ドワーフの国

 結果的にいうと、行き先はコルニケアになった。

 クラファ殿下は渋ったものの、マウケアはケウニアとの国境を封鎖していたのだ。


「なんではいれないんですか?」


 一応、マウケアの国境警備兵に確認したところ、答えは明白だった。


「共通貨幣の比率協定違反だ」

「なるほど」

「前にもあったが、そのときの罰則が裏目に出た。二度目となれば国交断絶、商取引を停止するのも当たり前だろう」

「わかります」


 それはそうだ。改鋳はこちらでも把握していた金貨だけでなく、銀貨もだというからマウケアの対応にも納得した。

 それは国境封鎖もするだろう。使えるのが銅貨だけ、という状態では事実上、旅行者も商人も入国したところで何もできない。

 ちなみに、マウケアかコルニケアを通らない限り、クラファ殿下の目的地エルロティアには行けない。陸路よりかなり大回りで金に糸目を付けなければ海路も選べるけれども、その二国かケウニアの港を利用することになるので意味のない前提だ。


「コルニケアは、どうなっているかご存知ですか?」

「さあな。あそこは物々交換も普通に行われているし、どうにかすんだろ。だいたい、コルニケアあそこの大半を占めるドワーフは物の目利きが凄まじい連中だ。改鋳もすぐ露呈するから、逆に問題にもならん」


 なるほど、としかいいようがない。


「マークス、では行くぞ」


 いきなりやる気がなくなった姫様を乗せて、ぼくはハンヴィーを東に向ける。国境警備兵は、苦笑しながら手を振ってくれた。


「その乗り物をコルニケアで売れば、一生遊んで暮らせるぞ。目立つのが嫌なら、どこかに隠しておけ」

「考えておきます。ありがとうございました」


◇ ◇


「入国税が金貨一枚……なんじゃがな」


 コルニケアの国境警備は、衛兵なのか鍛冶屋なのか判然としないドワーフの屈強な男性だった。敵意こそなさそうだが、ケウニアから来たぼくらの対処に困っているのは明らかだ。

 ちなみに、武器や荷物や車両は念のため、すべてインベントリーに収納してある。

 丸腰も不自然なので、見せ武器として姫様の腰に細剣だけは下げてもらった。


「改鋳前のものは手持ちがないのですが、物納でも構いませんか?」

「ああ。それでも良いが、その改鋳クズ金貨でも構わんぞ?」

「え?」

「なに、どうせ鋳潰いつぶす」


 なんだか、思った以上に感じの対応だった。ドワーフ以外の住民も普通に暮らしているようで、特に種族で対応を変える様子もない。

 金貨を四、五枚出すと彼は何枚か手で弾き上げ、貫目を測ってカウンターに置いた。


「平均すると六割五分、てとこじゃな。ふたりで三枚もあれば良かろう」


 早いな。しかも判断もエラい良心的。


「ありがとうございます。残りは手間賃です」

「ほう、商人か。せいぜい儲けて帰ってくれ」


 ぼくらはアッサリと国境を通過して、コルニケア領内に入る。クラファ殿下は、首を捻りながらぼくの後に続く。


「聞いていた話と、ずいぶん違うようだ。わたしを見て何の反応も見せないとは」

「姫様がエルフの末裔だと気付かなかった、とか?」

「それはない。さっきの金貨でもわかっただろう、ドワーフの鑑定眼は異常なほど的確で精細だ。ハーフエルフであることも、ヒューミニアの廃嫡王女であることも、彼らにとっては当たり前にわかっていたはずだ」

「だったら」

「ああ。互いに悪意がない、というのが見逃された理由であれば良いがな」


 ぼくも、そう願いたい。正直にいえば、立て続けの殺し合いにウンザリしていたのだ。

 せめてこの国でくらいは穏やかな日々を送れますようにと、ぼくは名前も知らないこの世界の神に祈った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る