姫の目覚め
最初の橋を守っていたのは、いかにも“盗賊ですよ”といわんばかりの薄汚い男たちだった。
バイクで走ってきたぼくらの前を、槍と盾で武装した足止め役の大男ふたりが塞ぐ。服は野良着に似た雑多なものだが、装備は軍からの
ケウニアの腐敗、というか末期的内政状況は聞いていた通りらしい。
「止まれ!」
交渉役らしき細身の男がバイクの横に立つ。腰の剣に手を掛けてはいるが、こちらが帯剣していないのを見て侮ったらしく警戒した様子は見せていない。姫様が腰に下げた細剣やUMPから持ち替えたSKSカービンの銃剣を見て反応するかと思ったのだが、どうやら“金髪の美少女”という外見への興味が優先して装備まで意識が向かなかったようだ。
対岸を見ると、そちらにも同じような男たちが南下する者を止めるために待ち受けているのが見えた。配置は南北どちらかで構わんだろうに、橋の手前で逃げられるのを避けるためか?
「通行税を払え。ひとり金貨三枚だ」
「断る」
「けッ、身の程を知らねえ余所者か。それじゃ、男は殺して女は……」
「断る」
男の頭をベレッタM9で撃つ。音に反応した大男が向かってこようとするが、彼我の距離が五メートル以下ともなれば、盾も長槍も戦力としての意味を持たない。指差すように二発ずつ、顔面を撃ち抜かれた足止め役は数秒で死体に変わった。
その間にも、リアシートから降りていた姫様が対岸の敵をSKSカービンで順繰りに射殺してゆく。
「うむ。“えすけーえす”は、“ゆーえむぴー”よりも遥かに射程が上だな」
「威力が三倍くらいはありますからね。慣れたら、もっと強い銃を試してもらいましょう」
「“えむじーすりー”か?」
「
「面白そうではあるが、いまは小回りが利く武器の方が助かるな」
話しながら、ぼくは盗賊たちから武器と
詰所のような掘っ立て小屋を覗くと、なかには縛られて転がされている女性がいた。エルフではなく、人間のようだ。ぼくを見て泣き叫んだらしく、猿轡の下で悲鳴を上げる。
「大丈夫だ。何もしない。いま縄を切る」
「マークス、どうした」
手足を縛った縄を切り、猿轡を外す。悪いけど、これ以上のことはできそうにない。
「商人か?」
「夫が、川に」
よくわからんが、金払いで揉めて落とされたか。岸から水面まで五メートル以上はあり、昨夜までの雨で増水している。残念だが、助かっているとは思えない。
「逃げろ。これは、お前が好きにしていい」
盗賊たちから巻き上げた革袋を渡す。中身は合わせても金貨一枚にもならんけど、路銀の足し程度にはなるだろう。正直にいえば、追われる身のぼくたちには他国の事情に干渉する余裕も筋合いもない。
盗賊どもの死体は、見せしめに晒すことも考えたが、姫様と話し合って橋から河に捨てた。襲撃の露呈が遅れれば、少しは時間稼ぎになる。
処分が済むと、バイクに乗って対岸に渡る。こちらの死体は四体。足止め役が三人に、交渉役がひとり。みな正確に頭を吹き飛ばされている。
「姫様、すごい腕ですね」
「
できるかな。やったこともないけど、たぶん自分が狙うなら胴体だ。わざわざ小さな頭を撃つほど射撃に自信はない。
こちらでも装備とカネを剥いで死体は河に落とし、使った弾薬を銃に補充する。手に入ったのは盾と長槍が五つずつ、剣が二本と革袋に入った銀貨が四、五枚、詰所にあった金貨が二枚。
「姫様、行きますよ」
「橋を渡るたびに、いちいちこの調子で殺してゆくことになるのか?」
「おそらく、そうでしょうね。布陣や対応に多少の違いはあるにしても、やることは大差ありませんよ」
いや、不満をいいたいわけではないのだ、と姫様は後部座席で呟く。
「この程度で通過可能なのであれば、他の者にも対処できたのではないか? 例えば、弓の名手であるエルフであれば。人間でも猟師ならばできなくはなかろう?」
「まあ、弓さえあれば可能かもしれませんね」
「人里離れた橋のたもとに男が三、四人だ。人数さえ揃えば、農具でも倒せると思うがな」
それは極端な発想だと思うけど。ふつう暴力に慣れないひとたちは、最終手段としてでもその行使を拒絶しがちだ。足止め役の連中は、そこそこ強そうではあったし。
ただ、適法なのかどうかも不明な通行税の徴収を盗賊に丸投げするような状況なら、内政は破綻している。ケウニアの王朝には既に国民を押さえつけられるだけの強制力がないように見える。それなのに反抗する者がいないのが不可解だといいたいのだろう。それは、なぜか。
ぼくも同感だけど、姫様の問いには“わからない”と答えるしかない。
結局その日は四つの
危険はともかく、使った弾薬を考えても割りには合わない。
「この調子で進むと、明日には
「それは、困りましたね」
自分でもビックリするほど感情の籠っていない声が出た。疲れているのもあるし、殺しすぎて麻痺したのもある。ここまで来たらいちいち露呈するかどうかに気を使っていてもしょうがないのではないかと思い始めていた。
「ねえ、姫様。もう、みんな殺しちゃいません?」
「そうだな。それが良いかもしれん」
いくぶん思考停止している感じがしないでもないが、クラファ殿下は割りにあっさりと乗ってきてくれた。
そして、ぼくを見ると満面の笑みを浮かべて、えらい心外なことを述べられたのである。
「貴様といると、逃げ隠れするのが阿呆らしくなってきた」
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