蹄と金貨

 残念ながら、装甲馬車から金貨銀貨は見つからなかった。

 そもそもの話、街や店があるわけでもない森の追撃に現金など持ち歩いたところで使い道はない。となると、ひとりで三十数枚の金貨を持ち歩いていた“魔女”が特殊な例だったのかもしれない。どういう人物なのか知らないが、定住する家を持たない暮らしだったとか? もしくは、誰も信用しないタンス預金タイプとか。

 

「よく考えてみれば、わたしも逃亡生活のこんな状況でなければ貨幣を持ち歩く習慣はないな。まして王妃ともなれば、支払いなど執事か侍女が……」


 ぼくと殿下は顔を見合わせる。


「「侍女?」」


 女の血塗れ首無し死体をまさぐっていると自分が鬼畜になった気分だが、背に腹は変えられない。

 全部で金貨七十二枚、銀貨が四十枚ほど手に入った。ついでに兵士たちの死体をざっと探って、さらに金貨十五枚と銀貨三十枚ほどを獲得。

 ちなみに御者たちは、いつの間にやらどこかに逃げ去っていた。


「そのカネは好きにするが良い。わたしは、馬を引いてこよう」


 金貨八十七枚と銀貨四十五枚。どれもピカピカの新造コインだ。やっぱ王族ともなると、古物の貨幣なんて使わないのかな。

 “武器庫アーモリー”に入金すると、残っていた分と合わせて差し引き残高が九万ドル近くなった。

 日本円で一千万くらいか。これで多少の買い物に困ることは……


「……あれ?」


 なんか、違和感があった。寝てないせいか、原因が何なのかまでは思い付かない。

 気を取り直して、金になりそうな武器甲冑や宝石貴金属類を換金可能かを試してみる。発光パネルには無事に吸い込まれたものの、商品在庫一覧インベントリーの“購入済”欄に追加されて終わりだった。使えん。

 ここは“荷物にならなくて良い”と前向きに考えてみる。


「殿下、お待たせしました」

「貴様の馬も選んでおいた。そこの芦毛だ。毛並みも筋肉の付き方も、なかなか良い」


 クラファ殿下は十数頭の馬に囲まれて幸せそうな顔をしている。本当に馬が好きなんだろうな。


「このまま北上するぞ。ハイゲンベル原生林ここを抜けるのに馬で二日も掛からん。ケウニア王国に逃げ込めばヒューミニア王家も表立って手は出せまい」

「……うわ、やっちゃった」

「ん?」


 そんなことなら、少しは金貨銀貨を残しておけばよかった。

 全額を“武器庫”に突っ込んでしまった。あちこち調べてみたけど、インベントリーからの返金方法は見当たらない。これ、“いかなる理由があっても返金できません”てやつかな。お役所仕事か。

 さすがに、手持ちの現金がない状態で国外に出るのはキツいだろうと思う。ましてぼくには隣の国の貨幣がどんな通貨単位で、どのくらいの換金比率レートなのかも……レート?


「あ」


 わかった。さっきの疑問。


「姫様、これ改鋳してません?」

「かいちゅう? それも異界の言葉か?」

「こっちにも似た言葉はあると思いますよ。金貨に混ぜ物をしてるんじゃないかという話です。いまの馬車から奪った新品の金貨、姫様や魔女が持っていたものより価値が低かったんですよ。それも、かなり」


 最初に姫様から受け取った金貨は……銀貨も混じってて正確には覚えてないけど、十枚ちょっとか。それで換金額は二万ドル近かった気がするから、金貨一枚が千五、六百ドルにはなってた。

 その後、魔女から奪ったのが金貨三十数枚。差し引き総額が五万ドル近かったのは覚えてるから、こちらも金貨一枚で千ドル以上にはなってた。

 なのに王妃たちから奪った金貨八十七枚と銀貨四十五枚を入金して、いま残高表示が九万ドル弱。

 元々の資金も――二万ドルくらいだった気がするけど、覚えてない――ストックしてあったから、どう考えても金貨一枚が千ドルを割ってる。


「姫様や魔女が持ってた金貨の、半分くらいの価値しかないかも」


 クラファ殿下の顔色が変わった。


「……なるほど」

「なにか思い当たることでも?」

「このところ軍閥が急速に勢力を拡大していた。原資もとで支援者うしろだてもないはずの奴らがどうやってそれを支えていたのか不可解だったが、そういうことか」

「え? 軍? なんで急に軍の話になるんです?」

造幣廠ぞうへいしょうは軍の管理下にあって、第二王子トリリファの管轄だ」


 おう。そこに繋がるのか。打ち出の小槌かと思ったらリボ払いだった、みたいな感じか。違うか。違うな。いや、そんなことより……


「長くは持ちませんよ? いずれ、国の財政を丸ごと巻き込んで破綻します。ここまで比率を変えたら、商人だって気付くでしょうし」

「気付かれていたのだろうな。その罪をわたしに……わたしの支援者だったエルロティア系商会に被せた」


 マークスの記憶を探ってみたが、彼はそれほど経済にも商売にも明るくない。クラファ殿下と第二王子トリリファ殿下の派閥が、“経済的利害で敵対していた”としか知らなかったようだ。

 “出入りの商会が潰され、会頭が断罪を受け、クラファ殿下が怒り狂った”という記憶が朧げにあるだけだ。


「どうしますか?」

はらわたは煮え繰り返るが、いまさらどうにもならん。もう済んだ話だと思うしかあるまい」


 ぼくは預かっていた銃を、殿下に戻した。十発ずつ弾薬をまとめた挿弾子クリップを五個、急いで作って手渡す。


「姫様、SKSこれを持っていてください。装填も出来るようになっていただきます。おひとりでも、しばらくは戦えるように」

「貴様、何に勘付いた?」

「マークスの記憶によれば、これから向かうケウニア王国って、第二王子トリリファ殿下の血縁ですね?」

「……ああ。奴の母親、第二王妃はケウニアの元第三王女だからな」


 ぼくは、SKSカービンを背負った殿下を仰ぎ見る。彼女も、暗澹とした未来が見えてきたのだろう。無意識にか、左手が剣の柄を撫でていた。


「姫様の“経済的利害の対立そのはなし”は、まだ済んでいないんです」

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