主人公とは

「なんだ!?」

「何が起こっているの・・・?」


 突如として現れた醜悪な化け物の存在に、ヒロとマリアは剣を止め、立ち尽くしていた。


 下半身は人間のサイズだが、上半身がどう見ても人間とは思えない。

 肥大化した筋肉に、膨れ上がった顔。目玉は片方飛び出し、口から血を流している。

 片方の目は血走り、野生動物のような呼吸をしている。


 風を切る音とともに、片腕がヒロを襲う。


「危ない!」


 マリアが叫ぶ。

 巻きあがる砂煙と、響き渡る衝突音。


「いやー、危ないなあ」


 いつの間にか、ヒロはマリアの隣に立っていた。


「けど、動きは遅いみたい。僕らよりはね!」


 ヒロが化け物に切りかかる。

 しかし、


「ぐっ!」


 目に見えぬほどの速度で迫る剣を、化け物は掴んだ。

 もう貴様の速さには慣れた、と言わんばかりに、醜くよだれの垂れている口の端を吊り上げる。


「離せ!」


 ヒロは叫ぶが、化け物は聞く耳持つはずもなく。

 そのまま空いている腕をヒロへと振り落とす。

 これは死ぬ・・・。


 一瞬、ヒロの視界がスローになり、迫りくる拳がゆっくりと近付いてくる。

 過去の光景が、走馬灯のように流れ始めた。

 しかし、


「何をぼさっとしてるの!勇者!」


 間に割って入って、拳を剣で受け止めている者がいた。

 マリアだ。


 ヒロはすぐに化け物の掴んでいる剣を手離し、距離をとる。

 マリアも化け物から距離を取り、ヒロの隣に立つ。


「得物が無かったら、戦えないでしょ?ポンコツ勇者は下がっていなさい」

「誰がポンコツだって?悪いが、頭でっかちな剣王様とは違って、俺は素手でも戦えるんでね」


 二人は化け物から目を離さずに攻撃、いや口撃を始める。

 化け物は握り潰した剣を投げ捨てて、歩き始める。


「行くぞ。剣王。敵は待ってくれないらしい」

「やっぱり、あなたは気に食わないわ。けど、そうね。今だけは共闘と行きましょう」


 二人は構える。

 目の前の敵を倒すために。

 生き残るために。


*

 闘技場内が騒がしい。


 化け物が現れたせいで、会場はまたしても大混乱。

 あちこち走り回る生徒たちから隠れるために、僕は掃除用具入れの中に隠れていた。

 僕が颯爽と飛び出して派手な演出をしようと思っていたのに、全てを持っていかれた。

 しかも、外の状況が分からないから、いつこの掃除用具入れから出ればいいのか分からない。


 腹が立つ。


 今、僕には二つの選択肢がある。

 一つはこのままこの場所に隠れてやり過ごすか。

 もう一つは無理やりにでも派手に登場して、あとは適当に合わせて動くか。

 いや、選択肢なんてないな。


 アインがここまで立派な服と仮面、そして剣を用意してくれたのだ。

 隠れてやり過ごすのは、在り得ない。


「ショータイムと行くか!」


 僕は自分の掃除用具入れから出る。

 良かった。誰もいないみたいだ。

 風を切って、空へと舞い上がる。

 上空から見ると、状況は余りよろしくないみたいだ。


 化け物は健在、ヒロは得物を失っている。

 マリアは剣を持っているようだが、それでも刃を潰してあるので勝つのは厳しいだろう。


 最高速度で飛びこむ。

 二人と化け物の、間へと。


 着地の仕方は決まっている。


 まず、音がちゃんと出るように地面を殴りつけて降りる。

 そのあとは、砂煙を立たせるために、僕の出せる最高速度で辺りの砂を一回転、蹴り上げるのだ。


 これこそが、完璧な登場の仕方だ!


*

 ヒロとマリアが、化け物に向かって走り出そうとしている時。

 またしても、目の前に何かが降ってきた。

 激しい音と共に、砂が巻き上げられる。


「またか!?これ以上は厳しいぞ!」

「くっ!」


 砂煙が収まると、そこには、奇妙な仮面をしたゼロがいた。


「ゼロ!?」


 ヒロが驚いている。


「・・・なぜ、わかった?」


 ゼロが聞いてくる。なぜも何も、ゼロの服装だからだ。

 ゼロもすぐに気付いたようだ。


「・・・ふん」


 二人に背を向ける。


「そこの女。この剣を使うがいい」


 ゼロは振り返らずに剣を鞘ごとマリアへと投げる。


「テロリストの施しなど、受けない!」

「貴様が使おうが使うまいが、どうでもいい。ただ、使わなければ死ぬぞ?」


 途端に、ゼロからあふれ出す黒い魔力の奔流。

 ゼロの周りを回転し、嵐のように勢いを増していく。


「・・・なんて魔力だ・・・!」

「これは・・・かて・・・ない・・・」


 二人が後退りする。

 黒い魔力はそのまま空へと打ち上げられ、雲に大きな穴を開ける。


「醜いな・・・」


 マントがなびく音と共に、ゼロが二人の視界から消える。

 次の瞬間には、化け物の背後にゼロが立っている。


「眠れ。永遠にな」


 化け物の頭と胴体が離れ、崩れるように倒れる。

 圧倒的な強さ。圧倒的な速さ。

 ヒロとマリアは、何が起こったのかすら、見えなかった。


「さすがだな!ゼロ!いやー、失敗作とはいえ、まさか一撃とは。はっはっはっ」


 拍手をしながら、男が歩いてくる。

 太った体形の割に、なかなかの強さを持っている男。

 ブデー伯爵だ。


「ゼロ。君はここで死ぬんだ。さっきのは勝手に暴走しちゃったけど、私の後ろにいるのは本物。さっきの失敗作とは比べ物にならない強さだよ!」


 ブデー伯爵の背後から、人間のようで、人間でないような者達が現れる。


 9人。全員鍛えられ引き締まった体躯の大型の男だ。

 全員目が血走っていて、口からはよだれが零れ落ちている。

 上半身裸で、腰に剣を一本、下げている。


 そして全員、髪の毛がなかった。


「・・・ふん。何が来ようと、何人で来ようと無駄だ」

「じゃあ私はここで失礼するよ。ちなみにこの闘技場の戦闘エリア内の目についた人、全員殺すように命令してるから、頑張ってね」


 ブデー伯爵はそそくさと出口に走り出す。


「させるか!」


 ゼロは彼を追いかける。が、


「ふんっ!」


 男が全員で切りかかってくる。

 先ほどの化け物とは明らかに違うスピード。そして、強さ。


 結局、ブデー伯爵は逃げてしまった。

 ゼロは飛びかかる男たちと剣を交えている。

 数の暴力に翻弄させられているとき、


「ゼロ様!後はお任せください!」


 空から影達が舞い降りた。

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