担任の先生の話

 失敗は成功の基である。


 この言葉は、僕が前世で嫌というほど自分に言い聞かせた言葉だ。


 ただ、この言葉と対をなすように、成功もまた、失敗の原因になりうる。

 どんなに人生が順風満帆に行っていても、ほんの少しの慢心や、ほんの少しの傲りで人は簡単に、天国から地獄へと落ちるのだ。

 だから、こうして今も僕は、自分を追い込み続ける。

 だから、授業の模擬演習中も、自分に多くの枷をつけているのだ。


 ちなみに今は、模擬演習中。

 いわゆる、木刀での戦闘訓練だ。

 誰も、僕とはペアを組んでくれないので、不憫に思った先生が僕とペアを組んでくれるようになった。


 僕はこの世界で、そこそこの力を身に付けている。

 今なら核兵器が目の前で爆発してもなんとかなりそうな気がする。

 だから、目の前に立っている先生も一瞬で吹っ飛ばすことができるのだが、


「っく!さすがレイ先生ですね!」


 僕は苦戦していた。

 ハンデ付きだが。

 魔力の使用は禁止。両手両足に合計100キロ以上の重りをつけての戦闘。


「ウラノス君もだいぶ力がついてきたじゃないか!」


 レイ先生が笑う。

 彼は僕のクラスの担任だ。

 最初は、普通の人だと思っていた。

 だから名前も、覚えていなかった。


 しかし、戦ってみると、結構強い。

 勇者のヒロや剣王のマリアよりも強いんじゃなかろうか?

 だが、


「っ!」


 僕の剣は防がれる。

 間合いは完璧。しかしながら、先生の剣も僕に届くことはない。

 一進一退の攻防。何度も剣をぶつけた。


 ただただ、探り合いのような心理戦が僕らの戦いにはあった。


 周りの生徒からすれば、僕らが何をしているのか、何をしようとしているのか分からないだろう。

 僕と先生だけが、お互いの強さと技量の高さを感じ取れている。


 レイ先生は強い。

 僕は認めざるを得なかった。

 彼の強さを。


「今日はここら辺にしようか。もうすぐ授業が終わる」


 唐突にレイ先生が言う。

 気が付けば模擬演習の終わりの時間だ。

 思い返せば、どれだけ剣を交えただろうか。

 一瞬の様で、長い時間戦っていたような気がする。

 そんな時間だった。


*

 私はレイ。

 学園の教師をしている。


 そして、これは秘密の事だが、ディスパーダという組織の一員だ。

 この学園の関係者で知っている者は、ほとんどいない。

 私が教師になって何年経っただろうか。

 これまで何人もの生徒をディスパーダの上層部へ、そしてその小間使いである騎士団へと送り出した。


 私は、これをいつの間にかただ黙々と、流れ作業のように行うようになっていた。

 使える生徒、将来の見込みのある生徒、恵まれた天恵の生徒、そういった者たちをディスパーダの上層部の幹部候補生として推薦するのだ。

 ただ、それ以外の生徒は騎士団に入ることを進める。

 まさに流れ作業。


 そんな日が続いている時、奇妙な生徒が現れた。


 リダ・ウラノス。

 天恵は、『司書』。


 僕は彼を侮っていた。

 どうせ弱い。どうせ使い物にならない。どうせ騎士団に行くのだろう。

 そう思っていたが、明らかにおかしい。

 彼に、私の剣が届かないのだ。


 私はこれでもディスパーダの上層部の一人。

 腕を見込まれた人間だ。

 これは、どう考えてもおかしい。


 思えば、彼はいつも授業中一人だった。

 だから、魔が差したのだろう。

 いつの間にか私は、彼の模擬演習の相手として立っていた。


 別に同情したわけじゃない。

 ただ、暇だったから。ただ、なんとなく。

 自分でもよく分からない。

 とにかく彼は強かった。


「リダ君、私が相手をしようか」


 彼に初めてかけた言葉だ。

 彼は弱弱しく、どこか気の抜けた生徒だった。

 しかし、


「よろしくお願いします。先生」


 言葉を発した彼の表情は、どこか嬉しそうで、闘争本能を感じた。

 表面上は笑顔が張り付いているが。

 そして、私は彼の最初の一撃を受けて、かつてない衝撃を受けた。


「っく!」


 思わず息が漏れるほどの重たい一撃。

 どう考えても、一人の人間が出せる重さではない。

 まるで、100キロ以上の重りをつけているかのような、重さ。


 最初の彼の一振りは、避けずに受け止めるつもりだったが、それを私は後悔した。

 下手をすれば、一撃で死んでいた。

 それほどの、重たい一撃。

 私はすぐにその剣を横へと受け流し、距離をとる。


「・・・なかなかやるようだね」


 認めよう。私は彼を侮っていた。

 魔力を全身に行き渡らせる。

 視界がスローになり、全身に力が漲る。


「今度は・・・こっちから行くよ!」


*

 授業が終わり、私は後悔していた。


 今になって考えれば、どうしてあんなに熱くなっていたのか、不思議でならない。

 結局、私の剣は彼に届くことはなかった。

 彼は、司書にもかかわらず、私と対等に渡り歩くほどの実力を持っている。

 陰で、恐ろしいまでの努力をしているに違いない。


 私は、生徒たちの去った訓練室で独り、俯く。

 努力が足りない。思慮が足りない。鍛錬が、足りない。

 私は窓から差し込む夕日を見て、職員室へと帰る。


 彼の、背中を思い描いて・・・。

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