酒乱
アンは今までずっと、孤独に生きてきた。
育ててくれた両親の記憶はない。
気が付けばリフテンという街で泥棒をして生きていた。
そして、気が付けばテロリストになっていた。
今まで、生きるためだけに生きてきた。
生きるためだけに、盗みを働き、人を殺してきた。
生きるために、テロリストになった。
別に盗みをしたかったわけではない。
人を殺したいなんて一度も考えたこともない。
ただ、それしか選択肢が無かったのだ。
リダという人間に出会うまでは。
*
「おい、勇者」
私が武器の手入れをしていた時の事だ。
同期の男が話しかけてきた。
私は自分の事を勇者と呼ばれるのが嫌いだ。
千剣の勇者なんていう通り名も嫌いだ。
どこか、自分ではない何かを呼ばれている気分になる。
「なに?今忙しいんだけど」
私は目の前の長年愛用している短剣から目を逸らさずに答える。
この武器の手入れをしているところを邪魔されるのも気に食わない。
この時間だけは、過去の自分を忘れられるから。
今まで、多くの人から物を盗んだり、命を奪ったりしてきた。
私は自分が殺めてきた人々の顔を片時も忘れることが出来ない。
あの絶望の色に変わる瞳の色が、まぶたの裏に焼き付いて離れないのだ。
生きるために命を奪う。
仕方のないことだが、出来ればあんなことはしたくなかった。
「まあまあ、そう言わずにさ。今日くらいみんなで酒を飲もうや」
この男は何度も執拗に私を酒に誘う。
私は酒は嫌いではないが、好きでもない。
一杯飲むと止まらなくなるからだ。
もう一杯、もう一杯と。気が付けば朝になっている。
「酒は嫌いよ」
私は酒は出来るだけ飲まない。
「そういえば、今日は先遣部隊の人も来るらしいし、たぶんいつもとは違うと思うよ?」
先遣部隊。
リダ様の配属された部隊だ。
彼が来るなら、一杯だけなら行ってもいい。
一杯だけなら。
「行かせてもらうわ」
*
「酒よ。付き合いなさい」
「嫌です」
僕はリーダーに飲みに誘われた。
もちろん断る。
僕はまだ未成年だ。
この世界では別に酒は飲んでもいいが。
「第三部隊の連中がおごってくれるらしいわよ」
「行きます」
他人に奢ってもらうのならば行こう。
他人の金で飯を食う。
つまりは食べ放題というわけだ。
素晴らしいじゃないか。
酒も、たまには飲んでみるのも悪くないかもしれない。
月を眺めながらワイングラスを傾ける。
それも悪くはないだろう。
*
「リダ!じゃんじゃん飲め!」
僕のグラスにワインが注がれる。
今、先遣部隊と第三部隊のメンバーで酒を飲み交わしている。
場所は野営地。月の明りに照らされて、皆で焚火を囲んでワイワイとしている。
最近の先遣部隊の働きが凄すぎて、情報共有がてら一緒に酒を交わすことになったらしい。
僕はまだ二回しか任務をしてないのだが。
たぶんリーダーがあることないこと適当な報告をしているのだろう。
それと珍しいことに、アンがいた。
彼女も酒を飲むのだろうか。
今まで酒を飲んでいるところは見たことが無い。
ちなみに、僕とリーダーは若干浮いている。
まったく知らない部隊の連中なのだ。
しかもあちらは若干対抗意識が芽生えているらしく、睨むような視線を感じる。
「リーダー、僕ら若干浮いてません?」
「まあまあ、タダ酒飲めるんだからいいじゃん!」
リーダーは、もう既に酔っぱらっているようだ。
顔が少し火照っている。
「お前らもじゃんじゃん飲めよー!」
リーダーは男の群れに瓶を片手に突撃していった。
あの調子だと、すぐに仲良くなることだろう。
「リダ様ー。飲んでますかー?」
グラスと瓶を持ったアンに声を掛けられる。
顔が真っ赤だ。
服がはだけてしまっている。
「アン。意外と酒乱なんだな」
「うふふふふー。そんなことないですよー?」
彼女が上目遣いで顔を近づけてくる。
近い。
普段の彼女からは想像もできないような光景だ。
「私はねー。リダ様と出会えてよかったですー。うふふー」
随分と上機嫌のようだ。
彼女は僕の手の上に自身の手を重ねる。
焚火に照らされた僕らの手が絡む。
「この手。私を絶望から救ってくれた手。強い手」
「アン。酔っぱらいすぎだぞ。近い」
これでも僕は青春真っ盛りの年齢なのだ。
これ以上は危険な気がする。
「・・・この指輪」
「ん?どうした?」
彼女の動きが止まる。
「なんの指輪!この浮気者!」
すっかり忘れていた。
僕の手には王女様から貰った指輪がはめられている。
「これは、ただの指輪だよ・・・」
浮気者とはなんだ。
意味が分からない。
「そうですか・・・」
「うん」
「もし、もしも私が指輪を送ってくれたら、受け取ってくれますか?」
「そりゃあ、もちろん」
受け取るさ。
貰えるものは何でも一応貰っておく主義だ。
「じゃあ、これあげます!」
彼女は自分の鞄に手を突っ込み、一つの指輪を取り出した。
その指輪には、小さな赤い宝石が埋め込まれており、王女様から貰った指輪とそっくりの外見をしている。
ただ、王女様から貰った指輪の宝石の色は蒼いので、そこだけが違う。
「これはどこで?」
「んーっ・・・。教会の瓦礫の中に落ちてましらぁ」
拾い物か。
それにしては良く手入れされているし、若干魔力を感じる。
これも魔道具の一種だろう。
「ありがとう。貰っとくよ」
僕はその指輪も右手の薬指にはめた。
蒼と赤に輝くそれぞれの指輪。
同じ人が作ったのだろうか?
「ありがとうございましゅ・・・」
彼女は僕に肩を預けてそのまま眠ってしまった。
静かに寝息を立てている。
久々に会ったから安心してしまったのだろう。
「っよ!色男ー!」
リーダーが僕らを見て騒ぎ出す。
「っははは」
楽しい。
何が面白いのかは分からないが、こんな時間がずっと続いてほしいと思うほど、僕は楽しかった。
「おっ!笑ったな!やっとだ!」
そんなに僕はいつも仏頂面だったのだろうか。
その後も楽しい時間は、朝まで続いた。
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