魔女と魔弾と
「おおおおおおおぉッ!」
轟音とともに吐き出された7.62ミリNATO弾は七、八メートルほど前に立っていた魔女の姿を一瞬で掻き消し、赤黒い霧に変えてしまった。
なにこれ、すごい。噂には聞いてたけど、反動も発射速度もシャレにならない。ドラムマガジンに入ってるの五十発だったはずだけど、ほんの数秒で撃ち尽くしてしまった。
替えの弾倉、あとひとつしかないのに。
それを撃ち尽くしたら、金属製ベルトリンクで連結された弾薬を弾薬箱から供給しなくちゃいけない。ドラムマガジンといっても、なかにはベルトリンクで繋がった弾薬が丸まってるだけなんだけど。弾薬箱から直接給弾するとなると、装弾手なしでは装弾不良を起こしそうで怖い。
姫様、頼めばやってくれるかな。
「……マークス、なんだ、それは」
「MG3、
「えむじーすり、えるえむ……わからん。魔道具、ではないな。魔力の反応はない」
スペアのドラムマガジンを装着してボルトを引き、いつでも発射可能な状態にしたところで、ぼくらは
あいつまで不死者だったりしたら、
「姫、そいつ、ちゃんと死んでます?」
「それはそうだろう。腹から下で真っ二つだ。何をどうしたらこんなことになる」
「さあ」
多少は避けたり防がれたりを想定して掃射気味に全弾発射したんだけど、それが魔女のお腹を切り取り線みたいに引き裂いてしまったようだ。
フルサイズの小銃弾を五十発だもんな。魔女もなんか対処はしたのかもしれないけど、無意味だったんだろう。うん。
「よかった。ねえ、姫様……いや、ええと殿下?」
「なんでも良いぞ、呼び名など」
「え?」
「貴様がもうマークスでないというなら、わたしもクラファではないのだろう」
「あ、はい」
「廃嫡王女クラファは死んだ。わたしは……」
元王女様である金髪美少女は、困った顔でぼくを見る。
「何なのだろうな」
◇ ◇
魔女の他に追っ手が来ている気配はないけど、ここにいても良いことなどない。
残金で移動の足を確保しようとしたが、あいにく買える値段のものはなかった。金貨四枚ちょっと、ドルにして六千ドルとか。車は予算オーバーだ。せいぜいバイクか。
止むを得ずというかなんというか、姫が魔女の死体の懐を探って財布を奪い、金貨三十数枚を手に入れた。銃弾が掠めたらしく多少は凹んだり欠けたりしていたが、“
「いいんですか、一応仮にも一国の姫君が盗賊のような」
「知るか。殺しに来た奴を返り討ちにしたんだ。このくらいは当然の報酬だろうが」
この姫様、肝が座ったのか案外逞しい。
半透明の発光パネルに全て収めたところで表示が変わり、残高は金貨が三十七枚と銀貨が十四枚。
並んでいる表示を見ると、ドル換算で五万ほどになるようだ。
クラファ殿下に尋ねてみると、逃げ延びる予定だった母君の生地エルロティアまでは馬で一ヶ月ほど。
距離は不明ながら、遠いことだけは伝わった。おまけに、道中はかなりの不整地が続くそうだ。
「馬は手に入ります?」
「騎兵を殺せばな」
「それは実質、無理なのでは」
少し悩み、二千ドルくらいの中古オフロードバイクを買った。いまの予算なら、車も買えなくはない。運転も一応できるけど、“武器庫”は扱っているのがジープみたいな車両かもっと大きな軍用トラックしかない。
こっちの世界じゃ目立つし、走れる道が少なさそうだ。金額も、現在の経済状況では少しばかり負担が大きい。
「これは?」
「バイクという乗り物です。ええと……機械仕掛けの馬のような。わかります?」
「阿呆に説明するような口調なのが気に入らんが、理解はした」
キックペダルを踏むと、ぺぺぺと軽い音でエンジンが掛かった。
バイクも車も免許はあるけど、あまり運転慣れはしていない。まあ、どうにかなるか。
詳しくないので車種は不明ながら、部品に書いてある
姫様が震えているのを見て、軍用ポンチョと毛布を買った。いま着替えを手に入れたところで、すぐズブ濡れになる。せめて雨で体温を奪わないよう、毛布を巻いた上から羽織らせて雨風を凌ぐ。
軽SUVのジムニーかなんか扱っていれば最適だったのに。
「頭のところの紐を引いて。そうです、雨風が入らないように」
「わかった」
ついでに、片手で操作できる安いハンドガンを手に入れる。敵の襲撃があるたびにインベントリーから出し入れするとタイムラグがあるし、いま所有している
さらにいえば弾薬のコストも、だ。
とりあえず買えそうな価格の選択肢のなかから、米軍の制式拳銃ベレッタM9と
魔物や魔女がいる世界で身を守れるかは疑問も残るけど。ちょっとした安心のための必要経費だ。
「行きましょうか」
「貴様のことは、何と呼べば良い?」
「マークスで構いませんよ。ぼくは、姫……えーと、今後の安全を考えて“クラファさん”とでも呼んだ方が良いですか?」
「なんでも良いといっただろうが。既に追われて殺されかけた。どう呼ぼうと、いまさらだ。しかし、貴様にも真名はあるのだろう?」
「あったんですが、忘れてしまいました。前いたところに、置いてきてしまったようです」
ぼくを見たクラファ殿下は、泥に汚れた顔で呆れたように首を傾げる。失望というか、傷心というか。もしかしたら、彼女はマークスが好きだったのかもしれない。
「そういうことにしておこう」
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