古代勇者の欠片
「そうなのね・・・。あなたも大変だったのね・・・」
僕はテロリストのアジトに潜入し、赤毛のアンと交流を深めていた。
話のネタはありもしない僕の壮大な冒険譚だ。
どこぞの変態魔術師に呪いを掛けられ、どこかの女の子が馬に変えられた。
僕はその女の子の呪いを解くために『奇跡のキノコ』を探して世界中を旅しているという設定だ。
まあ、アンという少女は恐らく馬鹿なのだろう。
疑いもせずすんなりと信じてくれた。
正直言って、笑いをこらえるのがやっとの状況だ。
「だから・・・、僕は・・・!」
「っく!魔術師め!」
僕が何かを言うたびに調子のいいことを言ってくれる。
馬鹿なのだろう。
「ところで、最初の仕事というのは何なのですか?」
一通り僕の妄想エピソードを話し切ったところで話を変える。
そろそろ最初の設定に話を合わせるのが難しくなってきていたのだ。
「そう・・・。そうね。早速だけど、潜入任務を行ってもらうわ!」
潜入任務。つまり、切込み隊長というわけだ。
敵の本拠地に乗り込み、敵を殲滅する仕事。
大得意だ。その気になればこの街ごと滅ぼせる。
「わかりました。具体的に教えて下さい」
欲を言えば、二重スパイなんかも出来る。ワクワクしてきた。
「まず、敵の本拠地だけれど、ここにあるわ」
彼女はこの街の地図を取り出し、ある場所を指さす。
その場所は、教会と書いてある。
「教会・・・ですか?」
「そう。敵の本拠地はここにあるの。ここにある古代遺物、『古代勇者の欠片』と呼ばれる鉄片を盗んできて欲しいの」
『古代勇者の欠片』だと・・・。
おもしろい。
「わかりました。早速明日、行ってみましょう」
僕が持てる全ての力を使って、潜入して見せよう。
「ありがとう。それと、これを渡しておくわ」
彼女は僕に謎の錠剤を渡してくる。
「毒薬よ、もし敵に捕まって拷問されたときはこれを使って。すぐに死ねるはずよ」
まるで、これから僕が死ぬかのような悲しげな表情で彼女は、僕の両手を握る。
「は、はい。ありがとうございます」
「いいえ、感謝なんかしないで。これを使わないでいいように願っておくわ」
そう言って彼女は僕の手を引く。
「あなたの今日泊まる部屋に案内するわ。ついてきて」
「は、はい」
あくまで僕は弱々しい設定だ。
そのまま彼女に連れられて行く。
「ここよ。ここがあなたの部屋。寝るだけなら十分のはずよ」
「は、はい」
案内された部屋は、まるで牢獄の様だった。
乱雑に敷かれた布団に、むき出しのトイレ。
茶菓子の一つも置いていない。
「ここですか?」
思わず、殺すぞ。と言いそうになった。
危ない危ない。
「そう言ってるでしょ。朝になったら迎えに来るわ」
そう言って彼女は僕を部屋に放り込み、部屋の鍵を閉める。
なんで僕がこんな目に合わないといけないんだ。
飯はまだか!
「わかりました」
とは言え今の僕はザコキャラだ。
何も言わずに時を待つとしよう。
*
「朝よ、起きなさい」
翌朝、ノックもせずにアンが僕の部屋に乗り込んでくる。
デリカシーもクソもない対応。
僕は客だぞ!
「おはようございます。えっと、早速仕事ですか?」
「ええ、そうよ。これは仕事の前金ね」
彼女はそう言って小さな袋を渡してくる。
すごく軽い袋だ。まるで中身がほとんど入っていないみたい。
おそるおそる中身を覗く。
コインが一枚。
おしるこすら買えねえじゃねえか!
「成功報酬はもっと多いから安心してね」
正直言って、信用できない。
まあいいか。
「わかりました。じゃあ、早速行ってきます」
僕は逃げるように街の教会に向かった。
テロリストのアジトから外に出ても、太陽は出ていなかった。
霧の立ち込める薄暗い街。
太陽の光が地面まで届かないのだろう。
異常な空気。異様な臭い。
こんな場所にはもう居たくない。
僕ですらこんなことを考えるほどなのだ。やっぱりこの街は滅ぼした方がいい。
「でも今は・・・」
タイミングではない。
教会を見て、『古代勇者の欠片』とやらを回収してから考えよう。
というわけで教会についた。
静寂の支配する不気味な教会だ。
王都の教会は結構賑わっていたんだが。
とりあえず中に入ろう。
中に入ると、誰も座っていないベンチがずらりと並べられている。
見た目は普通の教会だ。
ただ、普通とは違う場所が一点だけあった。
それは、壇上の奥。
銅像の足元に隠し扉があり、そこからうっすらと魔力が漏れ出ている。
ほどんどの人は気が付かないだろうが、僕には分かる。
というわけでその隠し扉を開けると、その中には小さな木箱が置いてあった。
そして箱の中には、小さな鉄片。
恐らくこれが『古代勇者の欠片』だろう。
回収を終えた、僕は急いで扉を元通りにして立ち去ろうとすると、
「何者だ!」
声をかけてくる者がいた。
どうしようか。殺してしまおうか。
そう思ったがまだだ。まだタイミングではない。
振り返ると剣を構えた鎧の男がいた。
「こんにちは。僕はこの教会の見習いの者です」
とりあえず教会の関係者ということにしておけば何とかなりそうな気がする。
「見習い?そんな話は聞いてないぞ!」
「ちょうど今日から赴任したものですから」
ゴリ押ししてみる。
「なんだ、そうだったのか。俺はてっきり盗賊かなんかかと思ったよ」
バカで良かった。
「ちょうど良かった。騎士さん。よかったらこの街を案内してくれない?」
「む?リフテンは初めてか?まあいいだろう。案内してやろう」
優しい人で良かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます