父さん!髪が!

 アイン達を拾って二年経った。


 僕は自室で、毎月行われる定時報告をアインから受けている。

 アイン達は着々と力を身につけて、随分と強くなった。

 もうみんなどこかへ行ってしまったが。


 ダークリベリオンの人数も増えたらしい。

 本当かどうか分からないが、たぶん僕を喜ばせるためのでっち上げだろう。

 今考えると、彼女達には本当に申し訳ないことをしたと思う。


 僕は、事実無根の話を彼女達にしてしまったのだ。僕の話が嘘であることには当然もう気付いているだろう。

 ただ、それでも彼女達は僕に話を合わせてくれている。


「ゼロ様、今月の報告を致します。まず魔王の勢力についてですが、王国内全域に渡って、勢力が深く広げられていることが確認されました。魔王を封印する力についても、教会内部での最重要機密として隠し通されているようです。力の使い方や詳細については、未だ調査中ですが、古代の遺跡に眠っていた魔剣を扱えることができる可能性が出て来ております」

「うむ」


 この毎月行われている報告はどれも僕を喜ばせるためのでっち上げだ。間違いない。

 僕はあまりにも出来過ぎている話なので途中からあまり聞かなくなっていた。


 僕が保護した天恵無しの者は9人。全員女だった。そのあとは面倒になって全て個人個人に任せている。

 思えばこの二年間、彼女達はよく僕の妄想に付き合ってくれたと思う。そもそも魔王なんて存在しないのだ。勇者も本来は正義の味方のはずだ。


「ナンバーズのファンが教会本部の見習いとして内定を頂いたようです。今後は更なる情報を集めることが出来そうです」

「ふむ」


 ファンとは五番目に助けた女の子だ。

 強さでいえば他の8人に比べると少しばかり劣るが、コミュニケーション能力が高い。きっと誰にも嫌われないであろう性格の持ち主だ。


「ダークリベリオンも着実に勢力を拡大しており、他国にまで支部を設置するに至っております」

「うむ」


 結局のところ、彼女達は僕の嘘に気付いているのだろう。

 でも命を助けられたからしょうがなくこの茶番につき合ってくれているのだ。


 彼女達と過ごした一年間、思えば色んなことを教えたし、教えられた。

 前世での社会の仕組みや画期的な商品、文学作品、芸術作品など、この世界には存在しない物ばかり。


 彼女達は僕の話をすごく真剣に聴いてくれた。

 僕は人の話をちゃんと聴く大切さを学んだよ。


「ノインの立ち上げた商会は国内だけでなく他国にまで販路を広げて凄まじい速度で急成長しております。先月は炭酸ジュースの開発に成功し・・・」

「ふむ」


 ノインは最後に助けた少女だ。

 最後であったため、他の子よりも劣っていると感じたのだろう。僕の話を誰よりも真剣な表情で聞いてくれていたと思う。


 ただ、幸せな時間というのはそう長く続かないのだ。


「世界のために、力をつけます」


 そう言って、アイン以外全員、僕の元から離れてしまった。


 よく考えれば、彼女達にはそれぞれの人生があり、それぞれの夢があるはずだ。

 誰もその権利を害することは許されないに決まっている。

 ただ、アインだけは僕の元に残って定時報告をすると言ってくれた。


 彼女が僕の設定に乗ってくれている以上、僕も彼女の期待に応えなければならない。


*

「アイン、来月から俺は王都の学園に通うことになる」


 僕は屋敷の屋根から空を眺めながら言う。


「はい。存じております」

「おそらく・・・王都には魔王を封じ込めるための武器が封印されている・・・!」

「なっ!?すぐにナンバーズ全員を召集いたします!」


 ほらきた。

 彼女達は誰も僕の言うことには否定しないし批判もしない。

 ちなみにナンバーズとは僕が直接助けた9人のことらしい。

 かっこよくて羨ましい。


 「いや、いい。恐らくかなり危険な橋を渡ることになる・・・!俺は俺で動く。何かあれば俺が対処しよう」

「ですがそれではゼロ様が危険に・・・!いえ・・・無粋でしたね。ゼロ様が直接動くとなれば間違い有りませんね」


 そう言って彼女は柔らかく微笑むのだった。


*

 話は変わるが、今、僕は風呂に入っている。

 どうやら最近王都で入浴剤なるものが流行っているらしい。

 今日は入浴剤を使って初めて風呂に入っているのだ!


 湯船に浸かりながら学園での生活を楽しみにしながらぼけーっとしていた。


 そういえば一緒にシャンプーやらリンスやら、色々な種類の香りのする石鹸なども一緒に流行り始めたらしい。

 中には育毛シャンプーやら脱毛クリームなんかもあるらしい。

 シャワーの前にはいくつものボトルが並んでおり、母さんが王都に買い物に行ったときに大量に買ってきたみたいだ。

 それぞれのボトルに名前が書いてある。


 どれか使ってみようかなと悩みながら吟味していると、一つだけ名前の書かれていないボトルがあった。


 名前が書かれていないということは恐らく変に香りのするシャンプーが気に入らなかった父さんが自分用の無臭のシャンプーを用意したのだろう。


 中身がかなり減っている。

 しょうがない、補充しといてやろう。

 補充用の詰め替えボトルを探す。


 詰め替えボトルにもそれぞれ名前が書かれていたが、二つだけ名前の書かれていない物があった。


 どっちかだろう。

 いや、どっちも同じなんじゃなかろうか。

 まあどっちでもいいか。


 僕は勢い良くボトルを補充した。

 その補充用ボトルの隅の方に小さく、脱毛クリームと書かれているのに気付く者は、誰も居なかった。


*

 翌朝。


「ぎゃあああ!!!!」


 またしても父さんの部屋から悲鳴が聞こえる。


「コヒュッ・・・コヒュッ・・・かみ・・・グフッ!」


 父さんが気絶した。


 息はあるし、脈もあるが、決定的に違う場所があった。

 昨日までうっすらとあった髪の毛が全て無くなっているのだ。


 まあまたタンスの角に小指ぶつけたのだろう。


 僕はどうでもよくなり朝食を食べに行くのだった。

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