邂逅

「魔王様、準備が整いました。全員、いつでも出撃できます」


「うむ、ご苦労」


 魔王城から地上を見下ろす。


 今日の天気は生憎の曇りだ。


 前回王都に攻め入ろうとした時、俺は気が付いてしまった。


 王都の各所に強い魔力を感じる。


 十や二十ではない。


 二百以上はいるだろう。


 十二柱に匹敵するほどではないが、束になって襲い掛かられたら無傷ではすむまい。


 それに、


「あそこにそこそこ強いのが二人いるな」


 王都のとある建物を指さす。


「はい。恐らく十二柱では迎撃するのは厳しいかと思われます」


「ん?」


 少し離れたところに化け物のような魔力の持ち主がいた。


「あっちのはさらにヤバそうだな」


 俺は十二柱に三人一組で行動するように指示を出していた。


 東西南北から一チームずつ、中央に向かって責めるのだ。


「強い三人は私が相手をする。作戦開始は早朝だ。日の出を合図に各自作戦を開始するように。頼んだぞ、ホルスよ」


「はい。かしこまりました」


 優雅にお辞儀をする。


「ときに、ホルスよ。質問があるのだが」


「なんでしょう」


「魔王とは、どういう存在なのだろうか・・・」


 ずっと考えていた。


 ただ闇雲に世界征服を掲げたが、本当に正しいのだろうかと。


 魔王城で世界中を飛び回って多くの街、多くの国の状況を空から眺めていた時、この世界の歪な形に気が付いた。


 何の理由もなく虐げられる人々、生まれた環境で人生が決まるシステムの社会。


 おかしな部分は挙げているとキリがない。


「私には分かりませんが・・・、たぶん・・・」


 ホルスが言葉を切って曇天を眺める。


「たぶん、私達を導く良き指導者だと、思います」


「そうか・・・」


 良き指導者。


 未来を切り開き、世界の行く末を決め、導くということだろうか。


 確かに、今の人間の社会には指導者の存在など無い気がする。


 定められた運命。決められたレールの上をただ黙々と進む。


 それでいいのだろうか?


 いや、いいはずがない。


 せっかく生まれたのだから、自分の人生を自分で決める権利はあってしかるべきだ。


 俺はこの時、初めて大魔王様の言葉の意味を理解した。


 死者を出さずに征服するということはつまり、この俺が人間の指導者になれ、ということだ。


 魔王だからといって、人間と仲良くしてはいけないなんて誰も決めてない。


 むしろ、人間を導く存在になって見せようではないか。


「さて、行こうか。誰も死者を出さない征服をしようじゃないか!」


「はい!すぐに全員持ち場に行きます!」


*

「雨ね」


 窓の外を眺めながら、アインは呟く。


 もうすぐ日が出始める。


 謎の敵に、まだ動きはない。


「もう来ないんじゃねーの?最初に現れた時からもう三日も経ってるぜ?」


 ソファーに寝転がりあくびをしながらドライが悪態をつく。 


「それでも、警戒はしておかなければいけないわ」


 そんなことを言っている時。


「ん?地震か?」


 雲の隙間からかすかに見える日の出とともに、建物が揺れ始める。


 その揺れは次第に大きくなっていき、


「おい!これ地震じゃねーぞ!」


「始まったみたいね。行きましょう」


 棚の本が床に落ち始める。


 アイン達が外に出ると、王都の各所から煙が空に立ち上っていた。


「まずいわね。もう待機組には指示出したの?」


「当たり前よ!もうドンパチやってるはずだぜ!」


 良かった。一般市民が襲われているわけではなさそうだ。


「これは、最悪撤退も視野に入れたほうがよさそうね・・・」


 敵は十二。数こそ少ないが、下手すれば全滅も有り得る。


「わかった!命大事に!だな!指示飛ばしとくぜ!」


 ドライはそう言い、通信用の魔道具を取り出し全員に指示を出し始めた。


「後の問題はツヴァイね・・・。いったいどこで何をしてるのかしら・・・」


 空を眺める。


 顔に落ちる雨を感じながら、妹の身を案じている時だった。


「ふふふ・・・」


 空から暗黒が舞い降りた。


 その存在は、黒い鎧に身を包み、背中から大きな翼の生えた、まるで悪魔だ。


「我が名は魔王。この世界の頂点に立つものだ・・・」


 魔王と名乗ってはいるが、そんなはずはない。


 なぜなら魔王は、既に世界を乗っ取って、影から人間を操っているからだ。


 しかし、


「武器を捨てろ。抵抗しなければ殺しはしない」


 ゆっくりと、歩きながら声をかけてくる。


 絶対に嘘だ。間違いなく殺される。


 しかしながら、戦う前から分かる。


 圧倒的な暴力と敗北感に二人は包まれる。


「お・・・おい、これはさすがに・・・」


「そうね、勝てないわ」


 ドライの顔が引きつっている。


 しかし、


「でも、足止めくらいは出来るわ。ドライ、全員に撤退指示を出して」


「わかった」


 すぐに指示を出し始める。


「さて、私たちはここで死ぬかもしれないけれど、覚悟はいい?ドライ」


「まあ、強敵と戦えて死ねるなら本望だぜ!」


 二人は剣を構える。


「しねえ!」


 ドライが切りかかる。


「ふん・・・。遅いな・・・」


 気が付くと、ドライの背後に立っている。


「む?その武器、大魔王様のと・・・」


 風を切る音と共にアインも切りかかる。


 そして、ドライも切りかかる。


 挟み撃ちの攻撃、逃げ場はない。


 しかし、


「その剣、よく切れるから危ないんだよね」


 魔王は、その大きな体を半歩ずらすだけで二人の剣は空を切る。


 皮一枚、ギリギリの完璧なタイミングで攻撃を躱す絶技。


 その技術の高さはまるで、


「くっ!ゼロ様の真似事をするな!」


「え?ゼロ様?誰?」


「とぼけるな!このブラッドスーツの事も知っているんだろう!」


「・・・よく、分からないな。何を言ってるのか・・・」


 本当に知らないようだった。


「あなた、何が目的なの?」


 どうやら言葉を理解することが出来るようなので、聞いてみた。


「目的か。そうだな・・・」


 何かを考え込んでいる。


 目的など無かったのだろうか。


「君たちは、この世界が歪んでいると思わないか?」


 言った瞬間、アインのゼロとの記憶が呼び覚まされる。


 言葉遣い、仕草、声、全てがゼロと重なって見えた。


「私はね、この世界の歪みを治したいんだ」


「・・・あなた、何なの?」


「私はただの魔王さ、ちょっと世界でも救ってみようと思っているだけのね」


 

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