美味しい生活
女将さんとの宿代交渉には、手始めに軍用
サンプルとして三食分をひと箱開封して、個別包装された保存可能な食品だということを見せる。
缶詰めになった主菜や
こういうチマチマした玩具っぽさ、女性はどうかなと思ったものの、女将さんも生粋のドワーフだけあって凄まじい勢いで食い付いてきた。
「へえ……これは驚いた。すごい、こんなの見たことないよ♪」
どうも中身の食べ物よりも先に、“容器の構造や素材”、“長期保存可能な技術”に注意が向けられているようなのがいかにもドワーフらしい。
「ふたり分の宿代に、
「ああ、
あら。こういうのって、“いいや、六箱は欲しい”“四箱がせいぜいだね”“じゃあ間を取って五箱”……ってやるもんじゃないのか。欲がないというか、のめり込む性格というか。サービスに、いろんな缶詰とか付けちゃおう。
女将さんたら、早くもポットとカップを持ってきてサンプルの粉末コーヒーをテイスティングしてるし。
「この飲み物、変わった味だねえ」
「その白い甘い粉と、粉のミルクを入れると飲みやすいですよ」
「大きな入れ物が、煮込み料理ね。この小さな入れ物は?」
「チーズって書いてますけど、コルニケアにあります? ミルクを固めた」
「あるよ。ちょっと開けてみて良いかい?」
「サンプルですから、ご自由に。そのビスケットに塗って食べるようです」
「
「ええと……さあ?」
「飴に、干菓子に、焼き菓子、これは何だい?」
「チョコレート……なんていえばいいんだろ。食べると力が出る、木の実を、粉にしてですね……」
最も興味を持たれたのが、レーションを温めるために付属してた簡易コンロだった。アルミの枠を組みててて、固形燃料を燃やす。何がどう刺さったんだか、あれこれ調べて一喜一憂していた。
楽しそうで何よりです。
◇ ◇
ぼくと姫様は“金床亭”の食堂で女将お手製の美味しい夕食を味わっていた。
ふたりとも久しぶりに風呂に入ってさっぱりした身体になって、服も新しいものに着替えた。生産国が違うだけで似たような
「……ということがあったんですよ。女将さん、良い取り引きができたと喜んでくれてました」
「なるほど。たしか貴様は常々、“妙齢のご婦人に好かれる”といっていたな」
「初耳です。ちなみに、妙齢とは?」
「わたしが聞いたのは、“五十代以上には好かれなかったことがない”と」
おいマークス、大丈夫かお前……
「ここの宿は風呂も良いが、料理も良いな。素朴な味なのに、実に美味い」
「そうですね。こんな料理は初めてです」
皮目をカリカリになるまで焼いた鶏肉は腹に
「これは、コルニケアの料理なんですか?」
「そう、だとは思うが、わからん。ヒューミニアにいた頃は、無駄に手を掛け過ぎて素材もわからなくなったようなものばかり食わされていたからな」
そういって、姫様は苦笑気味に首を振る。
身綺麗になって肌ツヤも良く髪も輝いているけれども、クラファ殿下はまだ少し眠そうだ。
ぼくと目が合うと、ちょっと慌てて髪に手をやる。
「な、なにか、おかしいか? 変な癖でも付いているのか?」
「いえ、大丈夫ですよ。すみません、お疲れかなと思っただけで」
「……ああ、うむ」
日が暮れて夕食の時間になったので姫様の部屋をノックしたところ、もにゃもにゃいう声がしてしばらく待たされたのだ。
風呂上がりにベッドで倒れるように眠っていたらしく、恥ずかしそうに詫びられたけれども、そんなの疲れていて当たり前なのだ。ぼくも、かなり眠い。
「今夜は早めにお休みになってください」
「そうしよう。次の移動は、数日待っても良いかと思っている。明日になったら、対処を考えるつもりだ」
「何か問題でも?」
話すべきかどうするかと、少しだけ迷う気配があった。
「ああ、ある。ひとつはコルニケアとエルロティアの国境が開いているかどうかだ。元々あまり二国間の交流や貿易が盛んというわけではなかったのでな。移動の前に、その情報を集める」
「はい」
「もうひとつは、追っ手の問題だ。王と
「わかりますが、だとしたらここに留まるのは得策ではないのでは?」
「敵を誘き寄せて、有利な場で倒す。移動中を襲われるより良い。追撃が明らかになったら、その場の提供を王に依頼する」
「王?」
「コルニケアの王。ドワーフの、通称“巌窟王”だ」
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