潜入ミッション

「・・・報告は以上となります」


 この日、僕はアインから緊急の報告を受けていた。

 いつもの夜の屋上で。


 結局、オリエンテーションの日に起こったことは、テロリストのダークリベリオンのトップであるゼロが、ロゲン伯爵を操り、暴走させたということになっているらしい。

 それとブデー伯爵は、ディスパーダの人らしい。


「ゼロ様、このような結末でよろしかったのでしょうか?私はゼロ様にすべての悪が押し付けられているのが悔しくて・・・」


 正直、少し頭に血が上って暴れてしまったとは思う。

 姉のキーシェが殺されそうになってたから仕方ないよね。


「・・・いいさ。僕たちは別に正義のヒーローになりたい訳じゃない。例え世界中に嫌われようとも、大切な物を守れなかったらそれこそおしまいさ」


 僕にとってはキーシェは大切な存在だ。

 昔はよくいじめられたものだが、それでも感謝しているのだ。


「やはりゼロ様はお優しいですね」


 アインが夜景に溶け込みそうなほど透明で美しい笑顔を向ける。


「もうすぐ武闘大会が始まる。アイン、準備を整えておけ」


 嘘だ。準備なんて別に何も必要ない。

 ただ、話すことがなくなったから聞いてみただけ。


「っ!かしこまりましたっ!」


 武闘大会の日に、起こることといえば、勇者の前に魔王が現れるくらいだ。

 勇者がボコボコにされるくらいで、それ以外に大したことは起こらない。


「では、行くか」

「はいっ!」


 僕達は夜の闇へと飛び去った。


*

「武闘大会の参加受付、先週までだったらしい!ヒロはしたよな!?」

「もちろんだよ。僕達も少しは力を身に付けたと思う。今なら上級生にも勝てるかもしれないね」


 コザとヒロが食堂で武闘大会の話をしている。

 そういえばヒロは、サボ先生の指導を受けた後、何事もなかったように普通に授業に出て来ていた。


 ちなみに僕は空気、なんせ司書だからね。

 武闘大会なんてイベント、参加するつもりはない。


「武闘大会ってどんなことするの?」


 僕は聞く。


「1対1の一本勝負!だから、下調べとかちゃんとして、コンディションを整えておけば上級生でも勝てる可能性があるんだ!」


 どうやら、コザは僕との模擬演習での経験を生かした立ち回りをするつもりのようだ。

 いい経験になっているようで嬉しい。


「そう。だからリダでも勝てる可能性もあるよ。三人で優勝目指そう!」


 ヒロが張り切っている。

 そうそう、三人で夢の舞台へと舞い上がろうではないか。


 ん?三人?


「三人目って誰?」


 ヒロの事だ。どこか適当な女の子にでも声をかけたのだろう。

 二人が同時に指をさす。僕の方へ。


「え?」


「リダの参加の申請も、代わりにしといたよ!」


 コザが満面の笑みでガッツポーズをしてくる。


 殴りたい。この笑顔。


「いやいや!今からでも棄権ってできる?」

「無理だと思うよ。もうトーナメント表出来上がってたし」


 ヒロが微笑んでくる。


「はあぁぁぁぁーーーー・・・」


 どうやら僕も参加しないといけないらしい。

 どうしようか。


*

 僕は考えていた。


 ヒロを地獄へと叩き落とす方法を!

 ちなみに今は模擬演習中だ。僕はペアの人がいなかったので見学。


 ヒロは僕を武闘大会という無駄に目立ってしまう場所へと放り込んだ男だ。

 そもそも僕はこのクラス内で唯一の非戦闘タイプの天恵なのだ。

 武闘大会への参加など、周りの人から見れば全裸で太平洋を横断するようなものだ。


 卑怯な手を使わないと勝利は難しい。と、思われている。

 そういえばコザとの模擬演習の後から、誰も僕とペアを組んでくれなくなった。

 人数的には余りは出ないはずなんだけどな。

 どういうわけか、必ず僕と組みそうになった人は腹痛とかで保健室へと駆け込むのだ。


 涙が出てくるぜ。


 ヒロはいつもモテモテだ。コザといないときはいつも女の子を侍らせている。

 しかも腹の立つことに毎回違う女の子だ。


 まったく忌々しい。


 しかも世界中に悪人は存在しないと本気で言いそうな性格をしている。

 モテないほうがおかしい。

 ただ、僕は紳士なので、誰も傷つける事無く、勇者の彼を傷付ける作戦を考えた。

 

 作戦はこうだ、まず、僕が完璧な変装をして女子更衣室に忍び込み、着替えている場所に堂々と現れ脱出する。そして次に、全ての犯行がヒロによるものだと周りに言いふらす!


 完璧だ!


 僕は早速、模擬演習の後に作戦を実行した。


*

 結論から言おう。

 作戦は失敗した。


 まず女子更衣室に忍び込むところまでは良かった。

 誰にも見られず、誰にも気配すら感じ取られない完璧な潜入だった。


 ただ、服装が悪かった。


 僕はゼロの格好で、潜入していたのだ。

 テロリストで、絶賛指名手配中の。


 着替えている女子どもの前に現れた時に聞こえた悲鳴は、女の子の出す可愛らしい悲鳴ではなかった。

 

 何というか、そう。命の危機を感じた時の悲鳴だ。

 

 警報装置が鳴らされ、警備員が駆け付けてくる大混乱の中、僕は逃げ出した。

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