アンダーザブリッジ
前方に川は見えてきた。全然“小川”なんかじゃない。対岸までは十数メートルはある。
BTRには浮航性能もあるが、水上推進の設定も操作も調べてない。川を越えることになるとは思ってなかったからな。だいたい、ぼくらだけ渡ったところでハンヴィーを置き去りにすることになるから却下だ。
さらに近付くと、流れは緩やかで水深もさほどなさそうには見える。良かった。馬でも越えられるって、モラグさんがいってたしな。橋も案外頑丈そうで……いや、待て。
「モラグさん! なんですか、あれ⁉︎」
こちら岸と対岸との間に渡されているのは、“橋に良く似た何か”だ。二匹並んだ巨大なワニみたいな、ぼくにはよくわからない何か。材質は、たぶん石。でも、動いてる。橋脚の位置にある脚を動かして、ゆっくり立ち上がろうとしてる。
「コルニケアのゴーレムですよ。普段は橋なんですが、敵襲に対応して起動します」
「いや、だから……そういうことじゃなくて! あれ、渡って大丈夫なんですか⁉︎」
「大丈夫です、そのまま突っ切ってください」
ハンヴィー運転してるサシャさんは迷わず突っ込んでってるけど、あんなもの見るのも初めてなぼくは正直かなり怯む。
「重量は耐えられます。幅も平気でしょう。問題は、敵と一緒に乗ると防衛行動にこちらまで巻き込まれるということです」
「なるほど」
それはつまり、シャレにならん状況なわけですね。ひと足早く全力加速に入っているハンヴィーから、既にこちらは数百メートル遅れていた。ぼくもアクセルを踏み込んで、BTRの巨体を精いっぱい加速させる。
砲塔では姫様が追撃者に向けてKPVT重機関銃の攻撃を再開させていた。運転席からの後方視界はほぼゼロだし、後ろを見る余裕もないので状況はわからないけど、爆発音や衝撃音が間近で響いていることからして敵はかなり接近しているらしいのはわかる。側面の銃眼から放たれる銃兵部隊の攻撃は、敵が後方の死角に入ったため散発的になっていた。しびれを切らした兵士の何人かが屋根のハッチを開けて、身を乗り出しながら射撃を加えているようだ。
「残敵二十、追撃が来るぞ! マークス、加速だ! 引き離せ!」
「了解!」
「モラグ殿、銃兵部隊を車内へ入れてくれ! しばらく横からの射撃だけで良い!」
「「
詳しいことは不明だけど、姫様の声の感じと内容からして後方の状況は結構ヤバいんですね。
いくらアクセル踏んでも、巨体はなかなか思うようには加速しない。緩い下りの斜面は起伏があり路面も荒れている。窪みで跳ねるたびハンドルが取られて車体が左右に振られる。こんな道を最高速で走りながら車幅プラスアルファの幅しかない橋に突っ込んでゆくのは自殺行為に近い。
いや、自殺行為そのものだ。欄干みたいな背びれみたいな、橋の両側に並んだ垂直の突起に激突する未来しか見えない。もしくはそれを突き破って川に落ちる未来か。橋までの距離は、残り五十メートル。
「大丈夫です、マークス殿! 速度と進路そのまま!」
「ぐぬぬぬ……」
絶対、大丈夫じゃない。しかもあの生きた橋、波打つように動いているから微妙に
「“はんびー”は渡り切りました! あとはこっちの番です!」
励ましてるんだからプレッシャー掛けてるんだか、モラグさんの声が耳元で聞こえた。
距離二十メートル。……十メートル。
「ぬおおおおぉ……ッ」
……欄干通過。少し車体が
バッシーン! と後方で金属音がして、クラファ殿下が呆れたように笑った。
「敵の生き残りは、橋の手前で揺れていた尻尾のようなものに弾かれたぞ」
「姫様、その弾かれた奴らは戦力として戻って来れそうですか?」
「どうだろうな。軽甲冑付きの騎兵十人ほどが、腰から上だけ千切れて飛んで行った」
さすがにそれじゃ死んだだろうな。ぼくみたいな不死者じゃなければ良いけど。
「うぉッ⁉︎」
BTRが渡り切ったところで、後方を視認していた姫様が驚きの声を上げる。
「鞭でもしならせるみたいに、橋が垂直に跳ねたぞ」
「追撃者は?」
「ああ……そうだな、もう少ししたら、きっと……貴様にも見えると思うぞ」
馬車と馬とエルフの死体が。クラファ殿下を狙ってエルロティアから送り込まれた精鋭たちが。
「う、わぁッ⁉︎ ビックリしたあ⁉︎」
空から次々と降ってきては、地面や車体に激突して潰れた。
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