姫の槍と後備の糧

 東の空が明るくなりかけた頃、ぼくが呼ぶまでもなく姫様がテントから出てきた。


「おはようマークス」

「おはようございます、殿下。よく眠れましたか」


 ぼくの言葉を聞いた彼女は、なぜか切なげに目を細める。


「マークスが、よくそういっていたな。その後に、いつも“良い朝ですよ、殿下”と」

「……すみません、無神経な真似を」

「良い。懐かしい気持ちになっただけだ。あいつが、まだ一日にもならんのにな」


 話を変えることにして、ぼくはタープの陰に置いといた物を、クラファ殿下に差し出す。


「なんだ、これは」

「SKSカービンという銃です。銃身そこの、下にある剣をクルッとひっくり返すだけで槍になります。姫様、槍がお得意でしたよね?」

「ああ。それなりに、だがな。……ほう?」


 殿下は銃剣を引き出してセットし、構えて突いて薙ぎ払う一連の動きを試す。ぼくの素人目には、なかなか様になってるように見える。


排莢口そこの上から弾薬を込めて、引き金を絞れば致死の弾丸たまが発射されます。ああ大丈夫、いまは入ってないです」

「それは……貴様が、魔女を切り裂いた、あれか」

「あの銃に比べたら半分ちょっとの力しかないのですがね。それでも、金属甲冑くらいなら易々と貫きますよ」

「なッ!」

「銃というのは、そういうものです。慣れてください」

「貴様は、自分が何をやっているのか、何をわたしに託したかの自覚はあるのか?」


 ない。

 でも、“ちょうどいい力”、なんてものが存在しないことは理解している。

 結局のところ、戦いというのは生きるか死ぬか。殺すか、殺されるかの二択しかないのだ。


「生き延びたければ、それに必要なことをするだけです」

「……これが、そんな生易しいものとは思えん」

「姫様なら、すぐに使いこなせると思いますが、最初は違和感があるはずです。いまのうちに慣れてください。それは……最初の一歩でしかないのですから」


 本当は、もう少しだけゆっくりと進めるつもりだったんだけどな。


「……マークス。なんで目を逸らすのだ」

「あ、いえ。こちらの問題で」


 いえない。“状態難あり・使用に問題なし”というSKSを三丁のつもりで弾薬付きの三セット頼んだら、三十丁届いてしまったなんて。

 古い銃なのに中途半端な値段だなあ、とは思ったんだけど。それでも安いことは安かったので、徹夜明けであまり考えずボチッてしまったのだ。

 弾込め用の金属クリップが百近く付属してきて、弾薬なんて七百発入りの巨大なオイルサーディンの缶詰みたいなのが三つだ。どうしようか、あれ。


 まあ、良いや。

 不朽の名銃AK47に負けてソ連軍の主力小銃にはなれなかったけど、安くて丈夫で精度も信頼性も高いと聞いたし。AKと共通の三十口径(7.62×39ミリ)弾薬は、追加が必要になったとしても信じられないくらいに安価だったし。

 これ、地の利と人員さえ確保できれば、王国の主戦力が相手でも善戦できそう。


「ねえ、姫様」

「なんだ、どうしたマークス。おかしな笑顔を浮かべて」

「滅ぼしましょうか、王国」

「ぶほッ⁉︎」


 激しく噎せる金髪美少女を見つめながら、ぼくは自分が最後の一線を越えようとしているのを感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る