魔女と王女と死に損ない

「逃げるぞ! いくら貴様が不死者でも、魔女あいつの“火炎瀑布”を喰らえば塵も残らん!」

「いや……え? 不死者?」


 ぼく……というか、ぼくの身体であるマークスは死んだのか。目が覚めたら、クレーターみたいになった水溜まりのど真ん中だったもんな。たぶん直撃を喰らって、ご本人は身罷みまかられたんだろう。その身体に、ぼくが入り込んだんじゃないかと思われる。

 合掌。


「……してる場合じゃない!」

「なッ?」


 凄まじい稲光と轟音、降り注ぐ大量の水と土砂。ドロドロになってぼくらは逃げ始める。


「姫! なんか武器とかないんですか! あるでしょ⁉︎ 魔法で対抗するとか! 兵器を出すとか! 眷属を呼ぶとか! ね?」

「“ひめ”? マークス、貴様どうした⁉︎ 性格が、変わったようだぞ⁉︎」

「変わったんですよ! 説明は後! 魔女を倒さないと、ぼくらふたりとも死んじゃいますよ⁉︎ 姫は生き返れないんですよね⁉︎」

「当たり前だ! 不死者など、マークス以外に聞いたこともない!」

「だったら倒してください!」

「勝手なことをいうな! それが出来んから逃げ回っているんだろうが!」


 そして、このままでは共倒れだと知ったマークスは自ら身代わりになって姫を逃がそうとしたのだ。たぶん。

 それに気付いた姫は戻ってきてしまったわけだけどな。マークスくんの思いを無にしてしまった自覚とか、ないんだろうか。空気読めない無神経な善人って、いるからな。他人の都合とか気にせず実行に掛かるリスクやコストも考えずに、しょうもない理想論ばっか語るタイプ。

 そんなのが上司だったら、マークスくんも可哀想な子だな。死んじゃったみたいだけど。


「マークス!」


 靄と煙と降り注ぐ土塊つちくれの向こうから、何かが来る。

 敵を見極めようと身構えていたぼくの胸倉を、姫は無理矢理に引き寄せ振り向かせた。


「ちょ、何して……」

「自分だけが、犠牲になるという考えを捨てろ」

「え、いや、だって」

「だってじゃない! 貴様が死んでわたしだけが逃げ延びて、それでどうなるというのだ!」

「どうって、あなただって死にたくないでしょうが⁉︎」

「貴様の犠牲で生き延びるくらいなら、死んだ方がマシだ!」


「……ッ!」


 急に、怒りが込み上げてきた。身勝手なことばかりいうこいつ・・・のせいで、マークスの死は無駄になったというのに。そのまま彼女が逃げ切れれば、彼の死だって意味はあった。魂はともかく身体は再生されたんだから、一応みんながハッピーエンドになったはずなのに。


「ふざけるなよ! アンタ・・・が戻ってこなかったら! 無事に逃げ切れたら! マークスは・・・・・それで良かったんだ! しょーもないご主人様を生かすために! 魔女だかなんだかと刺し違えてやるんだって、覚悟を決めたんだぞ! それを“死んだ方がマシだ”なんて、絶対にいわせない!」


 チカッと、頭の奥で痛みと記憶と声が瞬く。

 あまりに膨大な質量と情報量で、意識が読み取ることを放棄する。かろうじて認識できたのは断片的な光景と単語だけだ。


「ああ、クソなんだ、これ……⁉︎」


 それが何なのか知覚する間もなく、すぐそばで爆発が起きて、ぼくたちは呆気なく吹っ飛ばされ転がる。


「あああぁッ!」


 とっさに王女を庇ったのは、ぼくというよりマークスの身体が勝手に動いたのだろう。


「姫、怪我は!」

「いや、大丈夫だ。それより」


 彼女の無事を確かめて、立ち上がろうとしたところでヘタリと膝から力が抜けた。熱いのか冷たいのかわからない。あまりに鋭く深い、痛みとも呼べないものが全身を貫く。何がどうなったのかわからないけど、かなりのダメージを受けたらしい。息が止まり、目の前が暗くなる。


 再生者って、死にかけても平気なわけじゃないんだな。生き返るんだとしても、これ……


 死ぬほど痛い。


「……マー、クス。……貴様、またッ!」


 倒れ込んだぼくを、王女様が見る。顔も髪も服もみんな、泥と水と爆風で掻き乱され汚されまくってグシャグシャだ。

 おまけに――たぶんぼくの――血まで塗りたくられて、妖精めいた美貌がひどいことになってる。泣きべそかいて表情は歪んで、涙で顔がシマシマだし、鼻血混じりの鼻水まで出てる。

 それでも、綺麗だなと、ぼくは心のなかで思う。この子を守るためになら死んでも良いって、マークスは思ってたんだろう。

 とはいえ、ぼくには他人事だ。命を張るだけの価値があるかは知らない。正直あんまり、興味もない。さっき知覚した断片的知識が、ぼくを開き直らせた。


 マークス、お前どうかしてるよ。


「ああ、姫……じゃなくて、そうそう、“クラファ殿下”でしたね。殿下、十数える間だけ、魔女を牽制しといてください。それぐらいしたら、なんとか動けるようになるので」

「マークス?」


「ぼくは、もうマークスじゃない。たぶん、彼は死にました。あなたを、守ろうとしてね」

「くッ!」


 ぼくは彼女を突き放す。お為ごかしはもう結構だ。彼は……彼らは、苦境で足掻いてどうにもならなかったし、どうにかしようとして失敗したのだ。


 だったら、もうここからは別の人生だ。


 命の恩人に報いようと必死だった、“死に損ないの孤児みなしごマークス”にとっても。

 生まれ故郷のヒューミニア王国から国賊として追われる“元王女クラファ”にとっても、だ。


「……さあ、最期のときが近付いてきたわよ、王女殿下。いいえ……“国賊クラファ”?」


 ひどく嬉しそうな声を上げて、魔女が迫ってくる。ザバザバと水溜まりを掻き分け、わざわざゆっくりと近付いてくるのはこちらの恐怖と絶望を煽るための演出だろう。悪趣味なババアだ。


 悔しさと憎しみを噛み締めながら睨みつけるクラファを見て、ぼくは覚悟を決める。魔女を殺して活路を開く。そのために必要なのは知恵や勇気や魔法の力ではなく……


「ねえ、ときに殿下。お金、持ってます?」

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