伏撃の姫君

 テントやバイクを“武器庫”に戻して、ぼくらは移動を開始する。


「隠れられて、距離が取れる場所が良いな。高さがあれば、もっと良い」

「姫様、あそこは?」

「……ふむ。良い選択だな。あれは御誂え向きだ」


 周囲を確認し、目指すは高台になった数百メートル先の岩場と決めた。

 移動ルートは可能な限り敵の視界から外れるようにはするが、それよりも移動速度を重視する。

 なにせ、SKSには装弾していないどころか缶詰め弾薬を開けてもいないのだ。襲撃前に操作の説明も要る。


「マークス、遅いぞ!」

「は、はい!」


 いや、姫様が速過ぎなのではないですか。

 不死者であるマークスの身体は何かと低スペックな印象があるけど、それにしてもクラファ殿下の身体能力は異様に高い。

 あっという間に距離を離され、ぼくが岩場の上に辿り着いたときには既に遮蔽を見付けて射撃に適した位置取りを済ませていた。


「ちょ、ちょっとお待ちください、ね」


 息を切らせながら予備のSKSカービンを二丁と、7.62ミリ弾薬の缶詰を出す。

 レバー型の大きな缶切りでキコキコと端をこじ開けて、油紙に小分けされた弾薬を取り出した。


「殿下、まず大事なことを伝えます。撃つ瞬間まで、引き金ここには絶対に触れないこと。銃は殺したい相手以外には絶対に向けないこと。それは弾薬が入っていようといまいと、です」

「うむ、わかった」


 “トリガーのつっかえ棒”といった感じの独特な安全装置も教えて、いよいよ操作方法だ。


「では、そこの横にあるハンドルを止まるまで引いてください。排莢口そこに上から弾薬を入れます。このように、十発。ハンドルを少し引いて戻すと、射撃が可能になります」

「なるほど」

「銃身の先にある照星やまに、銃本体の上にある照門たにを合わせて、それを敵に重ねます」

「合わせた。……しかしあいつら、ずいぶんと余裕を見せているな」


 見下ろした平地の先に、四頭引きの黒くゴツい馬車が二台。周囲には甲冑を着込んだ騎兵が四人と、弓を持った革鎧の兵士と、槍を持った胸甲装備の兵士がそれぞれが四、五人ずつ。

 御者台にも弓兵がひとりいて、全部で十五人ほどだ。


「まあ、あれだけの数と装備なら、よもや負けるとは思わないでしょうね」


 むしろ、彼らにとっては“誰が仕留めるか”だけの問題だ。


「マークス、この“タマ”は甲冑も貫通可能ぬけるか」

「距離と角度次第ですが、通用しないってことはないですよ。でも、あの馬車は難しいでしょうね」

「それは心配要らん。装甲馬車は、ここまで登って来たりはせんからな」

「それもそうですね」

「最悪、馬を殺す。一頭減れば速度は落ちるし、二頭も削れば動けなくなるが……」

「気が進みませんか」

「当たり前だ。馬に何の罪がある」

「たしかに」


 姫様は気を取り直してSKSカービンを構える。


「あいつらの馬をもらい受けよう。“ばいく”も悪くないが、わたしは馬が好きなんだ。うん、あの栗毛が良いな。あの騎兵が持っている細剣もだ。どうせ金貨もたんまり持っているぞ。そちらはマークスにくれてやる」

「あー、はい」


 襲撃前にナーバスにならないポジティブシンキングは結構ですけど。

 姫様、なんか盗賊みたいになってませんか?

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