伏兵と伏魔殿

「音が止まったぞ」

「確認しろ」

「いや、動かない方がいい。まともな奴なら、ゴブリンへの対処に向かう」


 同感だ。まともな奴ならな。そして上から狙い撃ちにされるわけだ。

 静かに傾斜を上ってゆくぼくの耳に、複数の男が囁き合う声が聞こえた。ホルスターから拳銃を抜く。もちろん使った経験なんてない。可能な限り近付いて、よく狙って撃つしかない。でないと。

 尋問前に殺してしまう。


 岩陰に隠れて弓を構えていた男の後頭部を、M9で撃ち抜く。けぷっと末期の息を吐いて、死体は隣の岩にもたれ掛かった。

 その隣でスイカほどの石を掲げて投げ落とす構えだった男も、腰を撃って無力化する。


「ああぁあぁッ⁉︎」


 残るひとりは手ぶらで状況を確認していたところからして、おそらくリーダーなのだろう。

 ようやくこちらに気付き、振り返ったところで膝を撃つ。


「がッ!」


 ぼくを見て立ち上がりかけた男はバランスを崩し、顔から地面に叩き付けられた。雨水でぬかるんだ泥に突っ伏して、男は一瞬息が出来ずにもがく。


「「ああああああぁッ⁉︎」」


 腰を射抜かれた男と膝を砕かれた男が、揃って情けない声を上げ甲高く罵り喚き始めた。

 “王家の影”というのはニュアンスからして隠密部隊か諜報部隊か、高度に政治的な特殊任務を担う精鋭部隊なんじゃなかったのかな。少なくともクラファ殿下の魔力探知サーチからは逃れていたのだから、隠密能力だけでいえば優秀なのだろうけど。

 ずいぶんと、イメージが違う。


「動くな。抵抗すると、痛い目に遭うぞ?」

「だッ、れが……」


 腰の武器を抜こうとしたリーダーらしき男は、もう片方の膝を撃たれて横ざまに転がる。

 甲高い悲鳴は、もう泣き声に変わっていた。


「だから、いったのに」


 腰を撃った男の方は、もう静かになっていた。血の気が引き紫色になった唇からわずかに白い息が出ているから、まだ死んではいないようだけど。

 リーダーの男は、死んだ部下と死にかけた部下と、砕かれた自分の両膝を見て、最後にぼくを見た。

 ぼくが持つ、自動拳銃を。


「ぼくが魔女を殺したのを、見たのか?」

「……ッが、あ……」


 怒りと憎しみと蔑みに濁った目。肯定と受け取る。

 化け物を見るような目だ。こいつらは、ぼくが死んだか死にかけたかしたところも見たわけだ。


「あのババアを始末した後で、ぼくらが北に抜けると踏んで罠を張ったわけだな。ゴブリンの群れに餌を撒いて、どうやったか知らないけど、小道を通ってくるぼくらの注意を引き付けさせようとした」

「……それが、どうした!」

「それは、お前たちの独断か?」


 目が泳ぐ。ぼくは銃を、虫の息になった部下に向ける。


「それとも、誰かの指示か」


 部下の頭を吹き飛ばすと、リーダーの男は一瞬ヒッと息を呑む。

 ぼくが顔を覗き込むと、視線は左上を見た。

 記憶を、反芻している。


「こ、答える必要は、ない!」

「なるほど。誰かの指示というわけだ。となると、いくつか選択肢がある。王と第一王子ケルファの派閥、軍部と第二王子トリリファの派閥、王妃と第一王女マグノリファの派閥だ。クラファ王女にとって結果は同じだから、誰であろうとどうでも良いんだけど。一応、訊いておくよ。お前の所属は?」

「答える必要は……」

「ないよ、もちろん。必要があるとしたら、返答ではなく命乞いだ。ゴブリンは……」


 ぼくは、坂の下を覗き込んで男を振り返る。


「こっちに向かって来るようだ」


◇ ◇


 嬉々として傾斜を登ってゆくゴブリンの群れをやり過ごして、ぼくはバイクのところまで戻った。


「お待たせ、姫様」

「遅い!」


 クラファ殿下は車体の陰でうずくまって魔物たちの視界から隠れようとしていた。あいにく、こちらに来る様子はなかったけど。


「魔物の群れが迫るなかで、長々と何を話していた」

「クラファ殿下にご執心のようだったので、どこの息が掛かった部隊かと質問を」


 丘の上から甲高い悲鳴が上がり、しばらく泣き喚いた後で静かになった。


「あれは」

「ゴブリンのご飯です。差し入れてくださった・・・・・・・・・・のは、現王妃と第一王女マグノリファ派閥」


 聞き出した情報を伝えると、クラファ殿下は首を振って溜め息を吐いた。


「度し難い。腐ってもヒューミニアの王族だろうに、個人の感情のためにエルロティアを敵に回すつもりか」

側妃の生家に敵対するそういう意図はないみたいですよ。単に、クラファ殿下を仕留めたかっただけで」

「同じことではないか」

「その辺が、マークスならざる身のぼくにはイマイチわからないんですけどね。姫様、いったい何をやらかしたんですか?」


 国賊だとかなんだとか、それが事実にせよ冤罪にせよ、敵対勢力が急に誹謗中傷するようになったのには何か理由があるはずだ。主張して押し通せば排除できるかもしれない。そこにメリットがあるとしても、さすがに一定の勝算がなければ動かない。

 つまり、クラファ殿下は相当の恨みを買ったか、相当の失敗をやらかしたのだろう。


「何もしない。母の死後、わたしはただひたすら静かに目立たぬよう過ごそうと努力してきた」


 いささか無礼なぼくの疑問に、テルテル坊主な姫君は空虚な笑みを浮かべた。


「それが問題だったのだ」

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