変わった魔王

「変わった魔王なのね」


 彼女はそう言って笑う。


「まだ魔王になったばかりなのでな。それと、剣を下ろして欲しいのだが」


 魔王とは何なのか。それは私にも分からない。


「あら、でもまだ信用できないわ」


「そうか・・・。でも安心してほしい。私の部下には誰も殺さないように指示してある」


「あら、そう」


「ふん・・・まあいい」


「南の森や学園に現れたのもあなたなの?」


 南の森の魔王は私ではない。


「いや、たぶんその方は大魔王様だろう」


 きっとそうに違いない。


「大魔王?それはあなたよりも強いの?」


「たぶん私より強い。少しだけだがな」


 結局、大魔王様とは決着がついていないのだ。


 もしかしたら、私が勝っていたかもしれない。


「それで、この王都には何をしに来たの?」


「いやなに、ちょっと征服してしまおうと思ってね。私が統治した方がいいと思ってな」


「な、なるほど・・・」


「でも、私はどうやら必要ないようだね」


「なぜ、そう思うのかしら」


「だって、君たちがいるじゃないか。君たちがこの街を統制してしまえばそれでいいと思わないか?」


 別に、私が直接手を下さなくても、彼女たちなら暴力でこの街を支配出来るはずだ。


「それでいいの?あなたは、この街を支配したいんじゃないの?」


 彼女は構えていた剣を下ろし、驚愕している。


「言っただろう。私はね、この世界の歪みさえ治ればやり方なんて何でもいいのさ」


「・・・」


 帰って来る答えは沈黙だった。


「じゃあ、私は城に帰るとするよ。この街の統治、頼んだよ」


 そう言って彼女たちに背を向ける。


「待って」


 呼び止められた。


「これを持って行って。古代遺物の通信機よ。ここのボタンを押せば話せるから」


「む?そうか。これは便利なものだな」


「同盟を結びましょう。きっと、その方がお互いに良いはずよ」


「ふふ・・・。そうだな。その提案に乗るとしようか」


 通信機を受け取る。


「大魔王にもよろしく伝えておいてくれる?」


「今度会った時にでも伝えておくとしよう」


 そういえば、大魔王様は今頃どこで何してるんだろうか。


 きっと、世界のどこかで人々に救いの手を差し伸べてるんだろうなあ。


「では、私はこれで失礼するよ」


 私は空へと飛び立つ。


 そして、私に続くようにホルスが現れる。


「ホルスよ。撤退だ」


「かしこまりました」


 街から部下たちが続々と飛び立つ。


 本当に、彼女たちは優秀だ。


 私にはもったいないほどの存在だ。


 空から街を見下ろすと、建物がいくつも倒壊している。


 なぜか屋根から地面に突き刺さってしまっている建物もある。


「死人は出ていないか?」


「はい。住民は避難しているようでしたので、誰も殺してはいません。ただ・・・」


「何かあったのか?」


「敵に一人、未だに暴れ回っている者がいます。止めなければ怪我人が出るかもしれません」


 ホルスがそう言った時、


「む?」


 建物が飛んできた。


 家が一軒丸ごと。


 すかさず避けたが、いったいどんな化け物が暴れているんだ。


「まあいいだろう。後は彼女たちが何とかしてくれるだろう」


「彼女たち、とは?」


 この街の新たな支配者だ。


 なんて説明しようか。


「我らの同胞だ。彼女たちにこの街の事は任せることにした」


「・・・わかりました」


 少々説明が雑になったが、まあいいだろう。


*

 ゼロ様が王都を離れてもう五日になる。


 雨の降りしきる中、ツヴァイは空を眺めていた。


 空に現れた謎の城。


 最初はなんか出て来ていたけれども、もう三日間も何も起こっていない。


 この三日間の間で、王都の中は結構な騒ぎになって、住民は皆避難している。


 近くの街とか、村とかに。


 それにしても、


「天空の城かあ・・・」


 まるで、ゼロ様が話してくれたおとぎ話の世界のような場所だ。


「どんな場所なんだろう・・・」


 そう思っている時、どこかから剣の弾きあう音が聞こえた。


 その場所を見に行ってみると、


「メイド服の、悪魔?」


 よくわからない生き物と人が戦っていた。


 助けなきゃ。


 剣を構える。


 最近、戦っている時でも意識が飛ばない様に訓練しているのだ。


 今の私なら、たぶん大丈夫なはずだ。


「よし!」


 私は敵に切りかかる。


「させん!」


 しかし、影から現れた敵に行く手を阻まれる。


「・・・」


 どうも、人を目の前にすると緊張してしまう。


 そもそも人ではないのだろうが。


 私が敵を見つめて考えていると、


「っふ!」


 目の前から姿が消えたかと思うと、真横に現れて掌底を放ってくる。


 殺す気はないということだろうか。


 だったら、私も殺さない様にしよう。


 飛んでくる腕を掴み、そのまま勢いを殺さずに、


「なにっ!?」


 投げた。


 そのまま敵は建物にぶつかり、壁の一部がガラガラと崩れ落ちる。


 これは、なんというか。


 

 ゼロ様とのドッジボールというゲームを思い出す。


「あはははははは!!!!」


 楽しい。


 久々にすごく楽しい。


 その辺に転がっている物を投げる。


 ひたすら、投げる。


 投げる投げる投げる。


 




 気が付くと、目の前にアインがいた。


 辺りを見渡す。


 雨は止み、雲の隙間から太陽が顔をのぞかせている。


 街は、ボロボロだった。


 敵が暴れたのだろう。


「ごめんなさい。アイン姉さん」


 とりあえず謝っておく。


「いいのよ。家に帰りましょう・・・」


「はい・・・」


 そのままアイン姉さんについていく。


 その背中にはどこか寂しさが漂っていた。


 ああ、ゼロ様は今、どこで何をしているのかなあ。


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