公だ。
この世界のボスを倒すところまで導いてあげなければならない。
そういえばボスってなんだ?
魔王とかいるんだろうか。
今度父さんに聞いてみよう。
*
「父さん、世界のどこかに魔王っていうのはいるのですか?」
朝食中。食事をほおばりながら、唐突に、ド直球に聞く。
分からないことは回りくどいやり方でなく直球で聞いた方がいいのだ。
父さんは少し驚いた顔をしたが顎に手を当てて考え込んだ。
「んー。そうだね・・・。昔はいたって聞いたことあるね・・・。何千年も前の古代の時代はそんな存在がいたらしいよ」
この世界に魔王はいないらしい。
どうしよう。案を練り直さなければ。
「そうなんですね!じゃあ、『勇者』の称号を貰った人たちは何をする人達なんですか?」
聞く。
魔王のいない世界だ。勇者なんてリストラされてしかるべきだ。
「『勇者』っていうのはね、その圧倒的な力と魔力で、世界に平和をもたらす存在だと言われている。皮肉なことにこの国では戦争兵器として扱われているが」
戦争。初耳だ。この国は戦争をしているのか?
「戦争?」
「戦争というよりは紛争だね。もちろん他の国が攻めてくる可能性もあるけど。世界中のいろいろなところで争いが起こっている。いろんな考え方を持った人がいるからね。去年もこの国の砦が一ヶ所謎の存在に襲撃を受け壊滅したんだ。辛うじて生き残った兵士によると、たった一人の、それも10歳にも満たないような子供によって襲撃されたらしい。なんでも赤黒い服を着て、未知の圧倒的な力によって一瞬で全滅したのだとか」
どうやら国同士の争いではなくテロリストとか、そんな類の存在らしい。
それにしても、子供でも平気で戦争の兵器にするとは、なんてひどい連中だ。
「怖いですね・・・」
「そうだ。私がもっと早く駆けつけることが出来れば・・・!」
父さんの目が怒っている。
自分の国の仲間たちがやられているのに何も出来なかったのだ。
よほど悔しかったのだろう。
それにしても困った事態になった。
魔王がいないとなると裏ボスになりようがない。
どうしよう。
そうだ!魔王がいないなら作ればいいじゃないか!
素晴らしい閃きをした僕の頭の中にあらゆるパターンのシナリオが構築されていく。
僕は魔王にはなれない。だって裏ボスだからね。
魔王は僕とは別に用意しなければならない。
*
ある日の夜。
僕は今日も盗賊団の襲撃に乗り出していた。
今まで盗賊団のアジトばかりを襲撃していたが、今日は違う。
どこかで略奪した物資を馬車で運んでいる盗賊がターゲットだ。
一見、どこにでもいる荷馬車のようだが、僕の目はごまかせない。
御者がどこか怯えたような顔をしている。
それだけで、盗賊団の馬車に違いない。
間違いない。
この場合の襲撃の仕方は予め用意している。
まずはブラッドスーツを広げて空高くに飛び立ち地上を見下ろす。
夜風が気持ちいい。
ふと地上を見下ろすと、月の明かりに照らされて盗賊達が呑気にゲラゲラと笑っている。
僕はその光景を見て、こう呟くのだ。
「・・・っふ・・・愚かな・・・・」
・・・形は大事だ。例え誰も見ていなくても。最初は形から入らなければならない。
一通り夜風を楽しむと、空中を蹴って最高速度で馬車の前に着地する。
辺りに響き渡る音とともに、地面に小さなクレーターが出来る。
もちろん着地の体制にもこだわっている。
右手と左ひざで着地だ。ターミネーターのあれだ。
そしてゆっくりと立ち上がり、剣を構えて・・・!
「悪党どもめ、あの世で悔いるがいい・・・!」
呟く。たぶん彼らには聞こえていないかもしれない。大事なのは形だ。
・・・まあいい。
「なっ!何者だ!?」
盗賊の一人が叫ぶ。
「貴様らに名乗る名はない・・・。あの世で後悔するんだな・・・」
そう言って、ブラッドスーツの袖口を剣の形に変えて盗賊達に飛び掛かる。
「一人目」
最初に切りかかったのは後ろで警戒していた男。
反応もできずに息絶えた。
「二人目」
次は馬車ごと切り裂く。
もちろん、荷物には傷付けない様に。
気が付けば、護衛の人間は全員息絶えていた。
「なんだ、もう最後の一人か。つまらない」
うっかり最後の一人になってしまった。ただ僕は優しいから、最後に運よく生き残った者はなんとなく生かすようにしているんだ。
「貴様らのボスに伝えろ、貴様らの目的はわかっている。無駄なことはやめろ。とな」
僕はそう言って男を首トンで気絶させる。
そういえば、この首トンもかなり練習した。
強すぎず、弱すぎず。しかも当たり所が悪ければうっかり死んでしまうので細心の注意が必要だ。
いままで何人が犠牲になったことか・・・。
さて、今日のお宝の確認をしよう!
僕は意気揚々と、馬車の中身を確認する。
中には一つの檻が置かれており、それ以外には何もない。
「ちっ!外れか!」
馬車はどうやら何も運んでいなかったらしい。
踵を返して帰ろうとする。
「・・・うぅ・・・う・・・」
檻の中から声が聞こえた。
人の声だ。
僕の声ではない。
僕は振り返り檻の中を覗き込む。
中には、二人の少女がいた。
ガリガリにやせ細っている。
ほとんどまともな食事をとっていないのだろう。
「た・・・すけ・・・て・・・」
少女が檻の中から手を伸ばしてくる。
僕はこういうのにはすごく弱い。
僕と同じくらいの年齢の少女が助けを求めてくる。
何としてでも助けて食事をとらせて無理やりでも生き永らえさせたくなる。
僕は無言で檻を壊す。
中には、怯えた少女が肩を震わせて寄り添いあっている。
どうやら双子のようだ。
二人ともそっくりの顔をしていて、真っ黒の短髪と長髪の女の子。
二人を檻から出して地面に降ろす。髪の短い方は気を失っているようだ。
「ありがとう・・・ございます・・・。私達は・・・天恵を・・・何も得られなくて・・・奴隷に・・・されました・・・」
髪の長い方が今にも死にそうな声で僕に手を伸ばす。
天恵を得られない人。
聞いたことがある。
降神祭で天恵を貰いに行くのだが、ごくごくまれに天恵なしとされる人間がいるらしい。
そんな人間は奴隷に落とされるか、教会によって処分されるかするらしい。
ひどい話だ。
僕ならもっと最高の有効活用の仕方を思いつくに違いない。
・・・そうだ、いいこと思いついた。
「貴様らはこの世界が歪んでいると思わないか?」
こいつらのどちらか片方には・・・
「天恵という意味不明な恒例行事によって人生が決められる、こんな世界は壊した方がいいと思わないか?」
魔王になってもらおう。
「え?どういう・・・」
少女は気絶した。
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