雨音と葛藤

 結局、姫様の事情に深入りするのは避けた。

 それから三時間ほどバイクを走らせ、日が傾き始めたところで夜営の準備に入る。


「今日も散々な一日だったな」

「ぼくには最初の一日なんですけどね。王家の追っ手も捨てたもんじゃありませんよ。けっこうなカネは手に入りました」


 特に最後の影とかいう連中、王妃や第一王女からの報酬なのか金貨で七十枚近くも持っていたのだ。ホクホク顔のぼくをクラファ殿下は呆れ顔で見る。


「すみませんね。マークスらしくしようかと思ってはいるんですが、生き延びるのを優先してるうちに、つい」

「良い。貴様には感謝している。……おそらく、マークスもだ」

「はい」

「貴様の正体は、人間ではあるのか?」

「はい?」

「もし魔界の住人やらなんやらであれば、こちらも気を引き締めて掛からねばなるまい」

「……あー、っと。魔界の住人そんなの、いるんですか?」

「知らん。ものの喩えだ」

「なるほど。ぼくは……魔界じゃないですが、異界から飛ばされて来たようです。魔力や魔法のない世界で、その代わりにこのような武器が発達しています」


 弾薬を抜いたM9を姫に手渡す。一応、タマがなければ鈍器でしかないと渡す前に説明しておいたが。


「平和な世界ではないのだな」

「皆そうあろうとはしていましたが、なかなか」

「どこも同じか」


 銃を返してもらうと、“武器庫アーモリー”を立ち上げて夜営用のテントと寝袋、それに大箱の軍用携行食を買う。見張りのとき雨避けになるタープと、保温用のエマージェンシーブランケット(アルミ蒸着フィルム)もだ。

 着替えになるようなオリーブドラブの戦闘服も購入した。姫にはカーキ。迷彩も考えたが、町に入ることも考えたら悪目立ちし過ぎる。


「助かる」

「えーと、すみません女性用下着は売ってなかったので、これを」


 Tシャツとトランクスだ。これも軍用なのか素っ気ない感じのオリーブドラブ。クラファ殿下は妙な顔で素材を確かめている。


「気に入りませんか。町に着いたら何か……」

「いや、これも平民用なのだろう? ずいぶん質が良いと思っただけだ」


 そんなもんか。改めて見ると、姫様カモフラージュなのか逃走用か庶民的な木綿の上下に紐で締める感じのアンダーウェアを着ているっぽい。

 胸はけっこうあるみたいだけど、どうしてるのかまではわからない。まさか聞くわけにもいかないしな。


「着替えは、その天幕でお願いします。食料はこれを。見張りはぼくがするので、先に休んでもらえますか?」

「貴様は」

「明け方に交代してください。武器はそのとき渡します」


 武器か。何が良いんだろう。マークスの記憶によれば、クラファ殿下が得意なのは槍と細剣だ。そのふたつなら、兵士のなかに混じっても互角以上に戦えるようだ。

 しかし、“武器庫”も、そんなものは扱ってないんじゃないかな。

 まあ、いいや。夜は長い。

 昼間は毅然とした態度を見せていたが、辛いことが続いて精神も限界なんだろう。マークスが消えたのも、そのひとつ……いや、たぶんトドメの一撃だ。

 テントのなかで声を殺して泣く殿下の気配を感じながら、ぼくはタープの端から落ちる雨垂れを数えていた。

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