劈頭

 エルフの襲撃部隊を殲滅した後、ぼくらは後始末をケレイドさんたち見張りのエルフたちに頼んで“翼龍の住処ワイバーンズネスト”の退避施設シェルターで眠らせてもらった。

 翌朝、エレオさんから昨夜の襲撃が王党派ヘルベルタの最精鋭“朦朧ヘイズ”だと教えられた。


「なんです、それ」

「ヘルベルの汚れ仕事を請け負ってきた者たちです。精強でありながら兵士として軍務に就けない性格異常者と聞いていますが、長く正体は不明でした」

「“王家の隠密部隊”みたいなものか。だとしたら、素性を知る手掛かりはないのではないか?」


 疫病を避けるため死体は埋めたが、装備と持ち物は回収されていた。木箱の上に並べられた細剣と短弓、矢筒と毒薬の薬瓶。金貨の入った革袋。そのうちのいくつかに、絡み合う白黒の蛇を象った紋章マークが描かれていた。


「この印は胸と揃いの指輪にも刻まれていました。番号もです」

「番号?」

「はい。いくつか抜けもありましたが、概ね五十以下の数字です」

「昨日、子供たちを追ってきてたエルフも、そのひとりかもしれませんね」

「……ふむ。ほぼ全滅か。マークス、昨日の魔導重装騎兵といい、こいつらといい、わたしと貴様とで随分と大物を仕留めたようだぞ」


 そうみたいだ。いまさらだけど、もう後戻りは出来ないな。


「まだまだこれからです、姫様。ヘルベルを倒して、ようやく一段落でしょう。それまでは、“翼龍の住処ここ”のようなひとたちが安心して暮らせる国にはなりません」

「そうです、マークス様のおっしゃる通り。クラファ陛下が登極を果たされるまで、我らは全力で支える覚悟を……」

「そういうのは要らん」

「え」


 何かというとエレオさんはクラファ殿下を持ち上げ神輿に乗せようとする。そして殿下が突き放すたびに泣きそうな顔になるのだ。こういうのって、姫様ご本人もそうだろうけど従僕サーバントとしてもリアクションに困る。


「ヘルベルを殺すのは私怨だ。そして、エルロティアを手に入れるとしたら私利私欲といっても良い。民が無駄な血を流さずに済む正しき国にしたいとは思うが、そのために民や臣下が血を流すのは耐えられん。端的にいえば、わたしは王の器ではないのだ」

「そんな、ことは」

「だからといって、己が負うべき責務から逃げる気はない。出来る限りの力を尽くすことは約束しよう。しかしな」


 クラファ殿下はエレオさんと、その後ろに控える隠れ里の面々を見る。


「しょせんは愚かな、お家騒動に過ぎん。叔父と姪との殺し合いに、手出しは無用だ」

「……はい」


 エレオさんは不承不承という顔で、村人の多くはホッとした顔で、村を出てゆくぼくらを見送る。

 ここからはどうなるか先行きが読めないので、可能な限りの物資を置いてゆく。ビニールでシュリンクパックされたミネラルウォーターと、段ボール箱に入った保存食、木箱にぎっしり詰め込まれた大型缶詰類。どれも軍の補給用と思われる荷役用木枠パレット付きの大量パッケージだ。

 かなり迷ったが、彼らに銃器を渡すのは止めておいた。軍用山刀マチェットとスコップ、毛布と寝袋くらいにとどめる。これ以上が必要なのであれば、ヘルベル王を倒してクラファ陛下・・になってからだ。

 コルニケアのアルフレド王に対しては銃器の譲渡販売を行なったが、それは王国の侵攻を呼んでしまったお詫びと、こちらの後始末を負担してもらう賠償を兼ねたものだ。“非エルフ被差別民アーリエント”は違う。

 BTRに向かうぼくらは、少し振り返って隠れ里を見る。関与を断った姫様の判断は適切だったとは思うけれども、かといって彼らをどうするべきなのか政治に疎いぼくにはわからない。


「マークス、すまんが貴様には最後まで付き合ってもらうぞ」

「もちろん、どこまででも」

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