巌窟の王

 宿に現れた女性は、コルニケアの王、“巌窟王”アルフレド・ケイブマンの秘書だそうな。


「サシャと申します。クラファ殿下、マークス様。以後お見知り置きを」

「呼び出しはわかるが、王都ではないのだな」

「はい。この宿の最上階におります」

「「え⁉︎」」


 なんでまた、こんな……というと失礼だけど、中級の宿に王様が?


「“金床亭”は我が主人が即位前からの定宿で、“食事メシと風呂が絶品”なのだそうです」


 そうですね。わかります。食事はすごく美味しかったし、お風呂も泉質が素晴らしかった。


「出来れば、すぐにでもご足労いただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」

「構わん。王が南端の街に出ていた意味くらい理解している」

「御慧眼です」


 なんだ、意味って。ぼくの視線を受け流した姫様は、サシャさんを見て首を振った。


「違う。それは、わたしたちが呼び込んだものだ。追い返される覚悟はしている」

「どういうこと……え」

「貴様もわかっているはずだ。ヒューミニアの息が掛かったケウニアは、滅びに向かって互いに轡を並べているのだ。このままでは、奴らとの戦争にコルニケアを巻き込むことになる」


◇ ◇


「おう、開いてるぞ」


 ぼくと姫様が呼び出されたのは、宿の最上階。といっても三階の角部屋だ。ぼくらの泊まっているひとり部屋よりは広いが、特に豪華でも安全でもない。スイート、といえなくもない続き部屋になった応接室で、ぼくらを出迎えてくれたのは四十代に見える男性。着ているものは普通の木綿の上下だが、小柄な体躯にムキムキの筋肉とモジャモジャのヒゲが、いかにもドワーフだ。

 まさに質実剛健。それがドワーフの国王アルフレド王と聞いて、ぼくは静かに納得する。


「おお、クラファ。久しぶり、といっても前は赤子だったな。美しく育ったもんだ。本当に、アイラベルにそっくりだ」


 アイラベルというのはクラファ殿下の亡くなった母君だ。姫様は優雅に腰を落とし頭を下げる。


「光栄です。アルフレド陛下にはご機嫌麗しゅう」

「まあ、麗しくもないが、適当にやってる。座れ座れ。挨拶なんてどうでもいい、それより話を聞かせろ。お前のサーバントが化けたそうじゃねーか」

「……そちらですか。ヒューミニアとケウニアとを相手取った戦争の話ではなく」


 促されてソファに座ってすぐ、困惑した姫様の苦言を、ドワーフの王は豪快に笑い飛ばす。

 ちなみに、なんでかサーバントのぼくまで座らされた。サシャさんを見ると、“気にせず座ってください”なアイコンタクトが送られてきた。


「心配しなくても、後でそっちにも繋がる。まずはこれだ」


 王がテーブルの下から出してきたのは、軍用レーションの箱だった。当然ながら、昨日ぼくが女将さんに宿代代わりに渡したものだ。王もずいぶん興味があったらしく、あれこれ開封済みだ。


「これは女将から買い取ったものだが、頼めばどのくらい手に入る」

「同じものは三十ほど、似たようなものも含めれば二百ほどは」


 インベントリーの在庫数を思い出しながら、ぼくは首を傾げる。


「全部くれ。カネはいい値で払う」

「陛下」


 側に控えていたサシャさんが、やんわりと釘を刺す。口調は穏やかだけど、目が全然笑ってない。


「いや、待てサシャ、これは世界に変革をもたらす画期的な商品でな」

「後にしてください。いま喫緊の課題は兵糧ではありません」

「……ああ、うん」


 アルフレド王は気を取り直して交渉に入ろうとするが、明らかにテンションが低い。ぼくの横で、クラファ殿下が真顔のままプルプル震えているのが見えた。

 姫様、ムッチャ笑い堪えてますね。


「死体を見た。あの武器は売ってもらえんか」


 油断していたぼくらに、王から直球が叩き込まれた。

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