武闘大会編
大人の厳しさ
今日は入学式だ。入学式の後にすぐ、授業が始まる。
思えば、この一週間はいろいろなことがあった。
南北東西全部をアインやツヴァイと一緒に見て回ったが、どこに行っても盗賊団のアジトっぽい場所があったのだ。
特に南の方は酷かった。
スラム街があり、やせ細った子供たちが道端に並び、物乞いをしていた。
臭いも酷く、悪臭の立ちこめる中、僕達は盗賊団のアジトを壊滅させた。
南側にはツヴァイと一緒に行ったのだが、やはり僕のツヴァイと遊ぶのはヤバいという予想は間違っていなかった。
僕が潰せという指示を出したら、気がついたらツヴァイは建物を空に打ち上げていた。
文字通り、建物を丸ごと持ち上げて、空高く投げたのだ。
建物はそのまま垂直落下してバラバラになった。
・・・まあ、スラム街にある癖にやけにキラキラとした外見をしていたし、たぶんあの建物に住んでた奴がスラム街のボス的な奴だったのだろう。
そうに違いない。
その光景を見て、僕はもう二度とツヴァイとドッジボールはしないと誓った。
そんなわけで退屈な入学式が終わり、クラスメイトが教室に集まっていた。
まずは自己紹介のようだ。
前から一人ずつ名前、天恵、趣味などを話していく。
どいつもこいつも、当たり障りのない自己紹介をしていく。
そんなとき、気になる自己紹介をしたやつがいた。
「始めまして皆さん。ヒロ・カイノセです。天恵は、『勇者』です。」
クラス内がざわざわし始める。
もちろん僕も例外ではない。
あれが勇者か。
伏せていた顔を上げて自己紹介をしている彼を見る。
確かに勇者っぽい雰囲気を醸し出している。
金色の髪に、整った顔立ち。
かなりのイケメンだ。
「趣味は鍛錬です!将来は、剣術も魔法も、どちらも誰よりも強い人になりたいと思っています!」
おまけに趣味が鍛錬ときた。
・・・僕と話が合いそうだ。
たぶんどんな人にも嫌われない性格をしているのだろう。
クラスの女性達がうっとりとしている気がする。
全く忌々しい。
まあ、僕は彼に強くなってもらって、僕に満足のいく戦いを見せてくれたらそれでいい。
将来は彼の挑戦を何度も受け、お互いに武の極みを目指すのだ。
そんなこんなでみんな自己紹介を済ませていった。
僕の自己紹介の番だ。
「始めまして。リダ・ウラノスです。天恵は、『司書』です。」
またしてもクラス内がざわつく。
まあしょうがないだろう。
この学園のほとんどの人間が騎士を目指しているのだ。
しかも僕以外の全員の天恵は、剣士や魔術師などの戦闘関連のものだ。あと魔剣士なんかもいた。
司書の天恵など、戦闘には明らかに不向きであり、この学園のカリキュラム上不利になりやすいのだ。
まあいいだろう。変に一目置かれて目立つよりはましだ。
一通り自己紹介が終わった後は授業が始まる。
どうやら、この国の名前は、アルカディア王国と言うらしい。
世界中でも屈指の大国であり、周辺国家とチョコチョコいざこざがあるため、騎士は常に人手不足なんだそうだ。
そして、早速明日から模擬演習があるらしい。
そのため、全員に木刀が支給された。
卒業生の使い古しのようで、随分と年季が入っているものの、かなりの努力の痕跡が見て取れる。
この木刀を三年間大切に使い込み、努力の痕跡を後輩へと伝えて行くのだろう。
大切に使おう。
僕はそう誓うのだった。
*
放課後。
みんなそそくさと寮に帰る準備を始めている。
そんな時、僕に声を掛けてくる人がいた。
「よう、司書。本でも読みにいくのか?はっはっはっ!」
誰だっけ?銀髪のトゲトゲの髪の男。
確か魔剣士とかだった気がする。
「ごめん、誰だっけ?」
分からないことは、素直に聞いた方がいい。
「俺様は、コザ!コザ・モブリットだ!一回で覚えろ!天恵は、魔剣士!」
「えっと・・・うん、よろしくね」
無難に返す。
それが癪に触ったのだろう。
「貴様!司書の分際で僕の名前を覚えないとは!明日の戦闘訓練で、ボコボコにしてくれるからな!」
顔を真っ赤にして叫んでくる。
そういえば、彼は独りで僕に声を掛けてきた。
今まで、屋敷でぬくぬくと育ってきたのだろう。
この、誰も知り合いがいないという状況。
よっぽど緊張したに違いない。
僕の精神年齢はもう30歳近いのだ。
ここは大人として、彼のために現実の厳しさを、そして優しさを教えてあげようではないか。
「わかった。楽しみにしとく」
僕はそう言って、教室を後にする。
*
その日の夜。
僕は放課後に声を掛けてきたコザの部屋に侵入していた。
彼はすやすやと眠っているようだ。
ところで皆さんは、孫子の兵法という書物をご存知だろうか?
これは戦争するにあたって、作戦を立てる上での心構えや、お手本を教えてくれるものだ。
多くの名言が残されており、僕も鍛錬において大きな影響を受けた。
その中の有名な文言の一つに、『彼を知り己を知れば、百戦危うからず』というものがある。
これは一言で簡単に言ってしまうと、絶対に負けない戦いしかしてはならない。ということだ。
だから僕は、彼に教えてあげなければならない。
誰よりも入念な準備と、誰よりも入念な下調べがいかに重要であるかを。
だから僕は彼の木刀の根元に切り込みを入れるのだ。
一振りで折れてしまうくらいのギリギリのラインまで。
「くっくっくっ・・・」
おっと、笑いが漏れてしまった。
コザはまだすやすやと眠っているようだ。
*
さて、模擬演習の日だ。
ちなみに午前中は普通に授業があった。
模擬演習は好きな人と組めるらしく、コザは真っ先に僕に声を掛けてきた。
「おい!リダ!俺様と組め!」
全くかわいい奴め。
これから自分がどんな目に合うのか、何も分かっていないのだろう。
僕は笑いをこらえながら、冷静を保ち、
「うん、よろしくね」
彼に笑顔を向けるのだった。
その後はペアが順に模擬演習を行っていった。
勇者のヒロは女の子とペアを組んでいるようだ。
ヒロの演習が始まる。
さて、勇者の実力はどんなものだろうか。
僕は固唾を飲んで試合を見守る。
「ああーん、いたーい!」
・・・一瞬で終わった。それも一撃で。
というか木刀は当たっていなかった気がする。
相手の女がシクシクメソメソしている。
「大丈夫かい!?ごめんね・・・」
ヒロがイケメンスマイルを浮かべて女を抱き上げている。
勇者よ、落ち着け、お前は罠にはまっている。
「先生!彼女を保健室に連れて行きます!」
そう言って女を抱き上げて保健室に走り去って行ってしまった。
・・・いったい何を見せられているんだ。
全く忌々しい。
そんなこんなで僕達の番だ。
「初め!」
先生の合図で僕らは木刀を構える。
「いくぞ!リダ!」
コザが走ってくる。
そして走りだすのと同時に、
「えっ・・・」
コザの木刀は乾いた音を鳴らして根元から折れた。
やった!成功だ!
コザの木刀が折れた!それも完璧なタイミングで!
「えっ!?ちょっ!?まって!」
何か叫んでいるが、関係ない。
僕は走り出す。
「ストップ!試合終了!ストップだ!」
先生も何か叫んでいるがもう遅い。
「試合は終わってるだろ!おいっ!」
もう遅い。
僕の木刀がコザのアゴにクリーンヒットし、木刀の音が辺りに響く。
彼は、ゆっくりと膝を崩して気絶した。
彼はしっかり学んでくれたに違いない。
世間の厳しさを、そして理不尽さを。
「ウラノス君!モブリット君を保健室に運びなさい!」
僕は彼を保健室まで引き摺って行くのだった。
そして僕の背中を見る生徒たちはドン引きしていた。
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