豚と狗

 内側から施錠されていた装甲馬車の扉が開いた。

 なかから侍女らしき女性がふたり、その後から絵に描いたような“意地悪姫君”が現れる。

 多少ふくよか程度で、クラファ殿下の言葉ほど“豚”な感じはない。性格の話なのかもしれないが。


「国賊ごときが、このわたしを侮辱するとは!」

「能書きは良い。それとも、辞世の言葉がそれか?」


 打って変わって静かな声で、クラファ殿下はスラリと腰から細剣を抜いた。

 豚と呼ばれた第一王女はそれを見て蒼褪め小さく悲鳴を漏らす。


「わ、わたしを、殺すとでもいうのか! 第一王女である、このわたしを!」

「当然だろう。あのとき、貴様がいったことだ。“力無き者は、殺されるのが道理だ”とな」

「無礼な! 廃嫡された売女の娘が、王族に手を掛けるか!」

「心配は要らん。貴様を生んだ“売女”も、すぐに後を追う」


 命乞いの暇もないまま、第一王女はひと振りで首を刎ね飛ばされた。


「「ひぃいッ!」」

「貴様らにも、な。わたしはこれでも王族であった身。礼は、忘れたりはせんぞ」


 マークスの記憶にも、侍女たちの不快な嫌がらせの光景は深く刻まれていた。彼女らは王女の命を受けてではなく、自らの意思で、地位を奪われたクラファ殿下を辱めたのだ。

 侍女は、あとふたりいたはずだなと馬車のなかを覗く。そこには血塗れで虫の息になった残りの侍女ふたりが転がっていた。


「マークス、行くぞ」


 殿下は侍女たちの首を刎ねた後、後ろの馬車に向かう。

 既に後部の扉は開いていて、百メートルほど先をこけつまろびつ逃げて行く男女の姿があった。


「“往生際が悪い”というのが、王妃あれの常套句だったんだがな」

「先に護衛だけでも倒しましょうか?」

「いや、不要だ。それにな、あれは護衛ではなく情夫だ」

「え?」

「あれだけあからさまに色ボケた空気を振り撒いていたのに気付かなかったとは。マークスは案外初心うぶだったようだな」


 彼は、あなたしか見ていなかったんですよ。

 ぼくはその言葉を呑み込んで、殿下の後を追う。


「贅沢と怠惰に萎えたその足で、王都まで逃げられるとでも思っているのか?」


 クラファ殿下の声は、いっそ優しげに聞こえるほど穏やかだった。だが、それを聞いた王妃と情夫の足は止まり、恐怖と怒りに紅潮した顔で振り返った。


「クラファ!」

「なんです、王妃陛下。名前で呼ばれるのなど何年ぶりでしょうね」

「わ、わたしに、剣を向けることは、王国への叛意と同じ……」

「ええ。まさに、そのつもりです」


「……なッ⁉︎」


「わたしは、“”ですよ。忘れたんですか、


 ズブリと、剣先が王妃の豊満な胸に刺し込まれる。信じられないものを見るような顔で、彼女はそれに手を伸ばす。


「……名付けた。わたしの、二つ名です」

蛮族エルロティア、の……いぬ、めがァッ!」


 背中まで貫かれた王妃は、刀身を握り締めて手指を切り飛ばし、血反吐を吐きながら憤怒の表情で事切れた。

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