帰路と岐路1
スゲーな、これ。
ぼくは自動車と呼ぶにはあまりに異質なBTR-70の操縦感覚に苦笑していた。
ハンドルは水門でも開閉するような鉄の輪が垂直に近い角度で床から生えたもの。シフトレバーも、床から生えた長い棒だ。ブレーキやアクセルなどのペダルはどれもデカくてゴツくて、しかも硬い。運転手用の窓はテレビくらいのものが目の前にひとつ。あとは
これを一日運転するのか……
「すごい音ですなマークス殿」
運転席の後ろで笑っているのは、銃兵部隊のベテラン下士官モラグさん。進行方向に対して横向きに座るベンチタイプなので酔い易そうで申し訳ないのだが、自動車に乗った経験のない彼らは気にした様子もない。
「エンジンが室内で唸ってますからね」
隔壁があるといっても、快適性はあまり考えられてない。さすがソ連製。操作系も設計も、これぞ軍用車両といわんばかりの無骨さだ。
「マークス、その“えんじん”というのは、動力の源だろう?」
「はい姫様」
「それがふたつあると聞いたが、ひとつでは足りんのか」
「足ります。
「“ひとつ止まっても、もうひとつある”と?」
「はい。戦場での実利を取る国なので」
SKSカービンと同じ国の製品だというと、モラグさんは少し嬉しそうに愛銃を撫でた。
「わしは、嫌いじゃないですな。飾り気はないが、頼りになる」
「面白いな。同じ異界の国でもそこまで違うか。この
わかる。なんか洗練されてるもんな、イタリア製品。姫様は気に入ってくれたようだ。
「
あまり戦争には向いてない国民性だという噂はあるけど。実情は知らないから、口には出さない。
「アルフレド王は、“はんびー”を気に入ったようだな」
先行して走るハンヴィーは、さっきからしきりに加速減速と蛇行を繰り返している。あれ同乗者は酔いそうだな。銃座のサシャさんが何か怒ったらしい声が聞こえて、ようやく真っ直ぐ走り始めた。
「マークス殿。この速度であれば、アルフレディアまで、本当に一日前後で着きそうですな」
「そうですね。馬車の倍くらいは出ますし、休憩も要りませんから。まあ、乗ってる方は何度か休んだ方が良いと思いますが」
最初コルニケアの首都が“アルフレディア”と聞いたとき、あの王様は案外自己顕示欲が強いのかと思ったけど実際には逆で、歴代の王が即位とともにアルフレド(もしくは、種族ごとにいくつかある別名)を名乗るのだそうな。いまの王が十二代目のアルフレド王。混乱しないのかな。
日が真上に来た正午あたりで、全行程の半分くらいを消化した。
「モラグさん、良いペースなので、ここらで一回休憩して食事にしましょう」
「了解しました。部下に伝達させます」
助手席の姫様が、主武装のUMPサブマシンガンを引き寄せるのが見えた。特に敵影を発見したというわけでもなさそうだが、わずかに気負いは感じられる。
「姫様、大丈夫ですよ」
「わかっている、頭ではな。穏やかなときほど危急の事態に備える、それが癖になっているだけだ」
クラファ殿下は、そういって笑った。
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