そして誰も

 鍛造魔導鋼、とかいってたか。驚くことに第二王子トリリファが着込んでいた甲冑は青白い魔力光を放ちながらを始めていた。

 クラファ殿下は肉片が寄り集まり人の形に固まってゆく様を無表情に眺める。

 たぶん……だけど。不死の再生者であるぼくも、きっとこんな風に生き返ったんだろう。

 あのときは、死ぬときも誰にも看取られず再生も泥水のなか孤独に行われたのだけれども。


「……きさ、まは」


 トリリファは、まだ腹がズタズタに引き裂かれた状態でも動き出し、こちらに向かって折れ曲がった腕を伸ばそうともがく。


「……自分が、なにを、しているのか」

「わかっている」

「ヒューミニア、を……滅ぼした、大罪……人、など。エルロティアに……受け入れ、られると……でも」

「それは、だ。死にゆく者がかかずらうことではない」


 姫様は静かに腰から剣を抜く。剣尖をトリリファの胸元に当てて、小さく何か囁いた。祈りか呪いか、それを聞いた第二王子の身体から力と魔力光が抜け落ちた。


「贖罪の業火に焼かれている、母親の元へと向かうが良い」


 クラファ殿下が、剣に何か魔法でも込めたのかもしれない。既に魔力の抜けていた甲冑は易々と剣先を通し、心臓を貫かれたトリリファはビクンと痙攣して動かなくなった。

 ぼくは北側バリケードから物資や金貨をざっと回収して、先にハンヴィーへと戻る。従僕サーバントであるぼくが主人や王家の事情に立ち入るわけにはいかない。


「待たせたな」


 少し疲れの見える笑顔で、姫様は車に乗り込む。城壁からは攻撃も止み、人影も消えて静まり返っていた。

 既に大勢は決していた。それはケウニアの敗北だけではない。宗主国のように君臨し協調してきた大国ヒューミニアの崩壊もだ。

 仮にヒューミニアが滅亡を逃れ復興を果たしたとしても、その王位継承者は、唯一生存している第一王子ケルファだ。政敵トリリファに加担したケウニアにとって破滅は時間の問題でしかない。


「あ」


 首都イメルンの城塞から、赤黒い煙がいくつも立ち上っていた。内乱か自殺行為か破壊工作か、なんにしろケウニアも崩壊し始めているのだろう。

 きっかけを作ったのはぼくたちだけど、知らん。降り掛かる火の粉を払ったら勝手に大炎上しちゃっただけだし。

 クラファ殿下も同感だったらしく、小さく鼻を鳴らしただけで視線を前に向けた。


「……“長い夜になる”か。何の冗談だ。まだ日も高いうちから、あっさりと国を滅ぼすとはな」


 いや、けっこう危ないところもありましたけどね。まあ想定していた危機的状況がなかったのは僥倖ぎょうこうだ。


「姫様、この先では左右どちらへ?」


 ケウニアの北部国境から北西方向ならマウケア、北東方向ならコルニケアだ。どちらもケウニアと同程度の国力らしいが、ぼくもマークスも政治的内情までは知らない。いまのぼくらにとって、どちらが良い国かなんてことも、わからない。


「マウケア、だろうな。コルニケアは、エルフとの対立が激しい」

「そう、なんですか。もしかしてエルロティアと戦争したりとか?」

「いや、そこまで深刻なものではない。ただの心情的反発だ」


 なんとなくエルフが嫌い、ってことか。理由なき反発そういうのの方が根は深そうな気もする。


「コルニケアは、ドワーフが主体の国だからな」

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