ワイルド・アット・ハート

「やるしかない。お前となら、できる」

「姫様」

「わたしは、お前を信じる。お前は、わたしを信じろ」


 息を吐いて、UMPを構えた。暗視ゴーグル越しに視線を合わせて、ぼくらは小さく頷く。


「もちろん」

「行くぞ」


 接近するぼくらとの距離が二百メートルほどになったとき、見張りが気配を察した。


「敵襲!」


 反応が、思ったより早い。ぼくはUMPを構えて、引き金を短く二度絞る。


「ッぷ」


 胸倉に45ACPを喰らった見張りが膝から崩れ落ちた。次の標的に銃口を振り向けたときには、残るふたりは遮蔽に転がり込んでいた。見張りの死亡確認に間を取り過ぎたか。

 姫様の方は着実に敵を削っているようだけど、ぼくの方は難航中。咄嗟に見せた俊敏さと判断能力の違いは場数の差があるように感じる。

 拙いな。左側こっちがリーダー格だったか。


「落ち着け、奴らはこちらが見えてない」


 隣から小さく伝わってきた声に、ぼくは改めて敵を確認する。

 倒木を遮蔽にして隠れてはいるが、たしかに敵ふたりは直近に銃火の上がった姫様の方に向いている。

 よく狙って、わずかに露出した肩を撃つ。敵は息を呑んだように反り返って、背後へと転がる。回り込んでいたぼくからは丸見えの位置だ。胴体を狙って二発。流れた弾丸が頭部を撃ち砕いた。あとひとり。


「マークス、けろ!」


 焚き火の脇に、立ち上がって弓を引き絞る壮年のエルフが見えた。倒れ込むように回避するぼくの傍を束ねられたようにまとまった矢が立て続けに通過してゆく。銃火を目標にしていたらしく追撃は来ない。

 静かに匍匐前進して少し離れた遮蔽に移動する。息を吐き、狙う。こちらに反応がないのを殺したと判断したか、右手の離れた位置にいるクラファ殿下に向けて動き出そうとしている。ぼくが放った45ACP二連射は青白い光に弾かれた。

 なにあれ、魔法的な防壁か?

 追撃を加えようとしたが、姫様に流れ弾が行きそうで射撃を止める。


「見付けたぞ……クラ、ファッ⁉︎」


 セレクターを全自動射撃フルオートに切り替えた姫様が、近付いてくるエルフに残弾全てを叩き込んだ。


「ぐ、ふォッ!」


 青白い光は四方八方に飛び散ったものの、最後の数発で押し切ったらしく敵は脇腹を抉られて転がる。

 姫様は弾倉を交換して、倒れたエルフに銃口を向けた。様子見に数発を撃ち込んでみるが、動く様子はない。


「姫様、怪我は?」

「大丈夫だ。全て倒したはずだが、生き残りの確認と周囲の警戒を頼む」

「はい」


 ぼくはエルフの死体を順番に探り、死亡を確認すると同時に硬貨の入った革袋や貴金属、武器や装備を奪って回った。

 もう綺麗事をいう気はない。殺しに来た奴からは、容赦なく剥ぐ。“武器庫アーモリー”の機能としては無理だが、どこかの街でなら換金できるかもしれない。


「マークス」


 クラファ殿下の妙に沈んだ声を聞いて、ぼくは慌てて駆け寄った。彼女はエルフの死体から回収したらしい書類を開き、どんよりした顔で見つめている。

 最後に倒した壮年のエルフは、他よりも体格が大きく装備も高価そうなものだった。やっぱり、こいつがリーダーだったんだろうな。


「さっきの書類をくれ」


 そちらも同じような内容だったのだろう。サッと目を通しただけで小さくため息を吐き、両方を俺に渡してくる。収納しておけということだと判断して、ぼくはふたつをインベントリーに放り込んだ。


「どうしたんです姫様、こいつが何か?」


 姫様は俺を見て、虚ろな声で笑った。


「いや。こいつ自身は、大した問題ではない。ただ、面倒な話にはなりそうだな。こいつらは、エルロティアの傭兵だ」

「エルロティア? 姫様の、母君の故郷?」

「ああ。書類によれば、“国賊クラファ”の捕縛を請け負っていた。成果は生死問わずボディカウントでな」


 抵抗するなら殺しても良い、ってことか。あいにく死体になったのは自分たちの側だったが。


「ちょっと待ってください。こいつらが、エルロティアの住民?」

「ああ。貴様が元のマークスの記憶をどれだけ継承しているのかは知らんが、我が母はエルロティア出身のエルフ。わたしはハーフエルフだ」


 それは、わかっていた。少なくともマークスは知っていた。

 クラファ殿下の耳はそれほど尖ってもいないので、ぼくとしてはあまり意識してはいなかったが。

 そもそもぼくの身体の持ち主だったマークスは、姫様の種族が何であれ気にしてもいなかったのだろう。それを引き継いだぼくも、彼女がエルフだろうとドワーフだろうと混血だろうと特に思うところはない。知識も興味もない、が。

 いまの問題は、別のところにある。

 マークスの知識で知ったのだが、ヒューミニアは人間種ヒューマン至上主義の国。エルロティアは、人種優越の思想はないにせよエルフが建国し、ほぼエルフだけで構成される国だ。

 ちなみにヒューミニアとエルロティアの間にある三国、ケウニア、マウケア、コルニケアは純血に意味があるとは考えず、雑種強勢かけあわせで優れた人材を生もうとしていて、――それが上手くいってるかどうかは異論もあるにせよ――思想信条だけなら比較的リベラルといえる。

 対して、ヒューミニアとエルロティアは保守的な傾向があり、他国との外交や交流を積極的には行わない。民間の商業的接触があるだけだ。商業それにはエルロティアの主要産業である傭兵業も含まれる。


「エルロティアのエルフが、ケウニアに雇われるのは想定内だ。傭兵はエルロティアの主要輸出品なのだからな。ただ、“エルロティアの血を引く、ヒューミニアの王女”を殺しに来るとなれば、エルロティア内部も勢力が割れていると考えた方が良い。父祖の国として保護を求めるつもりでいたが、そう簡単な話にはならないかもしれん」

「……わかりました」


 正直あまり事情はわからないけど、ぼくは姫様に答える。


「エルロティアの民にも油断はしないようにします」


 ぼくの方を見て、姫様は小さく頷く。

 助けを求めようとしていた父祖の国の同胞と、ヒューミニアの思惑で殺し合いをさせられることになろうとは思っていなかったのだろう。

 エウロティアに受け入れてもらえなかった場合、逆に敵対され兵を向けられてしまった場合、ぼくとクラファ殿下は行き場をなくす。いま起きている事態とこれから起きるであろう事態を考えればケウニアで暮らすのは難しいだろうが、マウケアかコルニケアであれば逃げ込み潜伏するのも、そう難しい選択ではない。


 もしくは、エルロティアから更に北へ向かうか。

 そこには、雑多な民族が混じり合って暮らすリベルタンという国がある。

 先住民と移民と棄民と亡命者と犯罪者と、来るものを拒まず人口が膨れ上がった結果、政治と経済は混乱を極めた。幾度も内乱と分裂を繰り返して滅びの際まで行き、また再統合して国体を再建したという不思議な国。

 “悠久の新興国”“永遠の発展途上国”とも呼ばれる、奇妙な混沌の国だ。


「マークス、貴様が何を考えているかは、わかる。しかし残念ながら、エルロティアから逃げるわけにはいかないのだ。わたしは」


 クラファ殿下は、倒れているエルフたちを暗い目で見つめた。


「エルロティア王家の末裔でもあるのだからな」

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