ゲッダゥン

「全員、車内に退避してください! 乗車後はハッチを閉めて!」

「「応!」」

「あなたがたも、こちらへ!」


 カワサキのバイクで追随してきてた情報部の斥候員ふたりも、攻撃魔法の規模と威力が不明なのでBTRの車内に入ってもらう。車体脇ブラインド側のハッチを使い、その他の開口部は全て閉める。


「SKS射撃待て」


 襲撃に備えていた車体横の銃眼ガンポートも、いっぺん閉じてもらった。


「ちょっと詰めてくださ……あれ、姫様?」


 運転席後方、砲塔下部にある補助椅子っぽい座席に、姫様が掛けている。

 事前に簡単な操作方法は教えたが、ぼくだって実際に使ったことがあるわけじゃない。そのうち試射しようとは思ってたけど操作練習もまだだ。クラファ殿下は砲塔の水平回転と仰角調整を行うふたつのハンドルを両手でクルクル回し、潜望鏡ペリスコープでターゲットを確認したらしくニッと笑う。


「マークス、撃って良いか」

「ダメです姫様。あれはアルフレド王の獲物ですよ。せめて初弾は譲るのが礼儀でしょう」

「……ふむ。道理だな」


 ハンヴィーの銃座から、M240の射撃が開始された。7.62x 51ミリ小銃弾で、遮蔽の陰にいる敵にどこまでダメージを与えられるか、だな。王が初めて汎用機関銃を使うということが大事なのかもしれん。どうせ結果は決まっているのだ。


 車内に並んだゴーグルサイズの潜望鏡で覗くと、南東二百メートルほど先にある建物の陰から打ち上げられた炎の玉が五発、ゆっくりと放物線を描いて飛んでくるのが見えた。

 形体と打ち上げタイミングは揃ってるので練度は高いのかもしれない。が、ひどくノロい。サイズも小さい。バイクなら避けられそう。


「姫様、“魔女”の爆炎なんだかいうのとは、ずいぶん違いますね」

「当たり前だ。ルモアは性格こそ異常だが、ヒューミニアの宮廷筆頭魔導師だぞ? あいつの“火炎瀑布”は戦術級の魔法だ。喰らって生きてるのは貴様くらいだ」

「「え」」


 コルニケア銃兵部隊の兵士たちが喋るコオロギでも見るような顔でぼくを眺めている。


「……マークス殿、ルモアの“瀑布”を喰らったんですか?」

「たぶん。吹っ飛ばされて意識がなかったから、掠っただけかもしれないけど」

「阿呆、貴様が転がっていたのは瀑布の直撃で掘られた大穴の中心だ」

「「「えええぇ……」」」


 どぶふん、と気の抜けたような破裂音がして車体がわずかに揺れる。被弾したんだろうけど、ほとんど何も感じない。窓に焦げ目も煤も付かない。


銃眼ガンポート開け! 盗賊団の攻撃来るぞ!」


 モラグさんの号令で銃兵部隊が敵側に向いた銃眼に取り付く。とはいえ片側三箇所しかないので、残る兵士たちは手持ち無沙汰で不満そうではある。攻撃魔法の追撃があるかもしれないので降車戦闘は待ってもらった。

 ペリスコープで覗くが、ちょうど良い角度のが見付からずイマイチ外の状況が読めない。射撃が開始されて、外で倒れる敵の姿がペリスコープの視界の隅にちょびっとだけ見えた。

 SKS射手三人はそれぞれ装填した十発を撃ち尽くすと、再装填したまま射撃を再開はしない。


「どうなりました?」

「叛徒を制圧、残敵を確認中です」


 モラグさんの解説で納得し、ぼくらはおとなしく任せることにした。銃兵たちはしばらく周囲を監視していたが、動く者はいないようだった。


「モラグ副長、敵影なしです」

「よし、少し待て」


 まだ本命の魔導師に対してアルフレド王が銃撃中なので、外に出ると危ない。砲塔のペリスコープで見ていた姫様が少し楽しそうな声を上げる。


「アルフレド王の“にーよんまる”は弾かれているようだな。あれは魔導防壁と……おそらく設置型の金属盾だ」

「削れそうですか」

「撃ち続ければ、いつかはな。しかし、陛下も射撃は体験できたようだから、もう無駄玉は使わん方が良かろう。あの御仁であれば、その判断に至ると思うが」


 クラファ殿下の読みが正しかったらしく、業を煮やした王様の声が、BTR車体側面の開口部から聞こえてくる。


「マークス、頼む!」

「了解です!」

「よし、発射するぞ! 全員、耳を塞げ!」


 姫様が砲塔から垂直に伸びたグリップのスイッチを操作すると、巨大な機関銃がドゴゴゴンと強烈な発砲音を上げる。BTR-70の砲塔に搭載された主武装、KPVT重機関銃だ。使用される14.5x114ミリ弾は、かつて対戦車ライフルにも使われていた強力な弾薬。Kord重機関銃の12.7x108ミリ弾より五十%ほど強力で、焼夷徹甲弾や榴弾など爆発・燃焼系の弾頭が選択できる。

 分類上は“重機関銃ヘビーマシンガン”なんだけど、ぼくからすると、これこそ完全に“砲”だ。

 BTRの砲塔には、副武装――KPVTの照準射撃や軟目標の排除に使用される――としてPKTというM240汎用機関銃に近い7.62x54ミリR弾の機関銃も装備されているのだけれども、姫様は迷わず強力なKPVTを選択したようだ。その気持ちもわかる。戦力も火力も逐次投入は愚策だからな。


「どうです、姫様」

「制圧……した、ぞ」


 ちょっと待った。クラファ殿下はそそくさと砲塔射撃担当から外れて、脱出モードに入ってるし。


「姫様、なんでそんな挙動不審になってるんですか」

「いやいやいや、おかしいだろマークス。見ろあれを」


 見ろといわれてもな。なにをそんなに動揺しているのかと不思議な気持ちになる。

 もう危機は去ったといわれて、ぼくらはハッチからBTRの屋根に登った。


「「「うぇッ⁉︎」」」


 そこから見える南東側、魔導師たちが隠れていたあたりが大きく崩れて周囲を巻き込み炎上し始めるところだった。

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