魔王軍

 吾が輩は魔王である。


 名前はまだない。


「ふふふ・・・」


 ワインの注がれたグラスを片手に、夜空を見上げる。


 月が怪しく輝いている。


 私が意識を手に入れてから、長いようで短い時を過ごしたように思う。


 初めての記憶にあるのは、大魔王様だ。


 あの方は強かった。


 良き研鑽相手でもあり、尊敬する人物でもある。


「魔王って、何することが目的なの?」


 大魔王様から聞かれた言葉だ。


 よく考えれば、目的など考えていなかった。


 私は、この方の指示にさえ従っておけばいいと、そんな甘えた生き方をしていたからだ。


 私が魔王に相応しいかどうか試されている。


 そう思った。


「世界征服・・・とかですかね?」


 今にしてみると曖昧な答え方をしてしまったと思う。


 魔王の職務を任されてまだ日は経っていないが、私は自分の自覚のなさを反省した。


 魔王とは・・・。


「その辺の国とか攻めてみなよ。あ、死者は出さないようにね。目的はあくまでも征服だからね」


 死者を出さずに征服。


 そんなことが可能なのだろうか。


 いや、魔王には可能なのだ。


 出来なくてはならない。


「ホルスよ、来い」


「はい。魔王様」


 彼女達は優秀だ。


『名も無き大陸』から拉致してきて、実験の過程でたまたま生まれた存在だが、そんな私でもすごく慕ってくれている。


 私の深層心理の願望なのだろうか、彼女達は全員進化を終えるとメイド服の姿になっていた。


 いや、きっとこれは大魔王様の願望なのだろう。


 私はこの魔王城を攻略する際に、大魔王様の魔力を少しずつ貰っていたのだ。


 その過程で、私はさらに進化する事が出来た。


 カタコトだった言葉も流暢に話すことが出来るようになった。


 つまり、私の今の身体は大魔王様の魔力で出来ているのだ。


 大魔王様の深層心理が働いてもおかしくはない。


「王都を攻めるぞ。死者は出さないようにな」


「死者を出さずに・・・ですか?」


「そうだ。目的は征服であって、滅亡ではない」


「かしこまりました。十二柱を集めます」


「ああ、頼んだぞ」


 ホルスは飛び去っていく。


 本当に、私には身に余る部下達だ。


 大魔王様は、昨日イーレシア帝国に降り立った。


 きっと、何か大いなる目的があるのだろう。


 今の私は、大魔王様の指示通り王都を征服しておかなければならない。


 王都にある騎士共は、どれもこれも雑兵に過ぎない。


 森で屠っていた学生でさえあのレベルなのだ。


 たかがしれている。


 作戦など必要ない。軽く捻ってみせよう。


*

「やはり、来たわね」


 アインは窓の外を見ながら呟く。


 上空に浮かぶ城から、魔物が続々と出てくる。


 中心にいるのが親玉だろうか。


 その周りを、黒い翼を生やし、メイド服に身を包んだ者らが浮かんでいる。


 全員、身の丈程もある大きな剣を持ち、月明かりに妖しく照らされている。


 まるで、黒い天使のようだ。


「王都にダークリベリオンの精鋭たちを集めておいて良かったわ」


 集めた精鋭の数は、200。


 全員ブラッドスーツを使いこなし、この王都の中にいる騎士など相手にならないほどの精鋭。


 それに加えて、ナンバーズのアイン、ツヴァイ、ドライが揃っている。


「アイン!空に浮かんでるあいつ等はなにもんだよ!」


 バタバタとアインの部屋に入ってくる者がいた。


 ナンバーズの三番目。ドライだ。


「落ち着いて、ドライ。敵の数は13。どれも手練れのようね」


 この距離でもわかる。


 禍々しい魔力が空を包み込んでいる。


 特に、


「あの真ん中の魔物。あれ、俺より強くね!?」


「そうね。もしかしたらゼロ様よりも強いかも」


 二人はこれから襲いかかるであろう暴力に身を震わせる。


「けれど大丈夫よ。こっちには精鋭を200人も集めてるもの」


「おう!全員王都内に散って待機してるぜ!」


 ドライはいつも強気な性格だが、その仕事は常に正確。


 いつどこから敵が襲いかかってきても良いように、対策はしっかりとしてくれているようだ。


 問題は、


「ツヴァイがなー」


 そう。ツヴァイだ。


 暴走したら私以外は誰も止められない。

 

 おまけに、今どこにいるかも分からない。


 しかし、あれでもツヴァイはナンバーズ最強だ。


 街に被害は出るだろうが、少なくとも死ぬことはないだろう。


「ツヴァイの行動が状況を左右するでしょうね」


「ああ!そうだな!それまでは様子見をしとこうぜ!」


 窓の外を見る。


 敵にまだ動きはない。


 ただ、街を静かに見下ろしている。


 しかし、


「あら?」


 魔物たちが城に帰って行く。


 何かあったのだろうか。


 まあ何にせよ、警戒は続けなければならない。


「ドライ、部下達には待機続行を命じてて」


「わかった。何者なんだろうな」


 私はそのまま空を眺める。


 何にせよ、戦闘が起こらなくて良かった。


 あれとまともに戦ったら死者が出る。

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