夜道散策

「くそっ!」


 王都にある屋敷の部屋で、灰色の髪を後ろで束ねたロン毛の男が息巻いていた。


「この数日間の襲撃はいったい何なんだ!これでは私の昇進が!くそっ!」

「失礼いたします。ロゲン伯爵様。先日から続いている襲撃の件ですが、南の支部も壊滅させられたそうです。それも、建物がまるごと潰されているようで・・・」


 使用人の報告に対し、ロゲン伯爵は顔を真っ青にして狼狽える。


「なんだと!」

「・・・恐らく、ダークリベリオンという組織によるものだと思われます」

「いったい何者なんだ!ダークリベリオンとは!さっさと調べてこい!」

「っひ!かしこまりました!失礼いたしますっ!」


 使用人は慌てて出て行った。


 ロゲン伯爵の頭の中は混乱していた。

 思えばだいたい一年前から兆候はあった。

 一年前から王国中に点在する教会の支部が次々と潰され始めたのだ。

 もちろんそれ以前から襲撃を受ける事はあった。少しではあったが。


 だがこれは明らかに異常だ。

 教会の地下に封印されていた、謎の武器の破片も奪われた。

 この現状を重くみた組織の上方部は、王都にあった教会本部の機能と人員を、地方に移動し始めた。

 誰がどうみても王都の支部を管轄している私の責任だ。

 じきに辞令が降りるだろう。


 こうなれば、もう私は終わりだ。

 地方に飛ばされた後に、消されてしまうかもしれない。


「くそっ!どうすればいいんだ!」


 ドンっ!

 机を殴りつける。


 ふと、ロゲン伯爵の目に小瓶が写る。

 小瓶の中には赤黒い錠剤が入っており、禍々しい魔力を漂わせている。


「そうだ。もうこうなっては仕方ない。すべてを・・・」


 ロゲン伯爵は口角を釣り上げ、不気味に笑う。


「全てを消すしかない・・・!」


 そう言って小瓶を握り締めるのだった。


*

 闇夜の静寂に包まれた王都の路地裏を歩く、独りの男がいた。


 彼の名はリダ。

 ダークリベリオンの設立者にして、世界最強の名を欲しいがままにしている剣士だ。


 そして私は彼の守護の任命を受けているツヴァイ。

 彼は優しい上に誰よりも強いので、護られるなんて嫌がるだろうから、こうして遠くから見守っているのだ。


 決してストーキングをしている訳ではない。


 私は胸元からメモ帳を取り出し、彼の姿を一瞬で模写する。

 私の、唯一の自慢だ。

 私は人前だとうまく喋れないので、アインへの報告はいつも絵で報告しているのだ。


 今日のゼロ様はどこへ行くんだろうか?


 王都の中にある敵の支部は壊滅させた。

 残っているのは教会本部の建物だけのはず。


 そして、彼が向かっている先には教会本部がある。

 ・・・まさか。

 たった独りで乗り込む気なんじゃ・・・?


 思い返せば、彼はいつも私達の知らないところでかなり無理をしていたように感じる。

 騎士団の砦に見えるような場所に単身で乗り込み、壊滅させていた。

 そしてそのすべてが、教会との繋がりのある支部だったのだ。

 彼は私達に危険な思いをさせないように、危険だと考えられる場所にはいつも独りで乗り込んでいた。


 考え込みながら尾行しているうちに、教会本部へと着く。


「ーーーーーー、ーーーーーーーー」


 彼が何かを呟いている。

 この距離では聞こえなかった。

 とりあえずメモ帳を取り出し、凄まじい速度で模写する。


 そして彼は、教会本部の扉をゆっくりと開けた・・・。


 そこから先は、あまりよく覚えていない。

 考えるよりも先に、体が動いていた。


 気がつくと、教会本部の建物がバラバラになっていた。


「ツヴァイ」


 ビクッと体が反応し振り向く。

 ゼロ様がいた。


 何者かとの、戦闘があったのだろう。

 私はいつもこうだ。

 倒さなければならない敵を前にすると、記憶が無くなる。


 気がつくと、辺りはメチャクチャになっている。

 そして毎回、みんなに怒られるのだ。


「・・・ごめんなさい」


 怒られる前に、謝る。


「気にするな。お疲れ様ツヴァイ」


 そう言って、彼は飛び立っていった。


「お疲れ様ツヴァイ」


 急に現れたアイン姉さんに声を掛けられる。


「・・・ごめんなさい」

「何を言ってるの?あなたはよくやってくれたわ。重要な資料をいくつも発見できたの。あなたのおかげよ」


 初めて姉さんが誉めてくれた気がする。

 私は嬉しくなり、姉さんに抱きついた。


*

 俺の名前はゼロ。


 今日も今日とて盗賊狩りだ。

 そして今、絶賛道に迷っているところだ。

 空を飛べばすぐに家に帰れるのだが、今日はほんとに帰りたくなった時まで飛ぶのは封印するつもりだ。


 なんせ今日は月が出ていない。

 真っ暗な夜道を独り歩く姿は、間違い無く世界を影から操る者のそれだ。


 夜風が気持ちいい。

 絶好の暗殺日和だ。


 こんな夜中に僕を襲ってきた人を血のメッセージと共に、壁に貼り付けにするのだ。

 そんな光景を見た人々は、阿鼻叫喚の嵐となり、その光景を見て僕はほくそ笑む。


 ふふふ。笑いがこぼれそうになる。


 ・・・しかし、今日は誰も出てこないな。

 いつもなら謎の通り魔に絡まれるはずなのに。


 結局満足行くまで歩いたが、誰にも会うことは無かった。


(そろそろ、帰ろうかな・・・)


 そう思って居たところ、教会が見えてきた。

 よく考えると、神様には申し訳ないことをしたと思う。

 ダークリベリオンのみんなは、神様のことを魔王だと思いこんでいるのだ。


「神様、ごめんなさい」


 お辞儀をして、そうつぶやいた。

 ついでに教会の中でも祈っていこうと思い、扉を開いた。


 教会の中は何故だか分からないが妙に薄明るく、幻想的な光景が広がっている。

 そして、祭壇の上には、禿げたおじいさんが立っていた。


「来ると思っていたぞ、ダークリベリオン」


 おじいさんがやけに深く、響く声で言ってきた。

 誰だろうか。会った事はない。


「私は、ディスパーダの十騎士が第十席、ルゲハだ」


 かっこいい自己紹介だ。

 うらやましい。


 しかしながらその時、僕は気付いてしまった。


 彼は、アインが用意したエキストラだろう。

 あれだけ多くいた強盗に出会わなかったのだ。

 見かねたアインが僕のためにわざわざ雇ってくれたのだろう。


 しかし・・・。ディスパーダか・・・。

 乗るしかない。この、ビッグウェーブに・・・。


「我が名はゼロ。貴様らを終焉へと導くものだ・・・」


 僕も対抗して無駄に深く響き渡る声で答える。


「ふっふっふっ・・・。ふははははははは!!!愚かだな!あまりにも愚かだ!世界の闇は、貴様らが考えるよりもずっと強大だ!貴様らが何をしたところで意味なんてあるわけがないだろう!!!」

「それがどうした・・・。我らは我らの信じた道を進むのみ・・・。とっとと帰って親玉に伝えるがいい・・・。必ず貴様らを滅ぼすとな・・・!」


 彼はあくまでも雇われた身、彼には何の罪もない。

 サクッと逃げてもらおう。


「何を言っているんだ?滅びるのは貴様だ!」


 おじいさんが剣を抜く。

 そしてこちらに向かって走り出したとき・・・。 


 激しい轟音とともに、派手に扉が吹き飛ばされ、砂埃がたつ。


「な、なんだ!?」


 おじいさんが驚いている。

 

「・・・来たか」


 驚きを隠しつつ、なんとなく呟く。


 そして視界が晴れるとそこには・・・!

 ツヴァイがいた。

 目を大きく見開いて血走っている。


 これはヤバい奴だ。

 山を吹き飛ばした時も、建物を投げ飛ばした時も、彼女はこんな状態だった。

 今、暴れたらおじいさんが危ない。命がいくつあっても足りない。


「落ち着けツヴァイ!」


 僕が叫んだが駄目なようだ。


「フーッ!フーッ!フーッ!コロスッ!コロスコロスコロスッ!!!!!」


 ツヴァイが叫びながらおじいさんの方へ走り出す。


 彼女はああなってしまったらもう僕には止められない。

 おじいさんには悪いが、生きて帰ることは出来ないだろう。

 彼女の暴走は姉のアインにしか止められないのだ。


 僕は早々に諦めて帰ろうと後ろを振り向くと、


「始まったわね」


 目の前にアインが降り立ってきた。


「ツヴァイが暴走しだした。止めてくれ」


 僕は彼女に助けを求める。


「その必要はないわ。だってあの老人は・・・」


 アインがツヴァイの方向を指さして言う。

 僕が振り返ると、


「っく!小癪なっ!」


 凄まじい殺気を放つツヴァイと剣を交えているおじいさんがいた。


「ナンバーズではツヴァイにしか倒せないもの。」

「そうか・・・」


 僕はその光景を見て、あのおじいさん年の割にめちゃくちゃ強いなあ、と思っていた。


「それにしても、今日はかなり大きな収穫があったわ。敵の組織の名前、ディスパーダね。そして十騎士という存在。他にも資料があるかもしれないから部下に探させているわ」


 アインが言ってくる。


「そうか・・・」


 アインがあのおじいさんの設定とか考え出したのだとしたらすごく尊敬する。

 今度僕の裏の名前も考えて欲しい。


「どうした!さっきの威勢はどうしたあ!」


 おじいさんの勢いが増す。


 反比例してツヴァイが苦しそうな顔をし始める。


 そして、


「くっ!」


 ツヴァイがおじいさんに吹き飛ばされ柱に激突し、柱が崩れる。

 気絶しているようだ。


「そんな!?ツヴァイがやられるなんて!?」


 どうせ想定していた事なんだろう。

 いいだろう。ご希望に応えて、僕が出るとしよう。


「俺が出る。ツヴァイを下がらせておけ・・・」

「はいっ!」


 僕は剣を出して、ルゲハの前に歩いて行く。


「っは!貴様の部下はそんなものか!」


 おじいさんが叫ぶ。

 まあ所詮はエキストラだ。

 早々にご退場願おう。


「その割には、貴様は満身創痍のようだが?」


 ルゲハは肩で息をしており、服もボロボロだ。


「図に乗るなよ!小僧!」


 ルゲハが切りかかってくる。


 魔力で強化した僕にはあまりにもヌルゲーだった。

 剣筋は単調、振り抜きも遅く感じる。

 恐らく斬られたとしてもブラッドスーツを切り裂くことは出来ないだろう。


「この程度か、期待外れだな」


 僕はそう呟き、ルゲハの剣を半身をずらすだけで避ける。


「なんだ・・・?確実にとらえたはずだ・・・!」


 ルゲハが何度も剣を振るってくる。

 そのあとも、避ける、避ける、避ける。


「もういい。十騎士とはこの程度なのか。余りにも弱い」


 僕は剣を構える。

 この後は、おじいさんを良い感じに死なない程度に吹き飛ばすだけだ。


 そう考えていた時・・・。


「ゼロ様を・・・傷付けるなああああぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 目を覚ましたツヴァイがルゲハに切りかかる。

 ツヴァイの剣がおじいさんに当たった時、強い魔力の奔流がほとばしり、辺りを強い光が覆う。

 その衝撃はすさまじく、壁をなぎ倒し、屋根を吹き飛ばし、床を破壊していく。


 光が収まるとそこには、バラバラになった教会と、息絶えているルゲハ、気を失っているツヴァイがいた。

 僕はおじいさんを殺してしまった事や、教会をぶっ壊してしまった事の申し訳なさで、いっぱいいっぱいだった。


 なので、とりあえず起き上がったツヴァイに声をかけ、

 その後はアインに後処理をすべて押し付けてすぐに帰ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る