王女の罠

「待っていた・・・、この時を・・・!」

「なにいってんだ?リダ?」


 舞闘大会の予選日、闘技場の待機室で、僕は緊張の面持ちと、揺るがない自信を持って、マリア王女との試合を待っていた。

 僕は、この時のために、アインから・・・、いや、闇のルートからとある情報を仕入れているのだ。


「見ておけ、コザ。そして、その目に焼き付けろ!この僕の雄姿を!」


 僕は興奮していた。


「そんなに張り切ることないと思うぜ!どうせ負けるんだからよ!」


 コザがケラケラと笑っている。


 笑っていられるのも今のうちだ。

 試合が終われば、僕に跪き頭を垂れることになるだろうに!


「いいや、僕は勝つさ。そのための秘策も用意してある」

「どんな小細工もあの剣術の前には無駄だと思うけどな!見ただろ?あの合同演習での剣速。誰も目で終えてなかったぜ?」


 合同演習。

 他クラスと上級生との合同の模擬演習のことだ。

 確かに彼女は目立っていた。


 強すぎる。まさにこの一言に尽きる。

 なんせ戦った相手全員を一撃で屠っていたのだ。

 もちろん上級生も。


 まあ、本気の僕には足元にも及ばないけどね。


 とにかく今回は僕は実力を見せずに彼女をボコボコのメタメタにするつもりだ。メンタルもろとも。

 周りの人から卑怯だとか、真面目に戦えだとか、腑抜けた罵詈雑言を吐かれるかもしれないが、とにかく僕は勝つつもりだ。


 僕の名前が呼ばれる。


 いよいよだ。

 彼女の高くて美しい鼻っ柱を、いよいよへし折ることができる!


「コザ、言ってくるよ」


 僕は闘技場へと向かう。

 輝かしい未来を夢見て。

 栄光を、思い描きながら。


*

「リダ・ウラノスさん、よろしく」


 マリア王女と闘技場で対峙すると、彼女は僕に話しかけてきた。

 見取れるほど透き通るような深紅の長い髪の毛。整った顔立ちに大きな鋭い目。


 初めて目にしたが、噂通りの美しい見た目をしている。


 ・・・ますます気に食わない。


「よろしくね。マリアさん」


 僕は彼女に笑顔を向ける。

 好意の印だ。

 これから地獄に叩き落とすに当たって、彼女には、今は僕の印象を高めておきたい。


 空高く積み上げられたものほど、崩れ落ちる時は美しいものだ。

 彼女の絶望する顔が見てみたい。

 王女の目が、さらに見開く。


「初め!」


 審判の合図とともに、彼女がこちらへと走りだす。


 僕は動かない。

 彼女の行動は予想通りだ。動くまでもない。

 それに、最悪の場合は秘策があるからな。

 ただその秘策を切るのは今ではないだけ。


「あなた!面白いわね!」


 王女が切りかかってくる。

 剣が風を切る音とともに、リダへと迫る。


 しかし、


「残念。王女様の剣は実に単調だ」


 僕は王女の剣を模擬演習の間、ずっと観察していた。

 同級生と戦っているとき、上級生と戦っているとき、自主練習をしているとき、ずっと。

 そして、ある法則を見つけたのだ。


 最初の一振りは右斜め上からの振り下ろし。


 百パーセントと言ってもいい。

 彼女は最初の一撃は必ず右斜め上から剣を振り下ろすのだ。


 周りの学生からすれば、何が起こっているのかすら見えていないのだろう。

 鉄と鉄の弾き合う甲高い音が響く。


「えっ?」


 王女が最初の一撃を当てれなかった事に驚き、距離をとる。


「王女はいつもやることが同じだね。分かりやすすぎておならが出そう」

「っく!意味の分からないことを!」


 すぐさま走り出す。


「これを見ろ!」

 

 彼女が走り出すのと同時に、僕は懐から紙袋を取り出す。


「これが、何かわかるか?王女様よぉ・・・」

「なっ!なによそれ!」


 彼女は立ち止まり、警戒するように剣を構え直す。


「これはなぁ・・・、芋だ!!!」


 僕は自信満々に紙袋から焼き芋を取り出す。


 アインによると、王女様は芋が大好物らしい。

 休日は三食全部、芋で飾ったり、自宅で芋を栽培するほど好きなんだそうだ。


 僕はこの情報に目を付けた。


 情報を制すものが闘いを征するのだ。


「こいつが、どうなってもいいのか・・・?」


 僕は芋に剣を突き立てる。


「やっ!やめて!その子に罪は無いわ!」


 王女様が乗ってくる。

 彼女はいい人みたいだ。

 正直、自信はなかったけど、ちょっと嬉しい。


「くくく・・・、大人しく降参することだな・・・」


 僕は芋に舌なめずりをする。


「っく!卑怯なっ・・・」


 彼女が歯を食いしばっているとき、


「試合終了!マリア・アルカディアの勝利!」

「えっ?」

 

 理解が追い付かない。

 どういう意味だろうか。


「試合に支給された武器以外の持ち込みは禁止だ!」

「えっ?」


 ふと周りを見渡す。

 冷たい視線が僕に集中している。


 いったい僕が何をしたというんだ。

 まだ僕は何もしてないぞ。


「まだ!僕は!何も!してないぞおおおおぉぉぉお!!!!」


 僕は指導室まで連行された。

 

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