ガンズンロードダスト
正直、あまり良い状況ではない。有り体にいえば、無謀にも程がある。姫様もぼくも、習熟の時間も回数も取れないまま実戦に突入することになるのだ。予備銃身と弾帯の交換は何度か試してもらったが、敵地で行うには音が出る試験射撃も、弾切れ後の弾帯交換も、初回は実戦下で行われる。
ぼくはぼくでペーパードライバーが初めて乗るハンヴィーの試運転をしながら敵地に乗り込むことになる。
「いざとなれば、“ゆーえむぴー”も“えすけーえす”もある。問題ないぞ、何もな」
「姫様、トラブルの際は必ず車内に入ってくださいね。矢と槍くらいは防げますから」
「わかった」
前進。アメリカ製の車らしい大排気量の轟音を立てて、ハンヴィーは力強く巨体を前に進めてゆく。アクセルを踏むだけのATなのは助かる。バイクや馬で旅していた頃とは違って、雨でも槍でも防げそうな安心感があった。そんなときに限って雨は上がり、ときおり雲間から陽光が差し込んだりしているのだけれども。
スピードは車重を考え、何かあったときに急停止できる時速四十キロほどにとどめる。燃費も明らかに悪そうだからな。思い切りアクセルを踏み込むのは緊急時くらいにしておこう。
「すごい音だな。まるで猛獣の突進だ」
「同感ですね。運転してると、面白いけど変な感じです」
銃座担当のクラファ殿下も、敵影が見えるまでは助手席で待機だ。
余裕があるうちに水分と栄養の補給を、と伝えてあったので、ミネラルウォーターのボトルと菓子やスナック類が適当な箱にまとめて座席横の台に置かれていた。
その台、運転席と助手席の間を通って前後に伸びている会議用長テーブル並みにデカい代物なのだが、なかにはエンジンからタイヤに動力を伝えるドライブシャフトが入っているらしい。そんなもんがあるせいで、バスほどもある車幅のわりに車内は狭い。
軍用車両というのは、初めて乗るとかなり違和感のある構造だなと思う。
「前方に停車中の馬車……こちらを警戒してますけど、あれは敵ですかね?」
「いや、武装している様子はないし、服も商人のようだ。違うな、そのまま通過だ」
商人と思われる中年男は、ハンヴィーとすれ違う瞬間まで、襲い掛かる化け物を見るような目でこちらを睨みつけていた。
「姫様の判断で正解だったようです。敵意は剥き出しでしたが」
「それはそうだ。……
出発してから一時間ほど。いままで走ってきたのは枝道だったらしく、大きな道と合流して道幅が広くなった。姫様によると、ここから先はケウニアの首都イメルンに向かって走ることになるらしい。住民の姿こそ見えないが、周囲の風景も集落が近くにあることを思わせる人の手が入ったものになってきていた。
点在していた林が途切れて遠くに田園風景が見え始めた頃、姫様が立ち上がって銃座に向かう。
「どうしました」
「敵だ。思っていたより早かったな。橋のない場所に布陣するとは。おそらく盗賊ではなく兵士だ。その丘を越えた先で阻止線を敷いている」
「
「いや、それほどの魔力は感じない。歩兵か弓兵だろう」
なるほど。魔力を放出している敵だけを察知しているわけではないのね。魔力による探知、という意味か。なんにしろ、ここはクラファ殿下にお願いするしかない。
「丘の手前で停止、そこからゆっくり進んでくれ」
「了解です」
小高い丘の手前で指示通りに停止。姫様が射撃態勢に入るのを待って、微速前進で稜線を超える。
「重装歩兵が三十……いや、四十はいるか。弓兵は見当たらんな」
「ぼくらが通るとか、通達でも来てるんですかね」
「わからん。蹴散らして突破するか?」
「ここは殲滅しましょう。ここまでの防御体制を取るほど警戒しているなら、生き残りを出すと禍根を残します」
「……わかった」
姫様は、動き出した重装歩兵集団に向けてM240の射撃を開始する。縦横に弾幕が広がり、金属盾で弾丸を弾くように火花が散った。それが続くと、前列から少しずつ倒れる者が出始めた。やがて、跳ね回る青白い光は魔導防壁が砕かれる魔力光なのだと気付く。瞬く光が増え始める。
「防御に魔道具を集中させているな。こちらの武器を把握しているように見える」
冷静に分析しながら、姫様は射撃を続ける。百二十発の弾帯を使い切る頃には、敵陣に動く者はいなくなっていた。
ハンヴィーを前進させて、死体の脇を通過する。弾帯交換を済ませた姫様に周囲の警戒を頼み、車から降りたぼくは甲冑を着込んだ指揮官らしい男の死体に近付く。
本人と周囲に転がる士官たちの懐を探って、命令書類と思われる巻物を回収。ついでに革袋もいただく。盗賊たちを相手にさんざんやってきたことではあるが、今度はわずかばかりの罪悪感があった。
「これをお願いします」
運転席に戻ると、銃座の姫様に巻物を渡す。車を発進させて、そのまま北上を続けた。銃座から降りてきたクラファ殿下が血で汚れた書類をこちらに示す。
「度し難いな」
「なんて書いてあるんです?」
ぼくに読めるのはマークスが知っている文字と知識だけだ。書類に記されているのは貴族が使う飾り文字で、その素養のないマークスには読めない。当然、ぼくにも。
「わたしはヒューミニアの王族殺し、そしてケウニアに偽造通貨を流通させた犯罪者だそうだ」
「
「まあ、前半分は嘘ではないがな」
「どうされます?」
「かまわん。いまさら何をしようと、どう足掻こうと、結果は変わらんのだ。わたしの行く先も」
「……
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