イキすぎた乙女心

 マリア・アルカディア。


 彼女は、この国の王位継承権第一位の王女様である。

 その上、『剣王』という天恵を授かり、自身の未来が定められた。

 周りからの期待と、尊敬の眼差しに囲まれて生きてきた、まさしく王女の中の王女。

 そのため彼女は、自分が王女らしくなければならない。王女として恥ずかしくない立ち振る舞いをしなければならない。と、自分を抑え込んで生きてきた。


 ただ、学園に入り、王宮からの離れた生活で、彼女の環境にも変化が訪れる。


「よろしくね。マリアさん」


 初めてだった。

 初めて、自分の事を王女様や剣王といった称号ではなく、名前で呼んでくれた人が現れた。


 彼の名前は、『リダ・ウラノス』。


 顔はそこそこで、勉強も普通。

 剣術が得意なわけでもない。

 ただ、普通の人と違う場所があった。

 それは、『司書』という天恵。

 普通は、『司書』のような、非戦闘の天恵を授かれば、戦うことから逃げ回るようになるはずだ。

 しかし彼は自分の運命に抗い、武闘大会という場に参戦したのだ。


 自分の運命に抗う。


 それは私がずっと押さえつけてきた感情だ。

 本当は私も普通の女の子のようにおしゃれしたいし、買い物をしたい。

 普通の女の子のように楽しく会話して、触れ合い、はしゃぎたい。

 普通の女の子のように・・・・恋愛、がしたい・・・。


 気が付けば、彼の事ばかり考えるようになっていた。

 気が付けば彼の事を探していたし、気が付けば目で追うようになっていた。

 そして、気が付けば昼食の時間になれば彼のもとに走っていた。


 ただ、私の邪魔をする人間が二人いる。


 勇者と魔剣士だ。


 いつも彼のそばにいて、いつも私の邪魔をしてくる。

 ただ、彼らといれば私は気が楽になる気がした。

 それに彼らといたほうが、リダ君の近くに居られる。


 だから、私はまずは彼らと仲良くなることにした。

 勇者のヒロに、魔剣士のコザ。


 彼らは強かった。


 今まで、私は負け知らずで苦戦することすらなかったのに、彼らは私と互角の強さだ。

 さらに頭の来ることに、彼らの目標は私なんかよりもずっと高いところにあった。


 ゼロ。


 王国内全域で指名手配されているテロリストだ。

 確かにゼロは、武闘大会に現れた時もオリエンテーションに現れた時も、圧倒的な強さだった。


 ただ、私の求める強さはあんなものではない。

 私が求めているのはあんな圧倒的なものではなく、そう。リダ君のような・・・。

 とにかく私にはゼロは敵とは思えても、目標とは思えない。

 だから、私は今日も勇気を振り絞って彼に話しかけるのだ。


「・・・リダ・・・君・・・」


 緊張で声が出ない。

 手も震えている。


「ん?どうしたの?王女様?」


 お前じゃない!

 心の底から叫びたくなるが、リダ君の前だ。落ち着かないと。


「勇者!勝負よ!」


 勇者の顔はむかつくが、サンドバッグだと思えば少しは気が晴れる。


「王女様も飽きないね、じゃあ放課後いつものところでね」


 爽やかな顔で勇者が笑顔を向けてくる。

 ・・・本当に腹が立つ。


「俺も勝負だ!」


 ・・・でた。


 いつも私の邪魔をする勇者よりも邪悪なゴミムシ。

 魔剣士コザ。


 最初の頃はこいつも私とそこそこいい勝負をしたけれど、今となってはもう雑魚。

 クソの役にも立たない。

 私の本命は・・・。


「あの・・・リダ・・・くんも、一緒に・・・どうかな?」


 肺の底から空気を無理やり引っ張り出し、彼を誘う。

 心臓が破けそうだ。

 だが、


「いや、僕はいいよ。図書館で本でも読んでるよ」


 そう、彼はいつもこうなのだ。

 天恵が司書だから、そして彼は優しすぎるから私に遠慮をして断っているのだ。

 私はそんなこと、全く気にしないのに。


「リダは司書だもんな!やめといたがいいぜ!」


 ここでゴミムシがしゃべり出す。

 こいつはいつも私の邪魔をする。

 私はリダ君と一緒に居られたらそれでいいのだ。


 ここで、私はお母様に教わった、緊張を消す技を試すことにする。

 まず、手の中で爪を立てる。

 手のひらから血が出るくらい、握りこむ!

 この状態で痛みに耐えつつ・・・!


「じゃあ今度一緒に図書館で本読みましょ!」


 今度はちゃんと言えた。

 握りこぶしからは血が滴っている。


「そうだな!たまにはみんなで、勉強も悪くないかもな!」


 すかさずゴミが入り込んでくる!

 私はキレた。

 頭の中で、ゴミをサンドバッグにして焼却処分することで精神を安定させる。


「今日のところはいつもの三人で鍛錬しなよ。僕のことは気にしなくていいからさ」


 彼の優しいセリフ。言葉遣い。息遣い。

 私の精神は保たれた。


「そう・・・そうね。でも今度一緒に図書館に行きましょ!約束ね!」


 私は半ば強引に彼に約束を取り付ける。

 彼は優しいから、すぐには無理かもしれない。

 けれど、きっとそのうちは・・・。


*

 王女様の朝は早い。


 人の第一印象は見た目で9割決まるという。

 だから、女王様は朝の準備を時間をかけて行う。

 鍛錬、化粧、朝食。そのすべてが完璧でなくてはならない。


 しかし、この夜だけは違った。


 夜遅くに目が覚める。

 前日にリダ君と話しすぎたせいだ。

 興奮が収まらない。


 私は、寮を抜け出し男子寮へと向かう。

 目的地はリダ君の部屋。

 寮内は静まり返っている。


 事前にリサーチしていた、リダ君の部屋の窓を見る。

 中の明りはついていないが空いている。


 私は跳んだ。彼の部屋へと。


 窓枠に張り付き中を見る。彼はいないようだ。

 私は鍛え上げた身体能力を駆使して忍び込む。


 質素な部屋。


 第一印象はその一言に尽きた。

 ベッドに机、そしてタンス以外何もないのだ。

 なんとなく、タンスを開ける。

 薄暗くてよく見えないが、彼の服がかけられてある。


 試しに、匂う。


 彼の匂いだ。

 もう一度。


 その後も、何度も、何度も。


 匂っているうちに、ふいに廊下から足音がする。

 私は驚き、匂っていた彼の服を握り窓から飛び出して寮へと逃げるのだった。


 逃げている途中。私は冷静になる。

 これではまるで、変態ではないかと。


 もしも、私の部屋で彼の服が見つかったらと思うとぞっとする。

 私の部屋には多くの人が出入りするのだ。


 だから、私は副学園長室へと忍び込んだ。

 理由は特にない。

 ただ単に、帰り道の途中で、一番近かったからだ。


 副学園長なら、落とし物を拾ってたとかで何とかするだろう。


 私は彼の服に後ろ髪を引かれつつ、寮に帰るのだった。

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