激流に流されて
「まずい、な」
陛下が息を整え、ぼくを見た。思っていたよりも、覚悟していたよりも、状態はずっと悪いのだ。鼻を衝く臭気は、もはや死臭だった。
“すまん。事態は一刻を争う”
“問題ありませんよ。全力で行きましょう”
死を待つ民を救えるなら。ぼくに出来ることは、何でもやる。彼らは、新王クラファ陛下の臣民なのだから。そして、その災禍を
「……がッ⁉︎」
身構え耐えようとしたが、一瞬にして無理だとわかった。意識は身体ごと揺すぶられ朦朧となる。必死で歯を食いしばるが、それでも悲鳴が漏れる。陛下が手加減してくれているのはわかるけれども、先ほどとは桁違いの怒涛のような魔力。そのままぶつけられたら、患者は治癒どころか破裂してしまいそうだ。
治癒回復の効能を持った魔力の洪水を、ぼくが分散し拡散して周囲に散布する。なんていうんだ、この役割。頭が回らない。やっぱ“水撒きホースのアタッチメント”以外の表現が出てこない。
視界が狭まり赤黒く明滅する。治癒対象である患者が並んでいるはずなんだけど、朧げなシルエットとしてしか認識できない。医師でもないぼくには個別の視認は必要ない。魔力の流れを当てられれば良いと思い直す。ぼくか陛下に何かあったら
“もう少しだマークス、耐えられるか”
“耐えてみせます!”
陛下のためなら、という言葉は飲み込む。誰かのせいにはしない。自分で決めたことは、自分の問題だ。
貧血寸前みたいに目の前に星が瞬く。まずい、けど……いま倒れるわけにはいかない。ぼくは自分が溺れないよう死に物狂いで魔力の渦を掻き分け、周囲に振り撒き続けた。
「がぁ、ああああぁッ!」
「……マークス」
気付けば魔力の波は弱まり、ちょろちょろと流れ込んでは抜けていくだけになっていた。それがぼく自身への治癒回復を目的としたものだと気付く。痺れて痙攣していた筋肉や内臓に感覚が戻ってくる。服の下が濡れているので失禁でもしてしまったのかと焦るが、それが全身だったので噴き出した汗だとわかった。
「大丈夫か、マークス」
「……はい、なんだか……」
ぼくは息を整え、クラファ陛下を振り返る。
「……まるで、生まれ変わった、気分です」
「冗談をいえるようなら問題ないな。見ろ」
ぶち抜きにされた長い部屋……いや、倉庫か。小さめの体育館くらいあるそこには、百人近い傷病者がいた。ベッドも毛布も何もない木の床に転がされ、グッタリと身動きひとつしない。
「彼ら、は……生きられますか」
「ああ、死なせるものか。貴様が救った、わたしたちの臣民なのだからな」
ひんひんと囁きに似た音が聞こえてきた。ひとつ、またひとつと音域を変え重なり合いながら大きく高く共鳴し広がってゆく。それが回復途上にある患者たちが立てるすすり泣きや呻き声なのだと、しばらく経って気付いた。
「……悪いが、マークス。もうひと働きしてくれるか」
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