勇者の苦悩
「リダ!昼飯食べに行こうぜ!」
コザが声を掛けてきた。
あの模擬演習以来、彼と僕は友達になった。
彼はあんな性格の上、言葉使いも何かと強気だ。友達がなかなか出来なかったのだろう。
だから唯一話しかけやすそうな僕に声をかけたのだ。
「今日のおまかせ定食はカツカレーらしい!早く行かないと!」
おまかせ定食とは食堂で出される一番安くてボリュームのある定食。
別名貧乏貴族定食。
コザも僕も辺境に領地を持つ貴族で、仕送りは周りの貴族たちに比べるとかなり少ない。
よってこの貧乏貴族定食には僕達はよくお世話になっているのだ。
「そうだね!急いで行こう!」
僕は彼に付いていく。
「やっぱりカツカレーはうめえなぁ!」
コザが目の前でカツカレーをガツガツ食べている。
ちなみに僕達は食堂の中の端の方に極力目立たないように座っている。
この定食は、まさに貧乏の証、僕達の他に食べる奴はほとんどいないのだ。
なので、食べている所を見られるのはちょっと恥ずかしい。
「やあ、僕達も一緒に食べていいかな?」
僕達の哀愁漂う雰囲気を感じ取ったのだろう。
勇者のヒロが声を掛けてきた。
隣に模擬演習の時にペアになっていた女がくっついているが。
「えー、こんな貧乏人と一緒にご飯食べるの?嫌なんだけど!」
隣の女がわめき出す。
「まあまあ、リダ君は天恵が司書にも関わらず魔剣士のコザ君に勝ったらしいよ?すごいじゃないか」
「えー。でもなあ」
それにしても、随分とやかましい雌豚だな。こいつはその辺に生えている雑草でもかじっているのがお似合いだ。
僕の願いが通じたのだろう。
「じゃあお昼はまた今度にしましょ!」
そう言って女はどこかに行ってしまった。
「連れがごめんね。彼女も悪気があったわけじゃないんだ」
ヒロが言う。
どうみても悪気しか無かったと思うんだが、こいつの耳の穴の中は花かなんかが生えてるのだろうか?
いつも女の子を侍らせやがって!
「いいよ、座って」
まあどの道ヒロとは仲良くなっておかなければならない。
こいつは、僕の将来の夢のために犠牲になってもらわないといけないからな。
「ふんっ!どっか行け!しっ!しっ!」
コザが喚いているがヒロは笑顔を返して僕の隣に座る。
彼も貧乏貴族定食を頼んだようだ。
「あの勇者様が貧乏貴族定食とは!勇者様も落ちぶれたもんだな!」
「僕はみんなが食べてるような豪華なご飯は嫌いなんだ。食べるのに時間がかかるし、あんなに食べきれないからね」
彼はその辺にいるような見栄を張って生きている貴族とは違うのだろう。
そして、やっぱりこいつは主人公なのだろう。
イケメンスマイルが板についている。
僕は先程まで彼を軽蔑していた事を恥じた。
「ふんっ!貴様も少しは見る目があるようだな!」
コザが動揺して少し嬉しそうにしている。
ヒロはその表情を見て少し満足気だ。
そういえば鍛錬が趣味とか言ってたな。
どんな鍛錬をしているのだろうか?
「そういえば鍛錬、好きなのか?趣味は鍛錬とか言ってたけど」
僕は聞く。
勇者様とはいえ、ある程度の鍛錬を積まないと最強へと至ることは出来ない。
「んー・・・、早朝と放課後に素振りを百回ずつと、放課後はその後に筋トレと魔力操作のトレーニングを一時間くらいしてるよ」
「すげえ・・・、勇者なのにそんなに努力してるんだな・・・、俺勇者って勝手に強くなるもんだと思ってた・・・」
コザが驚いているが、僕もかなりの衝撃を受けた。
(緩すぎないか?その程度は鍛錬とは言わない。ただの準備運動じゃないか。こいつは怠け者だ)
「勇者である以上、周りからの期待が凄いからね。僕は誰よりも強くならなければいけないんだ」
ヒロが少し悲しげに、目を伏せて言う。
(鍛錬とは、三途の川が見えてきてからがスタートだ。死ぬ寸前まで自分を追い込まないといけない)
「鍛錬の後は何してるの?」
あれだけモテる男だ。どうせ女の子とイチャイチャしてるんだろう。
「鍛錬の後?鍛錬の後は街に友達と出掛けて買い物とかしてるよ?」
ほらきた。
どうせその友達とやらも女の子なんだろう。
こいつが女の子以外とつるんでいるところは見たことがない。
全く忌々しい。
「すげえ!今度俺も一緒にしていいか!?俺どちらかといえば、剣よりも魔法の方が得意なんだよ!」
コザが勇者側に落ちたようだ。
騙されるなコザ、そいつはクズ野郎だ。
「いいよコザ君。僕達のクラスには魔法が得意な人が少ないからね。僕も勉強になるよ」
「よっしゃ!早速今日から始めようぜ!」
僕達はカツカレーを掻き込むのだった。
*
放課後。
夕焼けが学園に差し込み幻想的な雰囲気を醸し出している。
僕はまたしてもゼロの姿になり、屋根の上から校庭を見下ろしていた。
勇者ヒロ。思っていた以上に期待はずれだ。
あのままだと、僕はうっかり彼を殺してしまうかもしれない。
なので、彼の尻を叩いて、ボコボコにして、生きるか死ぬかの瀬戸際でもがいて頂こうと思う。
寮の裏庭から木刀を弾きあう音が聞こえる。
ヒロとコザが鍛錬とやらをしているのだろう。
僕は気配を消して、音のする場所へと近付く。
「コザ!君もなかなかやるね!」
「っは!ヒロこそなかなかやるじゃねえか!」
ヒロとコザが木刀をぶつけ合い、夕日の差し込む中、汗を流している。
まるで、理想の青春のような光景を繰り広げている。
何を見せられているんだ僕は。
何故だか無性に腹が立つ。
思えば僕は今まであんな風に友人と放課後を一緒に過ごしたことが無かった。
いつも独り、常に無言で、自分の限界と戦ってきた。
彼らを見ていると、謎の感情が、僕を包み込む。
僕も混ざりたい。混じって一緒に汗を流したい。
そんな考えが、一瞬僕の頭をよぎる。
クソったれだな。あんな光景はクソだ。何の役にも立たないし、最強へと至る道が閉ざされるだけだ。
僕は自分の考えを切り替える。
そうだ。あんな甘えた奴らはぶっ飛ばさなければならない。
僕は最高速度で、彼らの場所へと飛んでいった。
着地の仕方は決まっている。
音を大きく立てるために地面を殴りつけて降りる。
そして次に、砂煙がより多く立つようにすぐさま辺りの地面を荒らし、姿勢を正して砂煙が晴れるのを待つ。
これが最高の演出を生むのだ。
「なんだ!?」
「コザ!下がって!凄い魔力を感じる!」
二人が驚き、こちらに目を向ける。
砂煙が晴れ、彼らの目に僕の姿がはっきりと写る。
「我が名はゼロ。貴様らを確かめに来た」
ブラッドスーツで声帯を弄り、深く、響き渡る声を出す。
ついでに魔力を体の周りに漂わせて激しく渦巻かせる。
「ゼロ!?何者だ!?」
「コザ、こいつはヤバいぞ。僕が時間を稼ぐ!君はその間に逃げるんだ!」
ヒロはやっぱり根っからの勇者なんだなぁ。
自分が犠牲になってまで友人を助けようとするとは。
「逃がすわけがないだろう」
そう言い、僕はヒロに切りかかった。もちろん木刀で。
殺しちゃいけないからね。
もちろんかなり手加減している。
風を切りながら迫る木刀をヒロが防ぐ。
「っな!?この学園の木刀!?お前は誰なんだ!?」
「言っただろう。我が名はゼロだ」
ヒロの木刀を叩く。何度も。
剣がぶつかり合い、木刀が軋む。
「だだっ!誰か分からないけど!やめろよ!!」
コザは腰を抜かしたのだろうか。女の子座りの体制で声を震わせて何かを叫んでいる。
「勇者もこの程度か。呆れたものだな」
ヒロの木刀が空に向かって、弾き飛ばされる。
「くっ!何が目的だ!僕達が何をしたというんだ!」
目的か。今の感情を素直に言うと、なんとなくイラついたからだ。
ただ、実際は彼を鍛えるためだ。
ここでボコボコにして、是非とも更に激しい鍛錬に励んで頂きたい。
「言っただろう。確かめに来たと」
僕は木刀をヒロの足元に投げる。
「拾え。貴様など素手で十分だ」
「くっ!舐めるなぁ!!!」
ヒロが木刀を拾い上げ切りかかってくる。
頭に血が上り過ぎたのだろう。
単調。あまりにも単調な動き。
僕は彼の懐に潜り込み、木刀を持っていた手首を掴む。
そして、服の首根っこを掴み、足を引っ掛けて、そのまま彼を投げ飛ばした。
いわゆる背負い投げという奴だ。
そのまま地面にぶつかり、呼吸が一瞬止まる。
ヒロは何が起きたのか理解出来て居ないようで、驚愕の表情をしていた。
「ふんっ。期待はずれだな。貴様はもう少しやると思っていたのだが」
「・・・何が・・・お前は一体何者なんだ・・・」
「愚か者の貴様に一つ忠告しておいてやろう。たとえ勇者であろうと、貴様にどんなに才能があろうと、手の届かない存在がいる。それを覆したければ、己の在り方を見直すことだ」
「な・・・何を・・・」
「ふんっ。後は自分で考えるんだな」
僕は落ちていた木刀を拾い上げ、空に飛び立つのだった。
「大丈夫か!?ヒロ!?」
コザがヒロに駆け寄る。
「くそっ!僕だって・・・僕だってやれることはやってきた!」
ヒロが顔を歪める。
「僕がまだまだ弱いことなんて、僕が一番知っている・・・。どうすればいいんだ!」
ヒロの頬を一筋の涙が流れる。
「どうして僕ばかり!僕だけが努力しないといけないんだ!くそっ!」
「ヒロ、なにいってんだ。俺様がいるだろ!一緒に頑張ろうぜ!」
何も出来ず腰が抜けていたコザがヒロを励ます。
「そうだね・・・ありがとうコザ、ちょっと落ち着いたよ」
ヒロがコザに笑顔を向ける。
「ああ!俺様とヒロは、一生友達だからな!」
「ありがとう・・・。早速鍛錬の続きをしよう!いくよ!コザ!」
「おうっ!!」
ヒロは、コザに心配をかけまいと、コザはいつものヒロに戻って貰おうと、お互いに信頼を深めあったのだった。
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