ハート・オブ・マッドネス

「よし、行くぞマークス、“はんびー”前進!」

「了解!」


 枝道でインベントリーから出したハンヴィーを街道に乗せる。イメルンの城壁が視界に入ると同時に、攻撃魔法らしき炎弾が上空から次々に降り注ぐ。

 マズい、魔力探知か⁉︎


「姫様、車内へ!」

「大丈夫だ、速度そのまま!」


 ドンと着弾した音がして、車体の脇に上がった爆炎が周囲の茂みを焼く。


「軌道を読めば、当たりはせん! マークス、道の外縁に沿って右に旋回! 魔導師どもを仕留める!」


 ハンヴィーを回したと同時に、かなりの山なりで銃座から撃ち出された銃弾が遥か彼方に大小の火花を散らす。城壁前に置かれた装甲馬車か何かの陰。パチパチと弾ける光のなかに倒れる人影のようなものが見えた、気がした。


「良いぞ、これで最大の脅威は消えた! マークス、二百メートル一ファロン前進して停止だ!」


 銃座から頭を出したまま、クラファ殿下は悠々と進路を指示してくる。まるで歴戦の戦車長だ。


「魔導師たち、よく見えましたね」

「見えん!」

「へ?」

「奴ら盾持ちと遮蔽の奥にコソコソと隠れていたからな! 魔力探知で当たりをつけて曲射してやった!」


 スゲぇな姫様、それエルフの血が成せる技か。


「よし、そこで停止……うぉッ⁉︎」


 慌てて車内に転がり込んだ銃座に、鏃が豪雨の如く降り注ぐ。今度は城壁の上にいた弓兵だろう。


防楯たてがあるとはいえ、あの量は堪らんな。少し待ってろ」

「姫様⁉︎」


 勢いが弱まった瞬間を狙って、銃座から顔を出した姫様はM240を城壁目掛けて掃射する。


「良いぞ、ゆっくり前へ!」


 一回の掃射でどれだけ倒したのか、それとも怯えさせた結果か、飛んで来る矢の勢いは目に見えて減った。

 銃座に上がったクラファ殿下は鬼神のような働きで城壁と街道の阻止線を交互に狙い撃ち、弾帯交換を数秒で済ませると次の標的に向ける。


「姫様、銃身加熱に注意してくださいね。あまり熱くなると異常発火ぼうはつの原因に……」

「大丈夫だ! 風と水の魔法で、熱はおおかた押さえてある!」


 なに、それ。魔法って、そんな使い方できるもんなの?


「マークス、ひとつだけ、いっておく」

「はい?」

「お前は、わたしのものだ。勝手に死ぬことは許さない」

「は、はい姫様」


 この状況では、むしろ危ないのはクラファ殿下の方なのだが。


「……いいや、そうではないな。この世に残っている、わたしのものは」


 彼女は、銃座で微かに笑った。


「もう、お前だけなんだ」


 悲鳴と怒号と青白い魔力光と、血飛沫と肉片を撒き散らしてバタバタと倒れる兵士たち。

 ぼくらはそれを、無感情な目で見据える。

 装甲板で守られた車内から眺める窓の外の世界は、野晒しで走っていたバイクのときとは見え方が違っていた。

 それは、どこか遠い世界の、他人の問題のように思えた。感覚が麻痺して、自分たちが殺している実感が遠ざかる。

 この世界に姫様とぼくしかいないみたいな。


「どこの誰がどうなろうと、どんなに酷い結末が訪れようと。わたしは、きっと、なんとも思わない。でもな、マークス」


 汎用機関銃が立てる轟音も、車内に撒き散らかされる薬莢の鈴の音に似た響きも。すべてが遠くに聞こえた。


「お前が壊れたら、わたしは狂うだろう」


 いっそ優しげに聞こえるほど穏やかな声で。


「……それも、良いかもしれんな」


 姫様は囁く。

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