魔王降臨

 皆さんはご存知だろうが、僕は思慮深く慎重な男である。


 だから、僕は行動する前にまず作戦を立てる。

 そして、作戦を元にして、検証に検証を重ねた結果、最善の行動を起こし始めるのだ。


 ただ、この僕の慎重さは時に災いを招く。


 最善の結果を夢見て作戦を立て、検証に検証を重ねて、そこから作戦を見直しさらに検証して、また作戦を立て直しているときには、すでに事は手遅れになっているのだ。


「・・・」


 そう、こんなふうに。


 目の前にはコザとヒロが座っている。

 黙々といつものみんなで貧乏定食を食べながら、食堂の端っこを占領している。

 いつもの光景だが、いつもとは違う光景。

 まあ要するに、ヒロとコザが喧嘩しているらしい。


「リダ!今日の鍛錬どうする?」


 コザが僕に聞いてくる。

 今日も何も、僕は鍛錬に参加したことはない。


「いつものでいいんじゃない?」


 僕は適当に答える。

 いつものなんか知らん。


「でもそろそろ本格的に上級生とも渡り合えるように魔力の鍛錬もしたいよね」


 ヒロが目の前の定食から目を離さずに答える。


「うーん。そうだねぇ」


 またしても適当に答える。


 ・・・面倒臭え!!


 僕は彼らの死ぬほどどうでもいい喧嘩に巻き込まれているのだ。


 事の発端はマリア王女。

 彼女が、コザに対して雑魚だとか、馬鹿だとか、事実をうだうだと言っているのを、ヒロは否定しなかったそうだ。

 最初は大したことなかった。

 コザも半分笑いながら、ヒロと王女に接していた。

 しかし、


「だって事実だもの」


 思えばこの発言が本当の始まりだったような気がする。

 言葉を発した王女の顔は、無表情だった。

 まるで、当たり前の事を言っているかのように。何も間違っていることは言っていないかのように。

 この言葉を聞いたコザは段々と彼らと言葉を交わさなくなった。


 今、考え直すと、コザがイライラしている兆候はあったし、僕もそれに気がついていた。

 なんとかしようかと、考えた事もあったし、何とかしたいとも思っていた。

 思っていただけだった。


 そう。僕は結局何もしなかったのだ。


 彼らもまだ若い。なんせ僕の精神年齢の半分もないのだ。

 若いからこそ、喧嘩もするし、衝突もする。

 そして、若いからこそ、その壁を乗り越えられるのだ。


 けど、もうここまできたら修復は難しいかもしれない。

 いつの間にか、彼らはバラバラになっているかもしれない。

 だから、僕は彼らを仲直りさせるために、行動を起こすつもりだ。


 作戦名も考えた。


 夜の鍛錬にゼロとして突撃して、彼らをボコボコにしよう!作戦だ。


 作戦名が長いって?


 そんなの知らん。

 まあ簡単に説明すると、彼らの夜の鍛錬にゼロが乱入して全員をメタメタのギタギタにするだけだ。

 たぶん何とかなるだろう。

 なんせ、僕は思慮深い男だからな。


*

 いつもの放課後。いつもの屋上から見下ろす僕。

 そして、いつもとは違う三人組。


 彼らには悪いが、死ぬ思いをしてもらおうと思う。

 それと、今回は趣向を変えて、魔王として登場してみようと思う。

 前回はゼロの格好だったしな。


 僕はタンスの中で置物になっていた魔王の衣装に着替えて、彼らを見守っていた。

 仮面はしていない。


 フードを深く被って、顔を隠すスタイルだ。

 そういえばゼロの衣装が無くなっていたけど、なんでだろうか。

 まあ、アインが僕に気を使って、失敗をもみ消すために捨ててくれたんだろう。


「くくく・・・」


 楽しみだ。

 僕は彼らの元へ飛ぶ。

 魔王の登場の仕方は決めてある。

 テーマは優雅。


 今までは荒々しく、まるでテロリストのように登場していたが、今回は違う!


 僕はゆっくりと地面に足をつける。

 優しく。そっとだ。

 そして、


「私は魔王。世界の頂点に君臨するものだ」


 かっこいいよね。世界の頂点。


「魔王!?」

「なんだ!?」

「・・・」


 素晴らしいリアクションだ。

 王女様だけは落第だな。


「復活してすぐに気色の悪い魔力をたどってみれば・・・、貴様らのような下賤なものだとは・・・」


 気色の悪い魔力というか、気色の悪い雰囲気だ。


「っ!」


 ヒロとコザが目を合わせる。

 いいぞ。その調子だ。


「魔力が澱んでいるぞ。勇者」


 僕はヒロを挑発する。


「貴様に何がっ!」


 挑発は成功したようだ。

 しかし、


「魔王様!矛をお納めください!」


 不意に、木の陰から男が現れる。


「どうか!どうかお慈悲を!我々はしがない学生です!」


 彼は言う。

 僕は彼を見つめる。

 誰だろうか。と。


 よく見たらレイ先生だ。

 僕は混乱した。

 なぜ、この場所にいるのか。なぜ、慈悲を乞うのか。なぜ、彼らをかばっているのか。

 意味が分からない。


 分からないときは、逃げるのが一番だ。


「ふん・・・。せいぜい足掻くことだな。どうせ無駄だろうが・・・」


 僕は結局彼らに何もできず。逃げ帰るのだった。


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