夢と棺
買ってしまった。生産数と損耗率を考えれば、これは
嫌な匂いはしない。油脂と埃と硝煙らしき焦げたような匂いがするだけだ。別に霊感があるわけじゃなし、それ以上のことは拘らないようにする。
あとは、こいつをどう生かすかだ。
「おはようマー、くおおぅ……⁉︎」
夜が明けてテントから起き出してきた姫様は、いきなり目の前に現れた巨体を見て、動揺と興奮を隠し切れずにいる。
「こ、これが“そうこーしゃ”か?」
「ええ。正確には軽装甲車両、らしいですけど。ハンヴィーといいます。前に乗ってもらったバイクと同じように鉱石の油で走ります」
「“はんびー”……なるほど。上にある箱のようなものは何だ?」
「そこは銃座で、四角いのは盾です。そこにMG3みたいな
「ほお……」
いつもは冷静なクラファ殿下が、車体の周りをウロウロしては装甲板を拳で叩いたり、窓から車内を覗き込んだりと忙しい。ドアを開けて車内も見てもらう。銃座に着くのが自分だと聞いて、喜べば良いのか怖れれば良いのかわからないというような顔で首を振った。
「これは凄い。“聞きしに勝る”、というやつだ。どんな敵が来ようと負ける気がしない」
「そこまで、ですか」
ソ連製の装輪装甲車、BTR-70と最後まで迷った。
どちらもタイヤで動き普通乗用車と似たような――というとかなりの語弊はあるが――操縦感覚、車幅は三メートル弱と大差ないが、BTRは八輪で全長が七メートル半で車重が11・5トンもある。さすがに扱い切れないと諦めて装甲板付きのハンヴィーにした。重装騎兵が上限の敵に対して、主武装の14.5ミリ重機関銃はコストも威力も過剰過ぎる。
対して装甲ハンヴィーは全長で五メートル弱、車重6トンほどだ。軽装甲車両と考えれば大きいし重いが、許容範囲だろう。
この世界では地雷も
戦略級の大規模魔法などは大国間の総力戦でしか使われないと姫様がいっていたので、対人攻撃程度の魔法ならば防げると楽観視している。
ハンヴィーの銃座にマウントされていたM240汎用機関銃の予備銃身と百二十発入りの7.62x51ミリ弾ベルトリンクも購入した。出発する前に、姫様がひとりで交換できるように慣れてもらう。
後部座席に武器弾薬とミネラルウォーター、軍用の
朝食は軽めにビスケットとジャムとコーヒー、それに温めたシチューの缶詰だ。
「こっちの小さな袋が、甘いものです。ポケットに入れておいて、疲れたときに食べてください」
「わかった。しかし、これが軍の食事とは。ずいぶん優しい軍もあったものだな」
姫様はそういいながら、アルミ容器に入ったシチューを口に運ぶ。
この世界の軍隊が何を食べているかは知らないけど、たしかにチョコレートやキャンディをポッケに入れてくれたりはしないだろうなと思う。
「美味いな。これは……腸詰か?」
「そのようですね。すみません、ここの国の文字は、ぼくも読めないので」
「貴様のいた世界では、国ごとに文字が違うのだな。面倒だが、面白い」
そんなもんですか。こちらの世界では文字や言葉が共通なことに、いまさらながら驚く。そうか。たしかに、ヒューミニアとケウニアで言葉が違っていたりはしなかった。
金貨や銀貨も鋳造国によって刻印に違いはあるが、同一比率に決まっているそうだ。
「……となると、ヒューミニアの
「他国に対して罰を与える権限はない。方法も戦争以外にない。商人の間で情報が広まれば、ヒューミニア金貨は受け取り拒絶になるか、交換比率が下がる。せいぜいが、その程度だな」
王族が馬鹿なことをした結果、ダメージを受けるのは民間人か。やりきれないな。
「貴様が何を考えているかはわかる。王族の瑕疵で国は簡単に傾くものだ。ヒューミニアは、もう長くない。このままいけば、ケウニアも災禍に巻き込まれるだろう」
「災禍?」
姫様は、困った顔で首を振った。
「自覚はないのか、マークス。貴様のことだ」
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